第二章 ~『帰ってきたクレアたち』~
帝国での役目を終えたクレアたちは、王国の王宮へと帰ってきていた。談話室のソファに背中を預けながら旅の疲れを癒していると、コレットが紅茶を運んできてくれる。
「お帰りなさい、クレアさん、ギルフォードさん」
「不在の間、迷惑をかけませんでしたか?」
「王宮は平和でしたから。いつもと変らない、仕事に明け暮れる毎日でしたよ。クレアさんたちはどうでしたか?」
コレットの問いに真っ先に反応したのはギルフォードだった。
「クレアは先代の女王を彷彿とさせるほどの働きぶりをみせてくれたよ」
「私なんてまだまだです。お兄様が一緒にいてくれたから、心が折れずに励めたのですよ」
互いが互いを尊敬しあう兄妹関係に、コレットは微笑ましさを覚える。
暫くぶりの主との会話を楽しむため、コレットは自分のカップにも紅茶を注ぐと、漂う甘い香りを楽しみながら、ソファに腰掛けた。
「第一皇子はどんな人でしたか?」
「紅茶好きの素敵な人でしたよ」
「なら私とも趣味が合うかもしれませんね。クレアさんとも盛り上がったのでは?」
「したたかな人でしたから。会話を楽しむより、緊張が勝ってしまいましたね」
「強敵だったのですね……そんな相手との交渉に成功するなんてさすがは私の主です」
コレットは交渉が上手くいったと確信しているかのような口振りだった。ギルフォードはそんな彼女に疑問を抱く。
「どうして交渉が成功したと分かったんだい?」
「私は側近ですよ。主の感情の機微を察するくらいはできます。それに――クレアさんならやり遂げると信じていましたから」
「クレア、君は……」
「ふふ、小麦が安くなるのが今から楽しみですね」
主人の成功を喜ぶように、コレットは微笑む。小麦価格が下がれば、きっと彼女のように笑顔を浮かべる者が王国で溢れることになるはずだ。
「クレアのおかげで当分の間は食料に困らなくなった。しかし――」
「分かっていますよ、お兄様。これはあくまで暫定処置。帝国に食料事情をいつまでも握られているわけにはいきません」
「作物を自国で生産できるようにしないとね」
「そのためには痩せた土地を肥えさせないといけませんね」
水はけがよく、土壌の栄養分が少ない土地では小麦の育ちが悪い。落葉樹の葉や家畜の糞尿によって肥沃な土地に近づけることもできるが限界はある。
「策はあるのかい?」
「魔法を使える近衛兵たちを畑仕事に回します。魔法を使えば、土壌を耕したり、雨を降らせたりできますから」
「王宮の軍備が手薄になるけど……なるほど。そのために帝国と一年の和平条約を結んだんだね」
「おかげで優秀な魔法使いたちを小麦の生産に回せます。一年後には黄金の麦畑が広がっているはずです」
女王として王国を救うための明確なビジョンを描いていた。クレアの成長を喜ぶように、ギルフォードは微笑みながら紅茶を啜る。
「あとはウィリアム様が約束を反故にしないことを祈るばかりですね」
「皇帝を治療した褒美として得た値下げだからね。もし皇帝が亡くなるようなことがあれば、約束を守る理由もなくなる。値上げしてくる可能性もあるだろうね」
「小麦以外に手に入る食材があればよいのですが……」
「ありますよ」
悩ましげなクレアの呟きに、コレットが反応する。
「コレット様には心当たりがあるのですか?」
「食材に関しては、王国一と自負していますから。王国では食べられていませんが、他国で食べられている食材をいくつか知っていますよ」
「本当ですか⁉」
「折角ですし、その食材を使った料理をクレアさんたちにご馳走しますね」
料理をする機会を得たコレットは、水を得た魚のように厨房へと駆けていく。どんな料理を作ってくれるのか、期待と不安混じりに、その背中を見送るのだった。
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