第一章 ~『報復を誓った公爵』~

 国内で序列二位の権力を有するスタンフォールド公爵家――ギルフォードはその屋敷を訪れていた。応接室に通されると、屋敷の主人であるアレックスが先に腰掛けていた。ギルフォードも遠慮なく対面に座る。


「ギルフォードが我が家を訪れるとは珍しいな」


 アレックスは五十代前後の年齢で、彫りの深い顔立ちをしていた。頬に切り傷が刻まれているのは彼が軍人だからであり、白髪と合わさって威厳を高めている。


 ギルフォードの母親の弟、つまりは叔父に当たる人物でもあり、二人の関係性は良好だ。しかしわざわざ屋敷を訪れてくることは今までなく、アレックスは驚きと戸惑いを覚えていた。


「叔父さんに相談したいことがあってね」

「小遣いの無心ではないよな?」

「僕はもう子供ではないし、親戚付き合いをしに来たわけでもないよ。公爵家の領主同士、会合をしたくてね」

「俺たちだけでか?」


 その問いには序列三位のヌーマニア公爵家を呼ばなくていいのかとの疑問が含まれていた。しかし彼は首を横に振る。


「議題が議題だからね……ヌーマニア公爵家の嫡男ルインを排除したいんだ。協力してくれないかな?」


 アレックスの表情に緊張が奔る。序列一位のアイスバーン公爵家は経済力に優れており、序列二位のスタンフォールド公爵家は軍事力に優れている。


 この二つの公爵家が手を結べば、国内のおおよその問題は解決できるし、どんな敵も排除できる。それが序列三位のヌーマニア公爵家が相手でもだ。


「俺たちが協力すれば可能だろう……しかし随分と物騒だな」

「実は妹が婚約破棄されてね」

「サーシャのことか? それなら仕方ないだろ。あの女はクズだからな」

「違うよ、叔父さん。クレアの方さ」

「なんだとっ!」


 アレックスは怒りで頭に血が昇り、目の前の机に拳を叩きつける。あまりの衝撃に机の脚が折れて破壊されてしまう。


「叔父さん、落ち着いて」

「これが冷静でいられるかっ! あの優しいクレアに対して婚約破棄だぞ!」


 アレックスはクレアを幼少の頃から知っていた。自分に子供がいなかったこともあり、彼女の事を溺愛していたのだ。


「許せないな。成敗しに行ってくるぞ」

「待ってよ、叔父さん」

「止めるな! クレアは娘同然の存在だ。それに俺たちが忠義を尽くせる唯一人の生き残りでもある」

「まぁね……クレアは女王陛下が残した一人娘だからね……」


 クレアは養子だ。本当の両親はギルフォードと異なる。


 本当の彼女の出自は失われた王家の血筋だった。公爵家は王家に尽くすことに使命を見出してきた歴史がある。そのため疫病で王家が滅んだ今、クレアだけが最後に残された唯一の希望だった。


「俺はあの日のことは今でも思い出せる。女王陛下が残した遺言も鮮明にな」


 女王が亡くなり、残した遺言は一つだけ。子供の頃から重責を負わせたくないと、クレアが王族であると秘密にして欲しいというものだった。


 そこで序列一位のアイスバーン公爵家が養子として受け入れ、成人するまで我が子同然に育てたのだ。


 十八歳で成人を迎えた瞬間、クレアは唯一の王族として、この国の女王となる予定だった。その時に初めてクレア本人も秘密が明かされることになるのだ。


「成人の日も近いというのに、まさかこのタイミングで婚約を破棄するとはな……だから俺はあいつとの婚約を反対していたんだ」

「仕方ないさ。公爵家に年頃の男がルインしかいなかったからね。それこそ叔父さんに息子がいればなぁ……」

「それを言われると弱いが……年頃の男ならギルフォードもそうだろ?」

「僕は義理とはいえ兄だからね」

「血の繋がりはないんだ。遠慮せずともよいと思うんだがな」


 クレアが最も幸せな結婚をするならギルフォードこそが相応しいと、アレックスは考えていた。しかし当の本人であるギルフォードの意見は変わらない。


「僕は結婚できないよ。でもルインとの婚約は間違いだった。だからこそ、叔父さんには報復に協力してもらうよ」


 有無を言わさぬ強い言葉に、アレックスは固唾を飲む。大切なクレアを傷つけたルインを許さないと、口調に怒りが滲んでいたのだった。


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