第四章 ~『サーシャとの再会』~
王宮には赤や白の薔薇が咲き誇っており、来賓をもてなしてくれる。庭の中央に建てられた四阿も、その美しい景色を楽しめるように設計されていた。
「庭でのお茶は心が癒されますね」
薔薇を活かしたローズティは、香り豊かで渋味もない。リラックスできる優しい味だった。
「天狐様もパンは美味しいですか?」
「最高なのじゃ」
「それは良かったです」
天狐はブールパンに夢中になっていた。その背を優しく撫でる。
(天狐様から教わった製粉技術のおかげで王国は救われましたね)
小麦をダリアンに盗まれてしまったが、製粉されていなければ盗品だと露呈する仕掛けになっていた。
ダリアンは途中で仕掛けに気づいたのか、慌てて小麦を回収したが、そのせいで評判は悪化してしまった。
もう二度と王国から奪おうとはしないだろう。既に盗まれてしまった小麦は残念だが、村人たちには王家所有の小麦畑で採れたものを補填済みだ。これで嫌がらせが止むのなら安いものだと、クレアは結果に満足していた。
(それにしても遅いですね)
テーブルの上にはカップが二つ用意されていた。一つはクレアのもので、もう一つは待ち人のものだ。
天狐は食事に満足したのか、すやすやと眠りに付く。手持ち無沙汰になったクレアは、目を閉じて時が過ぎるのを待つ。
「お待たせしました、お姉様」
それから数分後、サーシャが現れた。帝国に嫁いだ彼女だが、一時的に王国へ里帰りしたのだ。
「お帰りなさい、サーシャ。また会えて嬉しいです。もう二度と会えないかもしれないと思っていましたから」
「私もそう思っていましたわ」
帝国に嫁いだサーシャはアイスバーン公爵家の令嬢としての立場より、帝国の第二皇子婦人としての立場が優先される。そのため夫であるダリアンが認めない限り、里帰りも許されないのが通例だった。
サーシャはクレアの対面に座り、紅茶を口にする。その味に目を見開いて驚く。
「このローズティ美味しいですわね」
「サーシャは昔から紅茶が好きでしたからね」
「ふふ、そうでしたわね」
喉が渇いていたのか、サーシャは紅茶を飲み干す。合わせるように、クレアもカップを空にする。
「王国にはどれくらい滞在するのですか?」
「特に期限は決めていませんが、しばらくの間、お世話になるつもりですわ」
「よくダリアン様は許してくれましたね」
「あの人は悪化した評判を回復させるのに必死ですもの。私に構っている暇はありませんわ」
「そうですか……私にとっては災いが転じて福となりましたね」
小麦を盗まれたからこそ得られた姉妹の時間だ。大切にしたいと、口元に笑みを浮かべる。
「でも本当は帰ろうと思えば、いつでも帰ることはできましたわ。なにせ、あの人は私に興味ありませんから」
「そんなことは……」
「私、色んな男性から愛されてきましたから、相手が私に興味があるかどうか見抜けますの。残念ながら、あの人は私を妻として見ていませんわ……」
王国を支配するための道具としか見做していない。そんな皮肉が言葉の節々に含まれていた。
「まぁ、私としては裕福な生活さえできれば満足ですから、愛なんていりませんわ」
「サーシャ……無理しないでくださいね。私たちは姉妹なのですから。いつでも頼ってください」
「お姉様……」
サーシャはテーブルの下で拳を握りしめる。かつてルインを略奪したことを恥じ、目の端に涙が浮かぶ。
「……私は愚かですわね」
「そんなことありませんよ。あなたは立派です」
「いえ、お姉様と比べれば私なんて……先ほども道中で、王家所有の畑を目にしましたわ。一面の黄金畑はお姉様の手腕があってこそですわ」
小麦を帝国に頼り切っていた頃とは違う。王国は他国に負けない強国として成長しており、この結果はクレアが女王として辣腕を振るったからだ。
「でもだからこそ心配ですわ。発展した王国だからこそ手に入れるのを諦めないはずですから」
特に第二皇子領は小麦が採れない。王国を手中に収めれば、その課題もクリアできる。簡単に諦めるとは思えなかった。
「そういえば、お姉様の本当の兄だと聞きましたが本当ですの?」
「ダリアン様がそう仰っているだけです。真実を知るのは、お母様と、まだ見ぬお父様。そして……皇帝陛下くらいのものでしょうから」
ダリアンは状況証拠から自分が王家の血筋だと主張しているが、それは確固たる証拠ではない。だが皇帝ならば、皇子として養子に迎え入れた理由も知っているはずである。
「やはり疑問は解消しないと気持ちが悪いですね」
クレアは席を立つ。向かうべき場所ができたのだ。
「お姉様、どこかへ行かれるのですか?」
「はい、皇帝陛下とお会いしてきます。サーシャは王宮で寛いでいてください」
善は急げとクレアは動き出す。すべての真実を知るために、彼女は帝国へ向かうのだった。
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