第17話 魔法使いと英雄6
「あ、あれ? 私なにしてたんだっけ? ここ何処?」
ベッドから目を覚ましたスズは、辺りをキョロキョロとして宿屋にいることを理解した。
起き上がり暗い部屋の窓を開けると、夜の海と月が綺麗に見える光景が目に入った。
その光景を見て、港町オオライに来ていることを思い出し順番に、今日あった出来事を思い出す。
「そうだ! ジェイクさんがシンさんに一撃与えた姿を見てたら意識が薄れて……あれ、ジェイクさんは何処に?」
火燃石で動くライトをつけ、この部屋にはスズしかいない、ベッドと洗面所とトイレがあるだけの部屋らしく洗面所の鏡を見て自分の衣類がボロボロになっているのに気が付き着替えを済ませてから廊下に出た。ロビーの方にジェイクを探しに向かう。
どうやら四階立ての大きめの宿屋だったので、一階まで階段で下りるのが病み上がりにはきつかった。
一階に下りロビーを見回したが、ジェイクの姿は何処にもなく受付の女性に尋ね、どの部屋にジェイクが泊まってるのか聞くことにした。
そこで教えてもらった部屋は、二階だったのですぐに向かい『ガンガン』と部屋のドアを勢い良くノックしたが、数秒経っても返事はなかった。
「206号室って言ってたからここだよね……スズです! ジェイクさんいますか!」
何度もノックしても声を掛けても返事は返ってこない、ドアノブを回しても鍵がかかっていた。
「留守なんですかね? それともお休みになっているのかな?」
スズはドアの前で悩みながら、一度自分の部屋に戻り荷物の整理をしてから金貨を持って食事に行く事にした。
「受付の人に、外に出ることも言って来たから大丈夫として……魔法使い過ぎて、お腹減ったな~」
外に出たら街灯が歩道を照らし、夜なのに露店が賑やかな明るい雰囲気を醸し出していた。
「凄いです~! 何処のお店も活気が溢れていい匂いがしてきます!」
先に進めば進むほど、新しい露店や酒場が増えていき匂いを嗅ぐだけでスズの幸福値が満タンになっていった。
スズがよくやる仕草で、キョロキョロと辺りを見まわして露店に出ているフィッシュサンドや串焼きなど、様々な料理の食べ歩きを始める。
――数時間後、財布の中が軽くなってきたスズは、そろそろ宿屋に戻ろうと来た道を戻っているときに――
「ふざけんな!! 金儲けや利益のために人を傷つけるのは許さないと昔にも言っただろうが!」
食べ歩きを満喫したスズの耳に聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえてきた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ときは少し遡る。
スズを宿の部屋に運んで休ませたあと、ジェイクは部屋に戻り窓からの風景を眺めながら明日こそは、ベルグ大陸行きの船を探しに行くことを考えつつベットに倒れ込んだ。
今日の戦闘でブーストポーションを使ってしまったことにより、体調が安定せず怠さが体に残っていたせいで、そのまま眠りについてしまった。
数時間後、肌寒さを感じて目を覚ますと窓から月明かりが照らしていた。
いつの間にか昼間から夜になっていたのを理解したジェイクは、窓を開けぱなしにして寝ていたので冷たい海風が入ってきた。
夜になると急激に寒くなる気候だったのを思い出し窓を絞めようとしたところ、街灯の下にいるスーツの男性がこちらに手を振る姿が見えた。
最初、誰か別の部屋の住人に向けての行動だと思ったが、顔をよく見るとジェイクの見知った相手であることが分かった。
「あいつ! まさか向かう手間が省けたのか?……あっ! 待てこら!」
ブーストポーションが完全に抜けていないジェイクは、慌てて二階の窓から飛び降りスーツの男性が向かった方向に走りだした。
ジェイクが、窓から飛び降りた数分後……
「206号室って言ってたからここだよね……スズです! ジェイクさんいますか!」
スズと入れ違いになったジェイクは、スーツの男性に導かれるように酒場に誘導された。
酒場に入り店員に声を掛けられたが、連れが中にいると伝え、笑顔で手を振るスーツを着た男性の席に向かった。
「久しぶりだな。相変わらず事件の中心にいるみたいじゃないかジェイク」
親しい友人に声をかけるようにm話してきた男性に心底嫌そうな顔を向けてジェイクは椅子に腰掛けた。
「俺は巻き込まれてるだけだ! だいたい事件の中心と言うか黒幕はお前だろクロード!」
「君こそ失礼な言い方だな。強いて言うなら僕は黒幕ではなく事後処理係だよ」
