第三章 ~『やってきた第二皇子』~
第二皇子がやってくると知り、王宮は騒然となっていた。賓客をもてなすため、使用人たちは準備を整える。
応接室でクレアとギルフォードはソファに腰掛けながら第二皇子の到着を待つ。背後には文官たちもズラリと並び、いつでも助け船を出せるように待機していた。
「お兄様はどのようにして第二皇子を招待したのですか?」
「僕は何も。向こうから打診があったのさ。ただ僕らにとっては渡りに船だ。正体不明の第二皇子がどんな人物かを知ることができるからね」
会話を交わせば、相手の人柄や考え方を知れる。対策を打つのも容易になるため、クレアたちにとっては値千金の情報を得られるチャンスに繋がる。
「もっとも深く知られると、こちらの動きを予想されやすくなるけどね。ただ簡単に掴まれるほど、僕たちの底は浅くない」
「二人で立ち向かいましょう」
宿敵との邂逅が迫っていた。その緊張からかクレアの手が震える。
(武者震いしてしまいますね)
だがすぐにその震えは止まる。ギルフォードが優しく手を握ってくれたのだ。
「僕たちなら勝てる。そうだろ?」
「はい!」
覚悟を決めた瞬間、使用人が応接室の扉を開く。第二皇子が入室すると、そのままクレアたちの対面に座る。
「初めまして。私が第二皇子のダリアンだ」
「あなたが……いえ、失礼しました。私はクレア、こちらは――」
「知っている。ギルフォード公爵だな。二人共有能だと、帝国まで評判が届いている」
ダリアンの態度は尊大だが悪意は滲んでいない。今まで嫌がらせをしてきた仇敵とは思えないほどだった。
「それで本日はどのようなご用件でしょうか?」
「一つは王宮をこの目で見るためだ。噂で聞くよりも美しいな」
「我が国自慢の王宮ですから」
「いずれ私の物になるのが楽しみだ」
何気なく放たれた一言だが、それは明確な宣戦布告だった。ルインから聞かされていた通り、ダリアンは王国を乗っ取るつもりなのだ。
(この人が私の兄かもしれないのですね)
背が高く、彫りの深い顔立ちをした黒髪黒目の美男子だ。クレアと似ても似つかない顔つきだが、男女の差はある。髪色などの特徴を考慮すれば、兄妹でもありえる話だ。
「生き別れた兄妹の再会だが、まずは称賛を。松茸の価格暴落を救った一手は見事だった」
「あなたがルイン様に指示したのでは?」
「証拠はないだろう」
「ええ。ですが、私はあなたが犯人だと確信しています」
二人は視線を交わらせて火花を散らす。互いに笑みを浮かべているのに、空気が張り詰めていた。
「クレアとの兄妹喧嘩は楽しいな。そうは思わないか、ギルフォード公爵」
「僕たちは君のように喧嘩なんてしないさ」
「クククッ、さすが偽物。他人同士では喧嘩もできないか」
「本物の兄妹以上に深い絆で結ばれているからこそ争いが生まれないのさ.」
ダリアンの挑発をギルフォードは受け流す。だが内心で怒りを堪えていたのか、眼光だけは鋭く輝いていた。
「まぁいい。本題に入ろう。私は王国を愛している。そして王家の血を引く、長兄でもある」
「……何が言いたいのですか?」
「玉座を返してもらいたいのだ、簒奪者よ」
正当な後継者は自分だと、ダリアンは主張する。だがそれを受け入れるわけにはいかない。
「あなたは本当に私の兄なのですか?」
「幼少の頃の私は父に預けられていたからな。疑うのも無理はない」
「そのあなたがどうして帝国の第二皇子に?」
「父が失踪してな。それで母が友好関係にあった皇帝に私を養子として預けたのだ」
「……信じられませんね」
「だが事実だ。そうでなければ養子の立場で皇子の地位にない」
「それは……」
ただの養子に皇帝が皇位継承権を与えるはずがない。そこには大きな事情――例えば、先代女王の息子であるなどの理由があるはずだ。
「これで理解できただろう。本来、王家を継ぐべきは私だ。さぁ、玉座を明け渡せ」
ダリアンの強い言葉に、クレアは固唾を飲む。心が挫けそうになるが、そんな彼女を救ったのは仲間たちだった。
「王国の女王はクレアさんです!」
傍に控えていたコレットが怒りを示す。続くように文官たちも続ける。
「女王陛下がいたから王国は発展したのだ!」
「クレア様こそが王国のトップに相応しい!」
「我らはクレア様についていく」
文官たちは一歩も退かない姿勢を見せる。その姿にクレアの目尻に涙が浮かぶ。
(皆さん、ありがとうございます)
勇気を与えてもらったクレアは強い心を取り戻す。ギルフォードと勇気を分かち合うように互いの握る手に力を入れる。
「ダリアン様の話は分かりました。ですが、玉座を譲るのはお断りします」
「なにっ!」
「そもそも、あなたが兄だとまだ信じていません」
「それは私が第二皇子である事実が証明して――」
「詭弁ですね。第二皇子として迎えられたことは事実でも、その理由が王族の血を引いているからとは限りませんから」
「うぐっ」
第二皇子に迎えられた理由は、皇帝の隠し子や、有力貴族の子弟でも筋は通る。それだけで彼が兄と認める理由にはならない。
「僕からもいいかな」
「なんだ?」
「僕の予想では君は回復魔法を使えないはずだ。違うかな?」
「そ、それは……」
もし使えるなら話術で説得するような手間をかけるはずもない。実演しないことからも、彼が回復魔法を扱えないことをギルフォードは見抜いていた。
「残念だが私は父に似たのだ。そのせいで回復魔法は使えん」
「やっぱりね」
「だが女王の血を引いた私は有能だ」
「でもそれは証明にならない。それにクレアもその血を引いている。僕たちは優秀な国家元首に困っていないんだ」
ギルフォードはニッコリと笑みを浮かべる。だがどこか冷たい拒絶の意思を孕んでいた。ダリアンは舌を鳴らして立ち上がる。
「この屈辱を私は忘れない。私が王家を手中にしたら、貴様ら全員を断頭台の露にしてやる。覚えておくんだな」
負け惜しみを残して、ダリアンは王宮を去っていく。クレアたちはその背中を見送りながら、闘志を燃やすのだった。
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