第二章 ~『小麦の価格』~
サーシャが帝国の第二皇子に嫁いでから半年ほどが経過した。クレアは仕事にも慣れ、女王としての風格がますます増していた。
久しぶりに休暇の彼女は、王宮の談話室で寛いでいた。傍にはギルフォードの姿もある。彼と一緒に読書に耽っていた。
「お兄様は何の本を読まれているのですか?」
「東にある和国に関する書籍さ。文化や食生活について学べる良書だよ」
「和国ですか……名前だけは聞いたことがありますね。確か私と同じ黒髪黒目の人たちが住んでいるのですよね?」
「そうだね。でも顔立ちは少し違ったかな」
「お兄様は和人と会ったあるのですか?」
「貿易をしたいと、商人が僕を訪ねてきてね。団子というお菓子も貰ったんだよ。よければ一緒にどうかな?」
「いいですね~、では私は紅茶を用意しますね」
クレアがティーカップに紅茶を注ぐと、ギルフォードが串に刺さった団子を用意してくれる。よもぎの鮮やかな色をした団子だった。
「これが団子ですか。話では聞いたことがありましたが、実物を見るのは初めてです」
「僕もさ。味が楽しみだね」
串を手に取り、団子を頬張る。よもぎの爽やかな香りと、モチモチとした団子の食感が楽しませてくれる。
「美味しいですね♪」
「この味なら紅茶とも合いそうだ」
ティーカップに注がれた紅茶に口を付けると、ほのかな甘味と渋味が口の中に広がった。よもぎの爽やかな香りとも見事に調和していた。
「この紅茶も美味しいね。初めて飲む味だ」
「コレットに頂いたのです。なんでも山で自生しているそうで、摘み放題とのことでした」
「食に関しては彼女以上に頼りになる人はいないね」
「ですね♪」
定食を安く提供するためには、コスト削減が求められる。山に自生している茶葉を試行錯誤した結果、ようやく発見した品種だという。
「小麦も同じように山で採れるといいんだけどね」
「最近、輸入価格が高騰していますからね」
王国は食料のほとんどを帝国からの輸入に頼り切っており、自国での食料生産は一割以下だ。
これは国土に痩せた土地が多く、山も多いため、小麦を育てるのに不向きだからである。
そのため帝国が小麦の販売価格を上げると、生活に大きなインパクトを与える。クレアたちの大きな悩みの種となっていた。
「暫くはティータイムでのパンやケーキは我慢ですね」
「小麦の物価上昇は早急になんとかしないとね」
「王国は魔物の肉が取れますが、大勢の人の生活を支えるには小麦が不可欠ですからね」
魔物の肉は高級品だ。大量に手に入るわけではないため、普段の食事には向かない。満足な食事を得るためには主食が求められる。
「でもどうしていきなり小麦の価格が上がったのでしょうか?」
「事前通告もなかったからね」
小麦価格は悪天候や蝗害などの外的要因によって変化するが、その場合は、帝国から事前の通告が届く。
だが今回は通告なしでの値上げだ。今までの帝国との関係では考えられない出来事が起きていた。
「皇帝陛下が病気で倒れたと聞きました。それは関係ありませんか?」
「可能性はあるね。先代の女王陛下と皇帝は無二の友だった。だからこそ王国に輸出する小麦価格も配慮してくれていたからね」
皇帝が倒れれば、義理を果たす理由もなくなる。床に伏せたのを好機と狙い、価格を上げたのだとすると筋が通る。
「ですが皇帝陛下がいなくともサーシャが嫁いだはずですよ」
「それは効果が期待できないね。なにせ食料の輸出入は第二皇子ではなく、第一皇子の管轄だからね」
皇子たちは次期皇帝の座を巡って対立関係にあるため、却って不利にさえ働きかねない。
(何か状況を打開する手を考えなければいけませんね)
クレアが頭を悩ませていると、談話室の扉が開く。入室してきたのはコレットだった。彼女の息は荒れており、緊急の用件だと伝わってくる。
「そんなに慌ててどうしたのですか?」
「第一皇子の使者から伝言が届いたのです。しかもその内容が、クレアさんと会いたいとのことで……」
本来なら王国の国家元首であるクレアを皇子が呼びつけるのは失礼に当たる。だが状況が状況なだけに、呼び出しを無視することはできない。
「足元を見られているね」
「私はどうするべきでしょうか?」
「このチャンスを逃す手はない。絶対に会うべきだよ。もちろん僕も同席する」
「お兄様ならそう言ってくれると信じていました」
小麦を安く輸入するために、クレアたちは第一皇子からの招待を受けることに決める。まだ見ぬ強敵の予感に、胸をざわめかせるのだった。
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