「白々しい……スズを脅迫して嗾けたのもクロードだろうが! その時点で黒幕だろうよ認めろ」
「あれは、ビジネス的な取引さ。それと今は黒のスーツなんで、クロスとして来てるから実名は伏せておくれ」
クロスことクロードは、短髪黒髪の切れ長の目をしたスーツをこよなく愛する男性だ。
店員に声をかけエールを二つ注文し、ジェイクと酒を交わした。
因みに、黒のスーツのときは偽名で訪れ、紫と白のラインが入ったスーツに黒のハットをしているときはクロードとして名乗っているらしい。
「亜人は、ずる賢いとはよく言ったもんだな!」
「おいおい、それは語弊がある言い方だぞ。異種族差別用語は争いの火種だから気を付けたまえ」
外見三十代男性の容姿をしているが実年齢は百二十歳である。
クロードはエルフと人間のハーフで長寿であることと目がいいこと以外は普通の人間と変わらない、耳も長耳ではなく人間と同じだった。
「それで、要件はなんだ? わざわざ魔獣を焚きつけに運び屋たちを差し向けた訳ではないだろ」
「そうだね……君には、巻き込んだ替わりに話しとかないとな」
そう言うとクロードは長々と語りだした。
ジェイクは酒をチビチビと飲みながら聞いていたが簡単にまとめると、クロードが運び屋たちに依頼した内容は三点である。
一つ目は、魔道具の実験と魔獣の調査。
二つ目は、現在のスズとジェイクの実力を確かめること。
三つ目は、この地方に住む魔獣の王を誘き寄せることだと言った。
「魔獣の調査と言いながら、狂暴化させた魔獣を野放しにして生態系を変化させてるだけだろう」
「調査と魔道具……エコードの効果範囲や効き目などの実験も兼ねてのことだったからね。そして、君たちの実力も魔獣との戦闘などで道中確認できたし」
「何処から覗いてやがったんだ……ベルグ大陸のお偉いさんの癖に暇なのか?」
「これも僕の仕事なのでね。それに僕自身ではなく、協力者たちに君らの行動を監視してもらい報告書にまとめられた情報を基に判断しているだけさ」
エールを飲みながら会話していたジェイクは、また心底嫌そうな顔でため息をついた。
「お前と話してると全く酒が進まないな」
「どんどん注文していいぞ。ここは、僕の奢りだ」
「進まないって言ったそばから……注文するか……」
ため息をつきながら、現実逃避をすることにしたジェイクは、つまみと高い酒を片っ端から注文しだした。
先に来た干し肉類を食べていると、注文していたブランデーやワインそして清酒が運ばれてきた。
そこからはクロードとの出会ってからの話しや過去の対戦での復興活動をクロードに任せていたので、その現状と進み具合の話しを軽く聞いたりしていた。
スズとの出会いの話しと交換条件で預かってる大事な物は現在持ってきていないと言う。
話しの最中に、ワインボトルが空になり清酒に手を伸ばしつつ、次に今回の本題である三つ目の魔獣の王についての話題に移った。
「そう言えば、魔獣の王ってなんだ?」
「魔獣の王ってのは、その場所の一番強い魔力を宿した生物の呼称だね」
「あー。なるほど、魔獣の王を狙う理由は魔石か。だが、強力な魔石は大味すぎて使い物にならないって聞くが……それの使い道にお前のビジネスが関わってくるんだろう?」
「半分正解かな。魔石が狙いなのはそうだが、あくまで魔石は僕が欲しているにすぎない、ビジネスは他の方向で進める算段だ」
「進める算段ね~……どうせ自作自演して、あくどい方法で押し売りして稼ごうって魂胆だろ」
やっと酒が回り始めたジェイクは、怠そうにクロードに言葉を返した。
「今回は魔獣の王が目的で、ビジネスの方は保険も兼てだから押し売りする気はないさ」
「さよか。これ以上俺に迷惑かけなければ好きにやってもらって結構だがな」
そんな会話をしていたら、追加のつまみと一緒に一通の手紙がテーブルに置かれた。
「おや。定時連絡のようだ」
クロードは手紙に目を通し不敵な笑みを浮かべた。
その顔を見てジェイクは、鋭い目をして口を開いた。
「おい、なに一人で笑ってやがる。また良からぬ報告でも来たんだろう? 違うか……」
「ああ、すまない。どうやら、魔獣の王を誘き寄せる場所が決まったらしくてね」
「なんだと!? それは、人に危害が及ぶ場所じゃないだろうな」
「うーん……残念だが、危害が及ぶ危険性は高い場所になってしまったようだ」
口元に手をあてながらクロードは更に言葉を紡ぐ。
「どうやら、ウィンの村に魔獣が軍団で向かっているらしくてね。あの場所に魔獣が引き寄せられてるらしく、これはスタンピードになるな」
