第2話
仲間と別れた後、譲はいつものように岩壁に隠した煙草を取り出して吸い始めた。
「佐渡君って煙草吸うんだね」
突然声をかけられて驚いた譲は、声の方を振り返った。そこには先程置き去りにしたはずの直人が立っていたのである。顔はどこかで洗ったのか、すっかり綺麗である。
「見てたのか」
譲はできるだけ冷静になろうと努めた。
「心配しなくて良いよ。別に誰かに言おうとか思ってないし」
「お前が告げ口しても誰も信じないだろうな。知ってるよな? 俺が学校で評判が良いの。成績優秀で真面目な男子学生が煙草を吸ってる、なんて、ゴシップレベルだ」
直人は黙っている。自分の意見に反論ができないのだろう、と譲は高を括っていたが――。
「本当にそう思ってるの?」
「何が言いたい?」
直人は微笑んでから思いもかけないことを口にした。
「もし暇なら、家に来なよ」
あまりにも意想外のことだった。直人は何を企んでいるのか?
「君と話したいことがあったんだよ。変に思わなくて良いよ」
譲はこれを直人からの挑戦と取って、彼の誘いに応じた。
「ここが僕の家」
譲の目の前に大きな門扉が現れた。その奥には城のような豪邸が
「ここってお前と親以外に誰が住んでるんだ?」
家へ向かいながら譲が訊ねた。
「両親は海外の仕事だから、お正月とか夏休み以外はずっといないよ」
直人は平然と答えた。さすがの譲も、気にして何も言わなかった。
「執事とかメイドはいるけどね。でも何か言ってくるわけでもないから、基本的には自由なんだ」
中も予想通りの広さだった。ホールの中心から奥に大階段が延びており、そこにまた大きな扉があった。
「土足で良いからね」
靴を脱ぐ場所を探していた譲を見て、直人が声をかけた。そして大階段から二階に上がった。譲も慌ててついていく。
直人が言っていた執事やメイド達が、彼に向かって、お帰りなさいませ、と礼をしながら声をかけてくる。ドラマのような光景であった。
「ここが僕の部屋」
最上階の大きい扉の隣の一室が直人の部屋だと言う。
「ジュースだけ持ってきてくれたら、しばらく僕の部屋に入らないでね」
近くにいたメイドに直人は声をかけた。
「隣の部屋は?」
「今は秘密」
部屋も広かった。まず目に入るのは、壁の真ん中に聳える床から天井まである大きな窓だった。ここからバルコニーに出ることもできる。西日がこの窓を通して、巨大なスポットライトのように部屋を茜色に染めていた。右手の奥には一人で寝るには大きすぎるダブルベッドが、手前には勉強机だと思われる、これも大きなデスクが置いてある。左手には特に何もなかったが、壁に赤い幕が下ろされていた。部屋の中心から右手にずれたところ――そこはちょうど窓からの光が当たらない場所であった――そこにソファとテーブルがあった。ソファは二脚あり、赤い幕が見える位置、つまりベッドを背にした位置にあるのが二人掛け用の、窓が見える位置、つまり部屋の入り口を背にした位置にあるのが一人掛け用のソファだった。
「ここからは靴は脱いでね。荷物も適当に置いてくれていいよ」
譲は一人掛けのソファに座り、荷物を足下に置いた。するとその時、先程のメイドがジュースを運びに現れた。直人はジュースの乗ったトレーを受け取り、彼女を早々に部屋から出した。
「で、何の話?」
譲は早速本題に入ることにした。直人はトレーをテーブルに置いて、二人掛けのソファに座った。少しの沈黙の後、直人が質問してきた。
「佐渡くんってさ、もしかして僕に嫉妬してる?」
「……何でそう思った?」
「だって試験の時、明らかに僕を意識してたじゃん。でも僕が君のこと気にしてないから、それに腹が立って自分と同じくらいの屈辱を与えてやろうとでも思ったんじゃないの?」
図星を指されるとはこのことである。譲の心理状況は、直人に見透かされていたのだった。
反論してこない譲の様子を見て、直人はさらに煽った。
「やっぱ考えてることが単純だよねえ、中学生って」
「それを言いたいがために呼んだのか、くだらねえ」
