第三章 ~『密猟対策』~


 ゴブリンによる密猟の対策案を実行に移してから数十日が経過した。その効果はさっそく現れたのか、執務室で松茸の価格推移が記された資料を眺めていたコレットがガッツポーズを取る。


「クレアさんの作戦、大成功ですね」

「ヒントはコレット様がくれたものですよ」


 クレアの机の上には木箱が置かれていた。中に入っているのは卵ではなく、松茸である。


「でも木箱に入れて販売するだけで、密猟品の排除に成功するとは思いませんでした」

「木箱に王国の公式産であると証明する焼き印を入れてありますから。これが偽造されない限り、正規品の松茸がどれかは明らかですからね」


 焼き印は王国の技術を集結して作られている。如何に帝国といえども、同じものを簡単に再現できるはずがない。


「正直、クレアさんの策がここまで有効だとは驚きでした。非正規品だと知っていても、密猟品を安く買う人は多く残ると思っていましたから」

「それは松茸がキノコだからですね。キノコには毒を持つ種も多いですから。出所の分からないキノコはきっと売れなくなると信じていました」


 卵や肉なら最悪でもお腹を壊すくらいで済むが、キノコの場合はそうはいかない。キノコの危険性を逆に利用したのだ。


「それに木箱のおかげで贈呈品としての人気も増しました。各国の貴族たちが松茸を贈り物として利用し、その美味しさを広めてくれれば、私たちにも一石二鳥です。これもすべて、コレット様が共和国の卵を紹介してくれたおかげですね」

「私なんて何もしていませんよ。すべてクレアさんの発想力の高さのおかげです」


 改めて偉大な女王の下で働いているのだと実感し、コレットは顔を赤く上気させる。一方、クレアの表情は冷静なままだった。


「密猟はこれで止まるでしょう。ですが、根本的な問題解決のためにはルイン様が犯人だと証明したいですね」

「ゴブリンの後を追うのはどうでしょう?」

「実は近衛兵の皆様が追跡してくれたんです。ただ帝国に逃げ込まれると、簡単に追うことはできません。証拠を得るまでは至っていないのです」


 国境を超えるには手続きが求められる。その隙にゴブリンは帝国領土内で散ってしまうため、ルインが操っていた証拠を得られずにいたのだ。


「でも収穫はありました。ゴブリンがどうやって国境を超えているのか分かりましたから」

「どんな方法だったんですか⁉」

「それは――」


 クレアが答えようとしたタイミングで、外から文官たちの声が聞こえてくる。何事かと廊下に出ると、庭で大鷲の魔物を縄で引っ張るギルフォードの姿があった。


 その大鷲は馬よりも二回り以上は巨大である。意識を失っているからか、瞳は閉じられていた。


 ギルフォードは窓越しのクレアに気づき、挨拶代わりに手を振る。彼女もまた窓を開けると、彼に手を振り返した。


「クレア、ただいま」

「おかりなさいませ、お兄様。仕事をやり遂げるとはさすがですね」


 大鷲は並の兵では手も足も出ない。だからこそ、強力な魔法を扱えるギルフォードに討伐の任務が依頼されたのだ。


「ははは、何とか討伐できたよ。これで終わりだと願いたいね」

「こんなに大きな鷲の魔物、そう何体もいませんよ」


 希望的観測だと知りながらも、二人は成功を祝うように笑みを向け合う。その様子を見ていたコレットはすべてを察したのか、「なるほど」と声をあげた。


「あの大鷲が国境を超えていた秘密ですか?」

「正解です。その背に乗せて、空から魔物を空輸していたんです」

「どおりで簡単に発見できないわけですね」


 だがその移動手段の大鷲を潰すことに成功した。他にもいる可能性は排除できないが、手段が分かった以上、対策を打つことは容易だ。


「クレア、実はもう一つ収穫があってね。いや、あれは厄介事かな?」


 ギルフォードが困ったように頬を掻く。彼らしくない反応に疑問を覚えていると、彼は言葉を続ける。


「実はね、第二皇子が王宮を訪問してくるそうだ」

「えっ……」


 クレアは驚きで声をあげる。第二皇子からは様々な嫌がらせを受けてきた。それを止めるチャンスでもあり、事態を悪化させる火種を生む困難でもある。クレアは曖昧な笑みを浮かべながら、第二皇子との邂逅に心を落ち着かせるのだった。


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