第二章 ~『松茸とブランド化』~


 王宮には舞踏会をするために作られた大広間がある。玉座が暫く不在だったこともあり、長らく使われてこなかったが、ようやく日の目を見ることになった。


(各国の重鎮たちが来てくれていますね)


 国内向けの女王就任式は実施済みだが、外国にも正式な国家元首の存在を知らしめる必要がある。そのための交流を目的としたパーティが開催されていた。


 集められた来賓たちは、帝国のような隣国の者だけでなく、遠方の国の者も多い。新しい女王を見定めるため、豪華な食事と酒を片手に、クレアの周囲に群がっていた。


「クレア様、女王への就任おめでとうございます」

「お美しい女王の誕生に王国が羨ましい限りです」

「是非、我が国との交易をこれからもよろしくお願いします」


 縁を繋ごうと擦り寄ってくる来賓たちに、クレアは困ってしまう。救いを求めるように会場を見渡すと、ギルフォードと目が合った。


「失礼します、皆様。クレアはこれから予定があるので失礼させていただきます」


 ギルフォードがクレアの手を引いて、来賓たちの群れから助け出す。会場の端まで移動すると、クレアは一息吐いた。


「はぁ~、お兄様のおかげで助かりました」

「さすがにパーティの主役だけあって人気者だったね」

「あれほど大勢の人に囲まれるとは思いませんでした」

「クレアは女王だからね。それに世界で唯一人の回復魔法の使い手だ。どんな権力者でも怪我や病気になれば終わりだからね。だからこそ君との繋がりを持ちたいのさ」


 人の生涯を左右する怪我や病気を克服できるクレアの力を、どの国も喉から手が出るほどに欲していた。遠方の国からさえ来賓が集まったのは、回復魔法の力によるところが大きい。


「これほど盛大に祝って頂いて、お兄様には感謝しなければなりませんね」

「他国に権威をアピールするのも女王の大切な仕事さ」

「ですが、用意して頂いた食事はどれも豪華なものばかりですし……私、ワイバーンのステーキなんて初めて食べました」

「僕も過去に一度しかないよ。高級食材で滅多に市場に出回らないから仕方ないけどね」


 ワイバーンは共和国の山頂に住む魔物だ。気性の荒さと、戦闘力の高さから討伐されるのは稀であり、それ故に希少価値に繋がっていた。


「ただワイバーンの肉は、共和国が市場に流れる量を故意に減らしているとの噂がある」

「ブランド価値を高めるためですね」

「ワイバーンは共和国にしか生息していないからね。この美味な肉を食すために、皆は大金を支払うんだ。そして――僕らの松茸もそうなる」


 ギルフォードが控えていたコレットに合図を送る。時が来たのだと知り、彼女は用意していた土瓶蒸しを提供するために動き出す。


 歓談は盛り上がり、酒の酔いが回ってきた頃合いを見計らったタイミングのパフォーマンスに皆の注目が集まる。台車が次々と広間の中央へと運ばれ、来賓の意識が土瓶へと注がれた。


「さぁ、クレア。出番だよ」

「はい!」


 松茸のブランド価値を高めるために、女王の看板を利用する。彼女は広間の中央へ移動すると、来賓たちに語り掛ける。


「こちらは王国自慢の高級食材である松茸を利用した土瓶蒸しです。酔い覚ましにも効きますので、皆さま、是非お試しください」


 使用人たちがお猪口に出汁を注ぐと、来賓たちに配って回る。


 来賓たちにとって松茸は未知の食材だが、食欲をそそる上品な香りを我慢できる者は少ない。彼らはグッと飲み干すと、目を見開いて驚愕する。


「このコクはなんだ⁉」

「今まで飲んだスープの中で一番の旨さだ!」

「この松茸という食材を我が国にも持って帰りたいぞ!」


 高級食材だと知らされていたプラシーボ効果も働いたのか、松茸に対する好意的な意見が溢れていく。この流れを逃す手はないと、ギルフォードが追撃を仕掛ける。


「この松茸は王国にのみ自生する食材で、その価値はワイバーンにも引けを取りません」

「あの高級肉と!」

「事実、この場にいる舌の肥えた皆さんなら、松茸の旨味がワイバーンに負けていないと感じていることでしょう」


 上流階級にいる者ほど、味に分かる人間だと思われたいものだ。ギルフォードの言葉を否定して、わざわざ恥を掻く者はいない。場の空気が松茸とワイバーンを同価値の食材だと認めていた。


「さすがはギルフォードさんですね」


 コレットがクレアにだけ聞こえる声で語り掛ける。


「お兄様が立案した松茸に付加価値を付ける策は見事に成功ですね」

「この場にいる来賓が松茸の美味しさを母国で広めてくれれば、市場でワイバーン並の高値が付くはずですからね。顔が良いだけじゃなくて、能力も高いなんて、さすがはギルフォードさんです」

「ふふ、なにせ私の自慢のお兄様ですから♪」


 ギルフォードがいてくれて良かったと、二人は改めて彼に尊敬の念を抱くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る