第二章 ~『食べたことのない食材』~


 王国では食べられていないが、他国では食べられている食材を使った料理の品評会が行われる。


 クレアたちはダイニングに集まり、コレットの食事の準備が整うのを待っていた。彼女らの他にも王宮で働く文官たちが集められたのは、味見役としてギルフォードが呼びかけたからである。


「僕たちだけだと、貴族としての意見に偏るからね。文官たちは出自が平民の者もいる。意見は参考になるはずだよ」


 新しい食材は王国の庶民たちにも波及させるようとしている。一部の人間だけが食する珍味では駄目なのだ。この場の文官たちも美味しいと認めるほどの食材が求められた。


「食事の用意ができましたよ」


 コレットが台車に料理を乗せて運んでくる。白い皿の上に、吸盤がポツポツと浮かぶ赤い身が乗っていた。


「これはオクトパスだね」

「さすがギルフォードさん、知っていましたか」

「王国では食べないが、和国では愛されている食材だと商人から教えてもらってね。なんでも丸めた小麦の中に、オクトパスを埋め込んで焼く料理――たこ焼きは特に美味とのことだ」

「私も食べたことがありますが、たこ焼きは絶品ですね。ただ今回は小麦不足対策のための料理なので、梅酢和えにしています」

「それはそれで美味しそうだ。僕から頂いてもいいかな?」

「もちろんです」


 未知の食材に挑戦するのは勇気がいる。ギルフォードが先陣を切ることで、後続に躊躇いをなくさせるのが目的だった。


 ギルフォードは梅酢で和えられた蛸を口の中に放り込む。何度か咀嚼すると、彼の表情はパッと明るくなった。


「うん、プリプリとしていて美味しいよ。クレアたちも試してみるといい」


 ギルフォードに続いて、皆がオクトパスに挑戦する。グロテスクな外見と違い、実際に食べた時の上品な味わいに、皆が驚きを隠せなかった。


「こんなに美味しい食材だったのですね。これなら女性たちにも受け入れられると思います」

「クレアの太鼓判を得られたのは心強いね」


 他の文官たちの意見も概ね同じだった。一食目の料理の成功に湧く中、コレットは二品目を並べる。


「今度は麺料理です」


 醤油ベースのスープに、透明な麺が浮かんでいた。未知の料理だが、食欲をそそる見栄えをしていた。


「透明で綺麗ですね。小麦を使った麺ではありませんよね?」

「もちろん。食材は食べてみてからの発表で」

「では私から頂きますね」


 クレアは透明な麺を持ち上げ、恐る恐る啜ってみる。口の中にモチモチとした感触と、交わったスープの旨味が広がる。


「とても美味しいです。皆さんも試してみてください」


 オクトパスより外見に抵抗がなかったためか、文官たちに躊躇いを抱く者はいなかった。麺の旨味を堪能すると、思い思いの感想を口にする。


「私は小麦の麺よりこちらの方が好きだ」

「うむ、あっさりしているからな」

「販売されれば、人気が出ることは間違いないだろう」


 絶賛の嵐に耳を傾けるコレット。彼女の口元に浮かんだ笑みは次第に大きくなっていく。種明かしへの期待感が膨らんでいる証拠だろう。


「コレット様、結局、この食材はなんだったのですか?」

「ではお教えしましょう。これはスライムです」

「スライム!」


 皆、驚愕を隠せない。スライムのぶよぶよとした姿は、嫌悪の対象だったからである。


「あのスライムがこんなに美味しくなるなんて……」

「茹でると弾力が出るんですよ。それにスライムはどこにでも現れる魔物で、子供でも倒せるほど弱いですから。手に入れるのも苦労しません」

「食料不足の時にはうってつけの食材ですね」


 食べられることさえ知ってもらえれば、一躍、人気食材に躍り出るだろう。それほどにスライムの麺料理は美味だった。


「次が最後です。そして一番の自信作でもあります」


 コレットが用意したのは急須のような形をした土瓶だった。食欲をそそる香りが漂っている。


「これはどんな料理なのですか?」

「松茸の土瓶蒸しです」

「松茸ですか……確か変わった香りのキノコですよね?」

「はい。その香りをより楽しむために、海老や鶏肉、三つ葉を一緒に入れて蒸した料理です。さっそくご馳走しますね」


 土瓶からお猪口に出汁が注がれる。それだけで豊かな香りがダイニングを包み込んでいく。


「上品な香りですね」

「松茸と魚介類の香りが混ざり合っているんです。出汁の味も最高ですよ」

「では頂いてみますね」


 オクトパスとスライムに続いての三品目ということもあり、クレアに躊躇いはない。お猪口に注がれた出汁を勢いよく口にする。


 その瞬間、鼻腔を上品な香りが包み込んでいく。口の中には松茸と魚介の旨味が満ち溢れ、幸福を感じられた。


「これは素晴らしい味です」


 感極まったクレアに続くように、皆も挑戦する。誰もが驚きで目を見開く。それほどに美味だった。


「この松茸は王国でしか自生しないんです。外国へ輸出しても人気になると思いますよ」

「それは一理あるね」


 外貨が稼げれば、それで高値になった小麦を輸入できる。選択肢としては悪くない。


「むしろ松茸ではお腹が膨れないからね。売り物にするのは良きアイデアだよ」

「えへへ、恐縮です。でもいくら美味しくてもキノコですからね。外国の人たちは高値で買ってくれますかね?」

「それは僕に任せて欲しい。この松茸を必ず高級品にしてみせるよ」


 ギルフォードは不敵に笑う。彼にならば任せておけると、その場にいる誰もが頼もしさを覚えるのだった。

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