第四章 ~『小麦と盗品★ルイン視点』~


『ルイン視点』


 第二皇子領には領民に配給するための食料の備蓄庫が存在する。厳重な警備に守られた食糧庫に呼び出されたルインは苛立ちを隠せなかった。


「クソッ、クレアの奴め。俺の魔物をこうもあっさりと……」


 デビルフォックスによる陽動と、ゴブリンによる小麦の略奪は最初上手くいった。しかし状況はすぐに変化した。


 村の警護にアレックスの部下が付いたのだ。戦場帰りの彼らの練度は高い。とてもゴブリンたちで太刀打ちできる相手ではなかった。


 ほとんどの手駒を潰された上、新たな魔物の補充も難しい。八方ふさがりの状況に悪態をつかずにはいられなかった。


「あの魔物を動かすか……だがあれは……」


 ルインに残された唯一の魔物、それは彼の実力を大きく超える怪物だった。


 従属の力も完全ではない。もし命令が効かなくなれば、制御できなくなる。だからこそ最後まで温存していた怪物だが、打つ手がないとなれば、頼らざる負えない。


「ふん、まぁいい。少なくともゴブリンたちは成果を得た」


 食糧庫の扉を開ける。そこには山のように小麦が積み上げられていた。その光景を見上げていたダリアンがルインに気づいて、満面の笑みを浮かべる。


「良く帰ったな、ルイン公爵。大義であった」


 ダリアンが歓喜するのも当然だった。ゴブリンたちは途中から失敗したものの、それでも少なくない量の小麦を持ち帰ることに成功したからだ。


「これだけあれば当分は小麦に困ることはない。むしろ多すぎるが故に領内に小麦を配りはじめたほどだ」

「名声の向上のためですね」

「ああ。クレアから学ぶこともある。今後、私が皇帝になる上で慈悲深いとの評判は役に立つからな」

「さすがですね」


 次期皇帝の座を巡っての争いは、どれほど多くの支持を得られるかにかかっている。そのための布石が小麦の配布だった。


「もちろん私が皇帝に就任さえしてしまえば、すぐにやめてしまうつもりだがな。弱者を救うことに私は価値を感じない。それよりも国力を増すことの方が重要だからな」


 金は力だ。優秀な人材を登用し、最新の設備を整えるにも金が要る。それを分かっているからこそ、ダリアンはこの場にもう一人客を用意していた。


 小麦の山をチェックしていた男が、ルインたちの元へと近づいてくる。第二皇子領の中でも最大規模を誇る商会の長であり、白髭白髪が威厳を感じさせた。


「ルイン公爵とは面識があるな」

「はい、荷馬車をお貸ししましたから」


 商人はルインが国境を超えるために協力を依頼した相手でもあった。ムスッとした表情のまま、軽く会釈する。


「それよりも皇子、小麦の確認を終えました」

「そうか。なら買取価格を教えてくれ。さぞかし高くで売れるのだろうな」

「いえ、この小麦を買い取ることはできません」

「はぁ?」


 ダリアンは予想していなかった回答に戸惑いをみせる。


「馬鹿な。私もチェックしたが、この麦は最高の品質だった」

「皇子の仰る通り、品は最高です。ですが……」

「なんだ?」

「こちらの小麦、王国からの盗品ですね」

「ば、馬鹿な」


 図星を突かれ、ダリアンは額に汗を浮かべる。チラチラとルインを一瞥し、話したのかと無言で問い詰めるが、彼は首を横に振った。


「この小麦が盗品だという証拠でもあるのか?」

「分かるものにしか分かりませんが、王国産の小麦は粒が少し赤茶色なのです」

「その特徴がどうして盗品になる?」

「王国は新たな製粉技術を手に入れたようでして、付加価値を付けるために、王家で買い取ってから、それをすべて製粉して売っているのです」

「な、なんだとっ!」


 つまり市場に流れるのは小麦粉だけで、小麦そのものは販売していないのだ。未販売の小麦がここにある理由はただ一つ。盗まれた以外に考えられない。


「荷馬車の貸し出しもまさか小麦を王国から盗み出すためとは……こんなことなら貸さなければ良かった」

「ま、待て、話はまだ終わっていないぞ」

「いえ、終わりですよ。盗品を扱えば、私の商会の評判は地に落ちますから。もちろん私と皇子の付き合いですから。あなたの罪を口にするような真似はしません」

「そ、そうか……」

「ですが既に配った小麦があるはず。それをいち早く回収したほうが良い。もし盗品だと露呈すれば、あなたの評判は地に落ちますから」

「うぐっ……」


 ダリアンは絶望を感じながら、固唾を飲みこむ。貧困者から小麦を回収しても悪評が流れるからだ。


 しかし盗人よりはマシだと、すぐさま回収を命じる。クレアの罠に嵌められたと、理不尽な怒りを噛み締めながら、心の中で八つ当たりするのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る