第三章 ~『帝国の使者ルイン』~


 アンの紹介を終え、クレアは引き続き魔法学園で視察を行う。アン以外の生徒からも話を聞くが、皆、一人前の魔法使いに成長していた。


(魔法使いが育てば、王国はもっと栄えるはずです。いずれは帝国にだって負けない国にしてみせます)


 帝国は好戦的な国だ。隙を見せれば、侵略してきても不思議ではない。優秀な人材が育つことで、未来の王国を救ってくれるはずだ。


「女王陛下、失礼します!」


 王宮に務めている近衛兵の一人が魔法学園まで急いでやってくる。額には汗が浮かんでおり、トラブルが起きたのだと察せられた。


「どうかしましたか?」

「ルイン公爵が帝国の使者として王宮を訪れました!」

「え⁉」


 かつて、クレアとの婚約を破棄したルインは、その咎によりヌーマニア公爵家を追放されている。その後、行方不明になっていた彼が、帝国の使者として王宮を訪ねてきたのだ。只事ではない。


 急ぎ、クレアたちは王宮へ帰る。応接室には膝を組み、偉そうな態度でソファに腰掛ける彼の姿があった。


「遅い、俺は帝国の正式な使者だぞ」


 怒鳴り声をあげるルインに、クレアは呆れるように目を細める。


(この人は変わっていませんね)


 権力を笠に着て、横暴な態度を取る姿は昔のままだ。


(ですが、変わらないでいてくれたのは、むしろ、ありがたいかもしれませんね)


 帝国の使者として訪問しておきながら、高圧的な態度を崩さないのなら、彼の用件は間違いなく王国にとって不利益なもののはずだ。


 強気で戦うためにも、ルインには同情より敵愾心を抱いていたい。鋭い視線を彼に向け、真っ向から戦う姿勢を見せる。


「随分と会わぬ間に、生意気な女になったな」

「ルイン様に婚約破棄されたおかげです」

「皮肉まで口にするか。やはり俺は貴様が嫌いだ」

「奇遇ですね。実は私もなんです」


 一触即発の空気になるが、その間を取り持つようにギルフォードが割って入る。


「ルイン、君は喧嘩をしに来たのかな?」

「何が言いたい?」

「その調子を続けるようなら、このまま王宮から退出いただく。使者としての役目を果たせなければ、困るのは君なのではないかな?」

「…………」


 ギルフォードの問いに、図星だったのかルインは黙り込む。互いが落ち着いたところで、彼は手をパンと叩く。


「ではお互いに理性的になれたところで本題に入ろうか。ルイン、君はどうして帝国の使者に?」

「ヌーマニア公爵家から追放された俺を第二皇子が側近として招き入れたのだ。俺はいまや、第二皇子のナンバー2だ。俺の言葉は皇子の言葉、軽んじることは決して許されないと知れ」


