第一章 ~『クレアの成人式』~


 時は過ぎ、とうとうクレアは十八歳を迎えた。成人を祝う誕生日パーティが、王宮の広間で執り行われることになった。


 天井にシャンデリアが吊り下げられ、大理石の床が輝いている。彼女を祝うため、着飾った多くの参列者が集まり、談笑を楽しんでいる。


「これだけの人が私のために……」


 広間に足を踏み入れたクレアは驚きで固まってしまう。事前に聞いていた通り、屋敷の使用人たちも参加してくれているが、想定より数十倍の人が集まっていたからだ。


「お兄様、この人たちはいったい……」

「君の成人を祝いたいと集まってくれた王国の有力者たちだ。彼らはこの日を待ち望んでいたんだよ」

「ですが、会ったことのない人がほとんどですよ」

「それはそうさ。君の本当のお母さんにお世話になった人たちだからね」

「私の……本当の……」


 夢で見る母親の正体がとうとう明らかになる。緊張を隠し切れず、ゴクリと固唾を飲んだ。


「さぁ、はじめよう。皆も拍手で祝ってくれ。僕の妹――クレア・アイスバーンの成人を!」


 盛大な拍手に加え、至る所から笑顔と共に「美しく育った」や「聡明な顔付きだ」などの賛美が送られる。照れてしまい、クレアの白い頬は赤く染まる。


「今日はきっと最高の誕生日になると約束するよ」

「はい、お兄様♪」


 このパーティを企画してくれたのはギルフォードだ。なら心配は何もいらない。心から楽しめばいい。そう信じようとした時、二つの人影が広間に足を踏み入れる。


「何の騒ぎだと思い来てみれば、捨て子のくせに随分と盛大に祝われているじゃないか」

「ふふ、お姉様には不相応ですわね」


 やってきたのはルインとサーシャだ。二人の登場で会場の空気は悪くなるが、本人たちは気づいていない。


「二人共来てくれたようだね」

「ギルフォード公爵に招待されたら拒むわけにはいかないからな。それにあなたはサーシャの兄だ。敬意を払うべき対象は敬う主義なのでな」

「それならクレアもサーシャの姉だよ」

「血の繋がりのないな」


 口元を歪めるルインに対し、ギルフォードは拳を握りしめる。彼の反省なき態度から容赦はいらないと悟る。


「クレアから聞いたよ。婚約破棄したいそうだね」

「その通りだとも。クレアと別れ、サーシャと結ばれるからな」

「ならこの場で宣言して欲しい。丁度、この国の有力者たちが集まっているからね」

「よいでしょう」


 ルインはパーティ会場をぐるりと見渡す。会場の隅には仁王立ちするアレックスの姿もあった。二人の公爵の同意と、有力者たちの後押しを得られれば、婚約破棄は確実なものになる。このチャンスを逃す手はないと、ルインは一歩足を前に踏み出した。


「皆さん、聞いてくれ。序列三位ヌーマニア公爵家の嫡男ルインは、クレアとの婚約を破棄し、アイスバーン公爵家の血を継ぐサーシャと結ばれることになった。公爵同士の血を濃くする有意義な婚約だ。どうか祝福して欲しい」


 ルインは拍手が鳴るのを待つ。しかし向けられるのは軽蔑の視線だけ。予想外の反応に戸惑っていると、新たな人物が広間に姿を現す。


 その人物はアレックスが招待した客であり、ルインの父親でもある。禿頭で、年齢のわりに顔に刻まれた皺が多い。人生の艱難を窺える顔付きをしている人物だった。


「おお、ようやく来たな」

「アレックス殿、遅れて申し訳ない」

「気にするな。俺とお前の仲だからな」

「それにしても、クレア、いえ、クレア様の成人式は盛大ですね……私もこの祝いに参加できたことを光栄に思います」


 ルインの父親が跪いて、恭しくクレアに頭を下げる。そんな父親の態度に息子であるルインは強い反発を示した。


「父上、このような下賤な血を引く女に頭を下げるなど、おやめください」

「下賤? 何を言っているのだ……」

「この女は養子です。公爵の血筋ではありません。だから私は婚約を破棄し、サーシャと結ばれることにしたのですから」

「な、なんだとっ! 馬鹿な冗談は止めろ!」

「冗談ではありません。私の婚約破棄の宣言はこの場の皆が聞いています。父上が反対してももう遅い。正式に受理されたのです」

「き、貴様は何と言うことを……この馬鹿息子が!」


 父が拳を振るうと、ルインは鼻を潰され、大理石の床を転がる。鼻骨が折れているのか、血も噴き出ていた。


「ち、父上、どうしてですか……私はクレアのような下賤な血を我が家に入れまいと……」

「馬鹿者! クレア様は女王陛下が残された唯一人の王族、すなわち次期女王となられるお方だぞ」

「は?」


 ルインは唖然として固まってしまう。それは彼だけではない。クレア本人もだ。


「私が王族……冗談ですよね?」

「いや、本当のことだ」

「お兄様……」

「今まで秘密にしていて、すまなかったね」

「い、いえ、ただ驚いてしまっただけですから」


 出自が明らかになったクレアはギルフォードの言葉ですぐに冷静さを取り戻す。一方、ルインは認めたくないと首を横に振る。


「ありえない、この女が王族だなんて……そうだ! これは俺を嵌めるための陰謀だ。父上、我が家を陥れるこの女を成敗してやりましょう」

「それはつまり僕や叔父さんと争うという意味かな?」

「うぐっ……」


 会場には序列二位で軍事力に優れているアレックスもいる。最強の抑止力を提示されては、ルインも黙ることしかできない。


「でもまぁ、そうだね。折角の機会だ。証明するためにもクレアの秘密を解禁といこう」


 ギルフォードの言葉の意味をクレアはすぐに理解する。父親に殴られたことで鼻を折られたルインに駆け寄ると、彼女は回復魔法を発動させた。


 淡い光に包み込まれ、負傷が最初からなかったかのように治療されていく。痛みが消えたため、ルインは傷が癒えたことを自覚した。


「この力は王家のみが使える回復魔法……まさか、本当に……」


 信じるに足りる根拠が提示された以上、理由もなく彼女が王家の血筋であることを否定できなくなった。彼も認めるしかないと判断したのか、頭を下げて平伏した。


「クレア、いや、クレア様。すべて俺の間違いでした。だからどうか改めて婚約を結んで頂けないでしょうか?」

「あなたにはサーシャがいるではありませんか?」

「あのような女、王族の血を引くクレア様とは比較になりません。捨てることに躊躇いはありませんから」

「そうですか……でも、復縁はお断りします」

「な、なぜですか⁉」

「それはもちろん、私は優しいくらいしか取り柄のない女ですから♪」


 婚約破棄された時の言葉をそっくりそのまま返すと、ルインは絶望で打ちひしがれる。彼女の心中には晴れやかな気持ちだけが残ったのだった。

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