第13話 魔法使いと英雄2
ジェイクが異様な光景を観察していると、やっと魔獣の唸り声が止んだことに気が付いた女性が顔を上げ、辺りをキョロキョロと見回してジェイクと視線が合う。そして、今置かれている状況に気づいたらしく、小刻みに震えだした。
「ま、待ってください! 私は無実なんです! 巻き込まれただけなんですよ!」
「巻き込まれ? あんたも、捕まってたのか?」
(捕まってるにしては、自由過ぎる気がしたが……)
「ある意味そうです! それと私は、スズって言います!」
「別に名前は聞いてないが……」
「あ、あの、あのですね。治癒能力を使えるのと、脅迫されて無理やり参加させられただけでして……乱暴しないでください!!」
それから、スズと名乗った女性は、鮮やかに輝く碧玉の瞳でジェイクを凝視し、鈴が転がるような可憐な美声で、自分は無実で治癒能力を使えるからと無理やりこの人たちに連れられて誘拐事件に付き合わされたと何度も訴えかけてきた。
「それを、信じろと言うのか?」
「疑うのも分かりますが、事実なんです! ほんとにほんとに巻き込まれただけなんですよ!!」
(今度は、前のめりに顔を突き出して訴えてきた……圧が強い!)
「分かった! それじゃ、質問に答えれば信じてやるよ」
スズは首を上下に降りつつ涙目で頷き続けた。
「まず、包帯男の持ってた道具は摩具なのか?」
「わかりません!」
真顔でスズが即答した。
「あの音の正体は、何だった?」
「わかりま……多分、多分ですけど、魔獣を操るみたいな?」
「疑問形で答えるな!」
ジェイクの睨みに怯えたスズは、それっぽいことを言った。
「とにかく、包帯男が音の出る道具で、ここら一帯の魔獣を操ると言うより……暴走させてた訳だよな」
「はい! この、転がってる道具がそうです」
スズは小走りで道具を拾い、ジェイクに渡し簡単な説明をしてくれた。
「詳しくは知らないんですが、一定の距離を進む度に、この中心部分のボタンを押して魔獣を興奮させる音を発生させてました!」
「このボタン三つあるけど、全部使ってたか?」
「どうでしょう? そこまで凝視して覗いてなかったので……でも、魔獣の個体によってどのボタンを押すのかを考えてたと思います!」
「なるほどな……」
ペンライトに似ている形をしているが、中心部分に三つのボタンがついており、そのボタンを押して周囲の魔獣が感知できる音を調整し魔物の理性を狂わす超音波を飛ばす装置なのだろうか。
「この摩具を起動させながら、山道を歩いてきたと……だから、この時期は大人しい魔獣も気が荒れてたのか」
スズが何かを思い出したように口を開く。
「どのぐらいの距離で、音を飛ばせば効果があるのか事態を理解していなかったらしくて、実験もかねて使いながら移動していましたから……」
「おいおい……そんな訳も分からん物を適当に使うなよ……この辺、村も街もあるの知ってたんだろ? それなのに、あの3人は被害も考えずに軽はずみに実験と抜かして使用してたのか」
「私も、何度も止めたんですよ! 何も関係ない人たちを巻き込んでしまうし、使用した私たち自身も危ないから止めた方がいいですって言ったのに無視され続けて、挙句の果てに脅されていたので大人しくついて行くしかなかったのです」
うんざりした様子で、話しを聞いているとミリーが何事も無かったように起きて目を擦りながら俺に顔を向けた。
「おはよう。なんで、こんな場所で寝てたんだっけ?」
「やっと起きたか! 目眩とか身体に痛みなど無いか?」
ミリーは、立ち上がって服に付いた草などをパタパタと手で払いながら身体のあちこちを確認して、辺りを見回した。
「何処も痛くないし気分もわるくないよ! それより、ここ何処?」
「大丈夫そうだな! ここは森の中だ……疲れて寝てただけだから気にすんな!」
片膝をついて、ミリーの目線に合わせてから頭をわしゃわしゃっと撫でて、「みんな心配してるから早く帰ろう」と告げる。
「あの~、私の紹介もして欲しいんですけど……いいですか?」
「暗くなってきたし、歩きながらでいいだろう」
「扱いが、雑になってませんか!?」
ここまでの道のりで、疲れが溜まりきっているジェイクは早く村に帰りたい気持ちと、ミリーの無事を知らせたい気持ちが優先している。