譲が不貞腐れたような顔をすると、直人はいたずらっ子のように吹き出した。
「そうじゃないよ、僕は君と契約しようと思ったんだ」
「契約?」
「佐渡君が僕に嫉妬してるってことは僕に負けてるって思ってるわけでしょ? だから自分と対等になるように僕をいじめてたんだよね? でもそれは違う。前に言ったよね、僕よりもスポーツが得意なんだから、とっくに僕に勝ってると思うって。だから僕だって嫉妬してるんだよ、君に」
「俺に?」
「僕は運動も苦手だし人と喋るのも好きじゃない。でも君はスポーツ万能で社交的、点数では僕が勝ってるかもしれないけど勉強できることには変わりない。対等どころか、佐渡君の方が僕なんかよりも何倍も上だよ」
「それがどうした? トレーニングにでも付き合ってほしいのか?」
「まだ分からないかなあ、つまり君だけが僕に屈辱を与えるのはお門違いなんだよ。僕だって君に屈辱を与える権利はあると思うんだけど」
言いながら直人が立ち上がった。彼は勉強机へ向かい、引き出しを漁り始めた。その様子を譲は怪訝そうに見つめていた。
「君が煙草を吸ってたことは誰にも言わない。その代わり、僕とのことも誰にも言わないでほしいんだ。それが契約」
直人が引き出しから取り出したのは、一本のロープだった。譲が直人を縛った時とほぼ同じロープ――。
「な、何を……」
「今から君と僕を対等にするんだよ。もう分かるよね?」
直人は笑顔で譲に近付いてくる。譲は逃げるように椅子から転げ落ち、仰向けになった。直人は彼の上に馬乗りになった。二人の姿は、ちょうど窓からの夕陽に照らされて茜色に染まっていた。直人は譲の制服を脱がし始めた。譲は必死で抵抗する。
「お前、何すんだ!」
「やっぱり力は佐渡君の方が強いね。本当は全部脱がせたかったけど」
そう言うと直人はポケットからあるものを取り出した。譲はそれを目にすると、驚きで一瞬抵抗するのを止めてしまった。直人の手には手錠が光っていた。譲の力の抜けた瞬間を、直人は見逃さなかった。彼は譲に手錠をかけた。譲動けず、結局器用に後ろ手で縛り上げられてしまった。
座らされた譲の制服の間から、スポーツマンらしい、健康的で若々しい肉体が覗かれている。
「真園、お前、変なことしたらどうなるか分かってるよな?」
直人は勉強机用の椅子を譲の前に持ってきた。そこに腰かけた直人は意に介していない。
「何回言わせるの? 君が喋ったら僕も君の悪事を喋るんだよ。黙って言うこと聞きなよ」
直人は靴下を片方だけ外した。そしてその足を譲の口へと持っていった。
「ほら、舐めなよ、今日君が僕にやらせたみたいにさあ!」
譲は口を閉じて抵抗する。直人は舌打ちをすると、譲の頭を両手で押さえて、無理やり自分の足へ譲の唇をくっ付けた。抵抗虚しく、譲の口内に直人の足指が入り込んだ。直人はしっかりと舐めさせるために、譲の頭を前後左右に振り回した。譲は息ができなくなってきた。しかし手錠をつけられ体も縛られた状態では、抵抗はもちろん、もがくことすらできない。
ようやく直人は譲の頭を解放した。譲は文句を言おうにも、息をするのがやっとなせいで話すことができなかった。紅潮した彼の顔に、直人は唾液にまみれた足を押し付けた。ペンキのように、譲の顔に唾液を塗りたくっていく。
「興奮してるの?」
直人は無邪気に微笑んでいた。
「ほどけよ」
「言われなくてもほどいてあげる」
直人はロープをほどき、ポケットから手錠の鍵を取り出し、譲の手も解放した。その瞬間、譲は勢いよく立ち上がり、直人を蹴飛ばした。
「誰がお前の言うことなんか聞くかよ! お前が脅そうが何しようが知ったこっちゃねえ。いいか、お前が告げ口したところで誰も信じないんだよ」
捨て台詞を吐いた譲は、荷物だけ持って部屋を出た。
「君が告げ口しても意味ないと思うよ」
と言う直人の言葉も聞かずに――。
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