 第二皇子は、第一皇子のウィリアムとライバル関係にある人物であり、サーシャの嫁ぎ先でもある。クレアはまだ一度も会ったことがない相手でもある。


「ルイン様、サーシャは元気ですか?」

「ふん、サーシャとは顔を合わせてすらいないから知らん。捨てられたことを恥じ、俺を避けているのだろうな」

「都合の良いように解釈しますね」

「事実だからだ。俺は第二皇子の側近だぞ。玉の輿の俺と別れたのだから、捨てられたと恥じるのは当然だ」

「ですがサーシャの嫁ぎ先は第二皇子その人ですよ」

「形の上ではな。だが第二皇子の本当の狙いは……おっと、思わず口を滑らせるところだった」


 第二皇子がサーシャを利用して、何かをしようとしている。そのような意図を感じさせられる一言だった。


「サーシャの話はもういい。それよりも本題だ。第二皇子は王国を滅ぼすつもりでいる」

「は?」

「突然で理解が追い付かないだろうが事実だ。あの人はやる気だ。そして実現できるだけの能力もある」


 第二皇子に恨みを買った覚えはない。王国を属国にするならともかく、滅ぼす理由も思いつかない。頭の中が疑問符で満ちていく。


「どうして王国を滅ぼすつもりなのですか?」


 クレアは疑問を質問として絞り出す。その問いを待っていたと、ルインは口元を歪める。


「復讐さ。第二皇子は王国を恨んでいる。何よりも偽りの女王に玉座を奪われたことをな」

「クレアは王族の生き残りだよ。女王になる資格は十分すぎるほどある」


 ギルフォードが真っ先にフォローするが、その答えを想定していたのか、ルインは喉を鳴らして笑う。


「クレアが女王の地位にあるのは他に王族がいないからだ。だが実はもう一人、生き残りがいたのだ」

「まさか……」

「クククッ、そう、第二皇子は王家の血を引いているのだ」

「ありえない……そんなことが……」

「完全に否定はできまい。なにせ先代女王は謎多き人物だったからな」


 クレアの本当の父親さえ分かっていない。クレアに兄弟がいないと証明することは悪魔がいないと証明するに等しい。


「王家の血を引く長兄であり、帝国の第二皇子でもある。あの人は王国を焼野原にした後、自らの領地として接収するつもりなのだ」

「そんなこと、私がさせません!」

「第二皇子は残忍な人だ。貴様に止められるものか……ただ唯一止められる存在がいる。それは俺だ」


 側近として信頼されている自分ならば、第二皇子を説得できるとルインは続ける。だが彼が対価もなく、王国のために働くはずがない。


「目的はなんですか?」

「な~に、簡単な要求だ。俺と改めて婚約を結べ。そうすれば、俺が第二皇子を止めてやる。どうだ、悪くない条件だろう」


 女王なら国民を守るために要求を飲めと無言の圧力をかけてくる。相変わらず、最低な人だと再認識する。


「答えを出せ。俺の要求を――」

「飲みません。私はルイン様と結婚したくありませんから」

「王国がどうなってもいいと?」

「ルイン様の力を借りなくても、私には頼りになる仲間がたくさんいますから」


 クレアには支えてくれる家臣たちがいる。それにギルフォードも傍にいてくれる。彼はルインの話に違和感を覚えていたのか、口を開く。


「ルイン、君は嘘吐きだね」

「お、俺は嘘など……」

「第二皇子が王国を恨んでいるとしても、焼け野原にするはずがないよ。王国は魅力のない国ではないからね」


 現在の王国は小麦の採れる豊かな国へと成長した。恨んでいたとしても、その利益を捨てるような真似はしない。滅ぼすという言葉がルインの脅し文句だと見抜いたことで形勢は逆転した。


「滅ぼすという言葉は確かに俺のハッタリだった。だがな、第二皇子が王国を欲しているのは事実だ。俺との交渉を打ち切れば、きっと後悔することになるぞ」

「負け惜しみにしか聞こえませんよ」

「残念だが、これは勝利を確信しているからこその忠告だ」


 断られても、ルインに悲壮感はない。その理由を問うよりも前に、応接室の扉が勢いよく開かれた。コレットが額に汗を浮かべて、入室してきたのだ。


「クレアさん、それにルインさんも丁度良いところに」

「どうかしたのですか?」

「ルインさんのお父上――ケント・ヌーマニア公爵が魔物に襲われました」

「え⁉」


 偶然とは思えないタイミングでの事件に、背中に冷たい汗が流れる。そしてクレアは思い出した。ヌーマニア公爵家の血を引く者は、魔物を従属させ、自分の意思のままに操れることを。


「まさかルイン様が」

「ははは、俺を家から追放した天罰が下ったのだろう。父上に伝えておけ。大事な嫡男を無下に扱うと、こういう目に遭うとな」


 ルインは哄笑しながら、そのまま応接室を後にする。醜悪な人格に磨きをかけた彼の笑い声は、王宮の大理石に冷たく反響するのだった。


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