第三章 ~『商店でのデート』~
先代女王の思い出のコーヒーを味わったクレアは、店主にまた来るとだけ伝えて店の外に出る。既に夕日が昇っており、街をより濃い朱色に染めていた。
(有意義な視察でしたね)
まだ見ぬ父親が共和国で存命の可能性が高まっただけでも視察の価値があった。
(それに美味しいカフェの存在も知れました。上手く宣伝して、王都を盛り上げていきたいですね)
王都を訪れれば、美味しいものが食べられる。そういった風潮が高まれば、外国から訪れる観光客が増え、王国の経済が潤っていく。カフェだけでは小さな見所でも、数を集めれば、有益な観光資源になってくれるはずだ。
(あの馬車……)
カフェの真向かいにある商店の前に、一台の馬車が留められていた。その馬車はどこか見覚えがあった。
「クレア、奇遇だね」
「お兄様!」
馬車からギルフォードが下りてくる。偶然の鉢合わせに彼も驚いているようだった。
「どうしてお兄様が王都に?」
「仕事さ。実はこの店は僕が経営していてね。様子を伺いに来たんだ」
よく見ると、商店の看板にはアイスバーン公爵家の家紋が刻まれていた。煉瓦造りのモダンな店構えにも、ギルフォードの趣味が表れている。彼が経営する店に、クレアは興味を抱く。
「この店ではどんな商品を扱っているのですか?」
「若者向けの衣服がメインだね」
「お兄様の扱っている商品ですから。きっとお洒落なのでしょうね」
「よければ一緒に見学していくかい?」
「お邪魔になりませんか?」
「なるものか。むしろ、従業員たちも女王が訪問してくれたと喜んでくれるはずさ」
「では、お言葉に甘えますね」
二人で揃って商店の中に足を踏み入れる。一目で高級店だと分かる店内はひんやりと涼しい。空調が効いていることにクレアは驚かされる。
(水と風の魔法を組み合わせているのでしょうが、凄い技術力ですね)
常に快適な温度を保つ魔法は高度な技術が求められる。それを一店舗の従業員が駆使していることに驚きを隠せなかった。
「凄いだろ、僕の店は」
「はい。まさか魔法使いを配置しているとは思いませんでした」
「といっても空調の魔法しか使えないけどね」
「ぞうなのですか⁉ てっきり熟練の魔法使いがいるのかと思いました」
「まさか。そんな勿体ないことはしないさ。適性がなくとも、僅かな風と水を生み出すことはできるからね。それを複合する技術は難しいけど、努力次第で誰でも習得できるんだ」
空調システムはギルフォードの店の大きな魅力になっていた。従業員に教育を施し、店の居心地を良くすることで売上を伸ばそうとする彼の商才に感心させられる。
「いらっしゃいませ、オーナー」
「お邪魔しているよ、店主」
妙齢の女性がギルフォードの来店に気づいて駆け寄ってくる。店長と呼ばれた彼女は、クレアを一瞥すると、目を大きく見開いて驚くが、すぐに平静さを取り戻す。
「女王陛下、ようこそいらっしゃいました」
「はじめましてですね」
「私はアイスバーン公爵領ではなく、王都での現地採用でしたから。今まで会う機会もありませんでしたね。それでオーナー、本日はどういった目的でのご来訪で?」
「視察を兼ねたデートさ。ね、クレア?」
「デ、デートなのですか⁉」
驚愕で頬を赤く染めるクレアに、ギルフォードは微笑む。
「冗談さ。悪戯して悪かったね」
「お兄様はたまに意地悪になりますね」
「可愛い妹だからこそさ。お詫びに服を贈るよ。店主、クレアに似合いそうな服を選んでくれないかな」
ギルフォードの頼みに、店主は目をキラキラと輝かせる。
「任せてください。女王陛下に相応しい服を用意してみせます」
腕が鳴ると、店主が店の奥へと消えていく。テキパキと指示を出す声を聞きながら、クレアは頭を下げる。
「お兄様、私に服をプレゼントするために、この店に招待してくれたのですか?」
「さすが、クレアだ。察しが良いね」
王都で偶然に出会うのはあまりにも都合が良すぎた。兄らしいことがしたいと考えたギルフォードが、クレアの予定を確認し、服飾店へと誘導したのだ。
「カラクリは分かっても、プレゼントを遠慮しないでおくれよ」
「ふふ、他の人ならともかく。お兄様からの贈り物ですから。甘えさせて頂きます」
店主が店の奥から戻ってくる。彼女の表情には自信が滲んでいた。
「女王陛下に相応しいドレスを用意しました。さぁ、こちらの試着室にいらしてください」
案内されるがまま、クレアは試着室に移動する。用意されたドレスに袖を通すと、寸法さえしていないのにサイズはピッタリだった。
「私の服のサイズが良く分かりましたね」
「我々もプロですから。準備は怠りません」
クレアの服のサイズを王宮の使用人なら知っている。きっと事前に確認していたのだろう。事前準備の隙の無さに舌を巻く想いだった。
「オーナー、女王陛下の試着が終わりましたよ」
ドレスで着飾ったクレアが姿を現すと、ギルフォードはゴクリと固唾を飲む。彼女の黒髪と調和した紺のドレスは、長い付き合いの彼ですら、ドキリとさせられるほど魅力的だったからだ。
「お兄様、どうでしょうか?」
「さすが僕の妹だ。とっても綺麗だよ」
「ふふ、ありがとうございます♪」
クレアも鏡で確認する。彼が褒めてくれたおかげで、自分のドレス姿に自信を持つことができた。
「やっぱりお兄様と一緒にいるのは楽しいですね」
「家族だからね。でも僕は……」
ギルフォードは言い淀む。いつも平静さを崩さない彼だが、緊張しているのか喉が震えていた。
「クレア、僕と君は兄妹だ。でもね、僕は君の事が――」
「急報です!」
商店の扉が勢いよく開かれる。その声には聞き覚えがあった。近衛兵として働く伝令係の男が、クレアの元まで駆け寄ると、息を荒げながらも膝を突く。
「女王陛下、緊急事態です。すぐに王宮へお戻りください」
「どうかしたのですか?」
「ウィリアム第一皇子が、王宮に来訪されました」
「え……」
突然の知らせにクレアは驚かされる。ギルフォードもまた思考を切り替え、兄ではなく、国を想う公爵としての表情をみせるのだった。
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