「魔獣のスタンピードがウィンの村に!」
ジェイクは酔いが吹き飛んだように目を見開き叫んだ。
「ふむ。ウィンの村に魔獣の王を釣り上げる餌もあるらしくてね。そこに大行列の魔獣が流れ込んでくるから、村ごと魔獣を一網打尽にする方向で進めると運び屋たちからの定時連絡だったからな」
「スタンピードってことは、俺が潰した前回の倍の群れが押し寄せてくる可能性が高いんだよな。くそが! 風の能力はもう使えないしスズの魔法の凄さは知っているが、一度に多くの魔獣を相手にするのは無理があるだろうし……」
このままでは、ライク一家や村の住人が魔獣たちに蹂躙されてしまう。
ジェイクはここで、自分が重大な過ちを犯したことに気がついたらしく。
「まさか! ライクに魔道具を預けてしまったからウィンの村に向かってるのか!」
「そうだろうね。本当ならすぐに運び屋……ヘイが回収に向かうはずだったろうが、気が変わったんだろう」
「なんだと! 気分によって計画を変えていいのかよ」
「たぶん、魔道具が自分の手の内になくても計画に支障がないと判断したんだろうね。それか、君に一矢報いようとしての判断かもしれないけど」
不意に運び屋ヘイが、ジェイクを目の敵にしている姿が思い浮かんだ。
「だとしても。村の人を巻き込んでまで、俺に嫌がらせをしたいとか狂ってやがる!」
「それほど君に恨みを持って敵視するできごとが、この二週間ほどであったんじゃないのかい?」
クロードは我関せずと他人事のように喋りかけていた。
「おい! この騒動クロードの命令で止められないのか? 元話と言えばお前が運び屋たちに命令して始めた計画なんだからよう!」
「確かに、僕の目的のために命令した計画だったが……ヘイの恨みを買ったのは君の勝手だと言える。だから、僕とは無縁だ。それに、昔から君が訪れる場所では傷だらけの人が増えるのも日常になって見飽きただろうに」
「ふざけんな! 金儲けの利益のために人を巻き込み傷つけるのは許さないと昔にも言っただろうが!」
席を立ちクロードの胸倉を掴み引き寄せた。そのままクロードを睨み頭突きを食らわせる。
「い~て~! これで、今の言葉はチャラにしてやるよ!」
周りの客たちがジェイクたちのいるテーブルに目を向け騒ぎ始める。
だが二人は周りの光景など眼中になく、額を抑えながらお互い睨みあっていた。
「貴様の石頭は相変わらずだな……それと他人に甘いところも」
「へ……お前の姑息な能力がなければ、速攻で潰してるところなんだがな」
両者、減らず口を言っているこの状況で一人の女性が飛び込んで来る。
「ジェイクさん! こんなところでなにしてるんですか!? って! クロスさんもいるじゃないですか!」
「スズ! 体調はもうよくなったのか?」
「あ、はい。おかげさまで……って! そうじゃなくて、どうしてクロスさんと出会ってるんですか! それに、なんで一足触発な状況に!?」
「そんな騒がしくツッコミ入れられるぐらいに回復してるようで安心だ! それと、こいつスズの大事なもの持ってきてないらしいぞ」
それを聞いたスズは、険しい表情を浮かべてクロードの方に顔を向けた。
「スズくん久しぶりだね。悪いが今回は別件で来ていて、君に返すはずの物はベールブルグに置いてきてしまった」
クロードは、落ち着いた雰囲気で冷静に言葉を返してきた。
そんな場面で、スズが『あたふた』させながら困っているとジェイクが椅子を蹴りその場を去る。
スズは反論するか迷いつつ……結果、無言でジェイクの後ろを追ってクロードの前から立ち去ろうとしたときに。
「スズくん、次回もちゃんとジェイクと共にベールブルグに来てください、そのときに本当の意味での交換条件成立になりますので! 大切な物ならくれぐれもお忘れなく」
「は、はい……次は、約束守ってくださいね!」
今度こそスズは、ジェイクの後を追って去っていった。
クロードは、店の人たちに「酔っぱらいの言い争いだったので気にせずに飲み直してください」と今いる客に一杯ずつ酒を奢りその場を丸く収める。
スーツが寄れてしまったので、綺麗に治しつつ事前に聞いていた連絡通りに進んでいることを自ら確認できたことに、思わず笑みを浮かべてしまっていた。
「次に会うときが楽しみですよ二人とも」
クロードが一人だけになった席で、新しく氷を貰いブランデーを飲みながら不敵に笑っていた。
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