第二章 ~『嫁いでいくサーシャ』~


 里帰りの馬車に乗るクレアとギルフォード。畦道を進み、揺れる客車の中で、チラチラと隣に座る彼の横顔に視線を送ってしまう。


(久しぶりにお兄様と二人っきりですね)


 兄妹とはいえ血は繋がっていない。だからこそ、まるで神話の登場人物のように美しい横顔を意識せずにはいられなかった。


「どうかしたのかい?」

「い、いえ、お兄様は格好良いなと……」

「褒めてくれてありがとう。クレアからの賛辞なら嬉しいよ」


 ギルフォードの容姿があれば、多くの女性から称賛を受けているはずだ。クレアだからこそと強調してくれたことが何だか嬉しかった。


「お兄様なら結婚相手に苦労することはなさそうですね」

「僕の結婚はまだまだ先さ。なにせ僕にはクレアがいるからね」

「え?」


 思いがけない言葉にクレアの呼吸が止まる。


「兄としてクレアの結婚を見届けてからでないと、僕は結婚するつもりはないからね」

「そ、そういうことですか。誤解するところでした」

「ん? どういうことかな?」

「な、なんでもありません。それよりも屋敷が見えてきましたね」

「クレアにとっては懐かしの我が家だね」


 馬車が停車し、客車の扉を開くと、使用人たちが集まって歓迎してくれる。皆の顔には満面の笑顔の花が咲いていた。


「おかえりなさいませ、クレア様」

「しばらく会わない内に一段と美人になりましたね」

「王宮のクレア様が優秀だと、評判はここにまで届いてますよ」


 皆からの温かい言葉に胸が熱くなる。やはりアイスバーン公爵家こそが故郷だと再認識させられた。


「凄い人望だね。さすが僕の妹だ」

「皆が優しいだけですよ」

「そうとも言えないさ。君が不在の間も、彼らはクレアについて心配していたからね。どうでもいい人間にこれほどの関心は持たないさ」


 クレアはアイスバーン公爵家の皆から愛されていると実感する。もし女王の責務がなければ、王宮の豪華絢爛な生活を捨ててでも帰っていただろう。それほどに名残惜しい環境だった。


「あら、お姉様、帰ってきましたのね」


 馬留めに繋がれていた馬車の車窓からサーシャが顔を出す。これから帝国に嫁ぐというのに、寂寥や名残惜しさは感じられなかった。


「まさか私の見送りに来てくれましたの?」

「もちろん。あなたはたった一人の妹ですから」

「……恨んでませんの?」

「過ぎた話をしても仕方がありませんから。サーシャの方こそ、私を恨んでいませんか?」


 サーシャが謹慎処分を受け、帝国に嫁ぐことになったのは、経緯はともかくクレアにも原因がある。その前提での質問だったが、彼女は首を横に振った。


「恨むわけありませんわ。ルインのようなクズを見定められなかった私に非がありますもの」

「サーシャ……」

「それに考え方次第では悪くありませんわ。なにせ嫁ぎ先は帝国の第二皇子、玉の輿ですもの」

「たくましくなりましたね」

「当然ですわ。なにせ、お姉様の妹ですから」

「ふふ、ですね♪」


 サーシャが合図を送ると、留めていた馬車が走りだす。今生の別れになるかもしれないと、彼女の顔をしっかりと脳裏に刻み込む。


「じゃあね、お姉様」

「元気で暮らしくださいね」

「お姉様も達者でいてね」


 サーシャは手を振って去っていく。その手はクレアたちが完全に見えなくなるまで止まることはなかった。


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