スズの事は『後回しでいいや』と考えていたのかも知れないが……そこは差ほど気にすることではない。
「お腹減ったね~~。ジェイク今日も一緒にご飯食べようね」
手を繋いで前を歩くミリーとジェイクの後ろを……何か騒いでるスズもついて来る。
「「「「ごちそうさまでした~」」」」
無事にミリーをライクたちの待つ家に送り、そのまま夕飯をごちそうになった。
ライクにミリーが捕まってた理由と摩具のような道具について説明をしたところ夕飯そっちのけで道具を詳しく調べるために工房に籠ってしまった。
「お父さん抜きでご飯食べちゃったけど、よかったのかな?」
「初対面の私が、先に頂いてしまったのはいいのでしょうか……」
「父ちゃん摩具のことになると人の話し聞かなくなるからな」
「本人が、後回しでいいって言ってんだから大丈夫さ」
ジェイクが勝手にお茶を入れて飲んでいると工房からライクが戻って来る。
「お待たせしました。夕飯は食べ終わったみたいですね」
「ごちそうになりました。ちゃんとしたご飯にありつけたのも三日ぶりでしたので、凄く美味しかったです!」
「それは……色々と大変だったのですね。うちでよければ、また食べに来てくださいね」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
スズが胸元で手を合わせて礼を言ってるのを、横目で見ながらジェイクは口を開く。
「さて、飯も食ったことだし、これからのことを話そうぜ!」
「ライクさんは食べてませんが……」
「後で食べますので、それより私もお二人に話さなくてはいけないことがあるので」
双子を別の部屋で遊んでくるように言い聞かせ椅子に腰かけた。
「まず、この摩具のことですが……これは摩具ではなく魔道具でした。能力は魔獣の理性を狂わせる。条件などの詳しいことは調べることができませんでしたが……」
「魔道具だって! 古代兵器じゃないか!」
「そうです。現代じゃ生み出せない貴重なアイテムですからね。それを所有していた人間は魔道具を発動させていたんですよね?」
「ああ! 包帯男が確実に発動させていた。摩力使いだったしな」
「発動できるのは摩力使いのみと言い伝えられているので、間違いないですね」
「まあ、使ってた本人は、その魔道具の力で、魔獣の波に巻き込まれて死んだがな……代わりに包帯男のことを知ってそうな人物はいるがな」
包帯男の情報が欲しい、ジェイクとライクは黙って話しを聞いているスズに視線を向けたが、目を見開いて『あたふた』し始めた。
「わ、私はヘイさんが摩力使いだったのは知ってましたけど、魔道具だったのは初耳です! 確かに、何で摩具を使えるのか疑問でしたけど……あの人たちと行動してたのも三日前からなので詳しくは分かりません……むしろ、魔道具とか古代兵器ってなんなんですか?」
その疑問に、ライクが楽しそうに答える。
「魔道具とは、古代の戦争で魔法使いに対抗するために摩力使いが発明した優れ物で、現代ではロストアイテムとして私ら商人の間では言い伝えられている伝説級のアイテムなんですよ! 戦争で使われた言い伝えが多いのでジェイクのように古代兵器と言う学者も多くいますが、日常生活目的で使われていた事例も最近ではあげられているんですが……いや~~弱小商人の私がこの目で本物を拝める日が来るとは思いもしませんでした」
ライクが興奮気味に語りだしたところでジェイクが口を挟む。
「魔道具については知らないみたいだが、包帯男のヘイたち……あいつらと行動を共にしてたから碌な飯も食べてなかったのな」
「はい。……さっきも言いましたが、私は途中から計画に巻き込まれた形なので」
「その計画が、俺の討伐目的ってことでいいのか?」
スズが頷き、ライクは興奮を落ち着かせるために皆にお茶を用意した。
「ジェイクさんを狙う目的は、分かりませんが……私に命令を出したのはクロスと名乗る人物です。その人に交換条件として、母の形見を返してもらう代わりにクロスさんの仲間と合流し、ジェイクと名乗る人物をベールブルグに連れて来て欲しいと言われたのが始まりでした」
「連れて来いって……亡骸にしてってことか、しかもベールブルグってここからだと距離ある場所だな。大陸も違うから船が必須だし」
