第二章 ~『必要なのは教育』~


 食料自給率を上げ、松茸を輸出することで外貨を稼ぐ手段も獲得した。和平を結んだ貴重な一年を有効活用していたが、富国のためにはまだ足りない要素があった。


 それは教育である。優秀な人材はそのまま国力に繋がる。帝国からの侵略の心配がないからこそ、この期間を有効活用する必要があった。


「どんな人材を育てるべきなのでしょうか?」


 談話室でコレットとギルフォードに問いかける。薪がパチパチと燃える音に耳を傾けながら、二人は自分の考えを整理する。


「ギルフォードさんの文官さんたちは、皆優秀じゃないですか。事務処理能力の高い人を育てる学校を設立するのはどうでしょうか?」

「素晴らしいですね。お兄様はご意見ありますか?」

「事務官は確かに重要だね。でも僕はそれ以上に魔法使いを育てることに注力すべきだと思っている。なにせ畑仕事から軍事力まで、育った人材はどの職場でも活躍できるからね」


 特に魔法は才能も大切だが、努力も同じくらい重要になる。だからこそ才ある者のために学校を設立する意義は大きい。


「お兄様の仰っていることはもっともですね。ただ問題は教師役です」

「それならクレアさんの近衛兵に教師をお願いするのはどうでしょう?」

「残念ながら、魔法を使える人材のほとんどは畑仕事に派遣していますから。教育に回せる人材は残っていません。なので民間から登用する必要があります」

「でも優秀な人材は簡単に見つかりませんよ」

「それなら問題ありません……私の側近募集時の応募書類には魔法の得手不得手も記載されていましたから。応募者全員の書類はすべて目を通していますから、優秀な人材のピックアップはすぐにでも可能ですよ」


 魔法が得意な人材たちを教師として採用することで、魔法学園の設立が現実味を帯びてきた。コレットの表情が一気に明るくなり、スッと立ち上がる。


「方針は決まりましたし、私は採用に動きますね!」


 コレットの武器はフットワークの軽さだ。談話室を飛び出した彼女は、きっと優秀な教師を採用してくれるだろう。


「学園を作るなら、学長も決めないとね」

「教師を束ねる立場の人ですからね。特に優秀な人材を採用したいですね」

「それなら推薦したい人物がいる。とても優秀でね。君も知っている人さ」

「私もですか?」

「ネイサ。入ってきてくれ」


 ギルフォードが談話室の外で控える人物に声をかける。頭を下げて入室してきたのは、金髪を頭の上で三つ編みにし、銀縁の眼鏡をかけた女性だ。かつてコレットと側近の座を競い合った人物である。


「いま、ネイサは僕の側近として働いてくれていてね。とても優秀な人材なんだ。彼女なら新しい学園の長に相応しいと思うんだけどどうかな?」


 ネイサも聞かされていなかった話なのか、驚愕を表情に浮かべている。しかしすぐに冷静さを取り戻し、しっかりとクレアを見据える。


「お久しぶりです、女王陛下。そして私からもお願いします。学園長の仕事をやらせて頂きたいです」

「私はネイサ様が優秀だと知っています。ですが一つだけ懸念があります」

「懸念ですか?」

「生徒や教師の中には、平民の出自の人も含まれます。あなたは平等に接することができますか?」


 以前のネイサは貴族主義の選民思想の強い人物だった。その欠点を克服できたのかと問う質問だったが、彼女が目を逸らすことはなかった。真摯な目を向けながら、はっきりと口にする。


「私はアイスバーン公爵家で働き、平民にも優秀な人がいると知りました。助けられた回数も数えきれません。だからこそ以前の私が愚かだったと自覚しています」

「ネイサ様……」

「私に任せて頂ければ、平民も分け隔てなく優秀な魔法使いに育ててみませます。だから私にチャンスをください」

「むしろ私からお願いします。これからよろしくお願いしますね、ネイサ様」

「はい!」


 ネイサの声は嬉しさで弾んでいた。そこにはクレアに対する尊敬の念も含まれている。その様子をギルフォードは微笑ましげに見つめていた。


「クレアは本当に立派な女王に成長したね」

「皆さんに支えられたおかげです」

「これは紛れもない本心なんだが、僕は君を尊敬しているんだ」

「ふふ、実は私もです」


 一年間の平和でやるべき準備は整った。兄妹の力を合わせたからこそ成し遂げられたのだ。


「一年後が楽しみですね」

「だね」


 未来を見据える二人の瞳は輝いていた。平民だと勘違いされた令嬢は立派な女王となり、尊敬できる公爵と共にこれからも歩んでいくのだった。




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