「護衛任務かなって思ってたら、合流したヘイさんたちを見て悪い予感がしてきたら……案の定でした」
「そもそも、なんで交換条件を出される状況になったんだよ?」
「その……ですね……」
目を泳がせ、余り話したくないように口を開く。
「一人旅をしてる最中に立ち寄ったカフェで、のんびりしてたら……うたた寝をしてしまって、そしたら突如右手にしていた母の形見のブレスレットを無理やり引っ張られて、奪われてしまったんです!」
自分のミスを恥ずかしそうにしていたと思ったら、徐々に饒舌になった。
「驚いて目を覚ましたら、手首痛いし! 目の前の人が母の形見を握ってるしで! すぐさま奪った犯人を追って走りだしたんですよ! それで路地を曲がった辺りで前方にいた男性が犯人と衝突寸前のところ。男性が犯人を投げ飛ばして、母の形見を取り返してくれたと思ったら、今度はその男性が交換条件とか言って取り返した物を返す代わりにお願いを聞いて欲しいと……で、その男性がクロスさんです!」
途中から前のめりで、早口になっていたので、ジェイクが気圧されつつ答えた。
「脅迫じゃん! それで、俺の身柄と形見を物々交換するために計画に加担したのな」
「脅迫ですよ! こんな殺伐とした計画だったなんて、聞いてなかったから最悪ですし!」
「標的にされてる俺が、一番最悪の気分だがな! 魔道具を所持してる連中で俺のことを知ってる奴と言えば何人か心当たりあるが、名前違うしな……だが、偽名だとしたらあいつか……」
「やはり、ジェイクが狙われたのは力のことですかね」
「そうだろうな。ヘイの奴は能力を見て神の力だと断言してたし」
「確定ですね。それと妙なのは、なぜ自分も巻き添えになってしまうことが分かっていたのにあの場に止まってジェイクと戦闘したのか」
「俺が一方的に仕掛けたような感じだから、逃げる暇がなかったとかか? てか、スズが知ってるヘイの能力教えてくれよ」
スズは少し困った顔をしてから不安げに喋る。
「そうですね……ヘイさんの能力は、認識した物の場所を入れ替えるですかね……。私が見たのはヘイさんが握ってる石ころと目の前にいたウサギの場所を入れ替えて狩りをしてる姿でした」
「入れ替え? 対象とか条件はあるのか?」
「見ただけなので、分かりません……」
「そっか……あの包帯とか関係あったりはしないかな」
「包帯については、私に乱暴しようとしたので、返り討ちにしてやったときのケガです。なので、関係ないとおもいますよ」
「ふむ。スズのことを娼婦感覚で送られてきた援軍だと思われたのな」
「確かに、戦えるようにみえませんからね」
「最悪です! 不敬です! 私強いんですからね! 舐めないでください!」
椅子から立ち上がったスズは二人を睨みながら、その場で地団駄を踏む。
「あんな連中、魔法で簡単に黙られることも余裕でしたし」
「魔法だ~あ!? 摩力じゃなく魔法だと!」
今度はジェイクがスズを睨みつけ場の空気が変化する。
ライクも、魔法を使える者の伝承が現実に実在するのを最近知ったので息を吞んだ。
「そうなのですよ! ですが……誰も信じてくれなくて……仕方なく治癒能力や火炎能力が使えるって言うことにしました」
「だから、最初から魔法じゃなくて治癒能力って言ってたのか」
「確かに。魔法って言われても信用できませんものね」
ジェイクとライクは実物に触れているので、スズの話しがすぐに真実だと分かるが普通に生活していたものなら、まず信じることはない話しだから仕方がない。
「その通りです! だから、ヘイさんは私に乱暴をしようとしてたんでしょうね! ですから魔法を唱えて火傷させてやったのです。因みに魔獣の群れも私の周りに触れた対象を溶かす結界を張って無事だったんですよ! 凄くないですか!」
「凄いと言うか……怖い! 溶かすってなんだよ! 火傷はまだ許せるけど、触れたら溶かすって怖すぎ!」
「ジェイク落ち着け、突っ込むところは魔法を唱えられることについてだ!」
「そうだな……スズ、本当に摩力ではなく魔法なのか? 俺が言うのもあれだが、魔法使いは伝説の存在で、現代だと特別な事情の奴しか魔法は使えないんだぞ?」
「伝説だと言うのは、知ってます。母様に聞いたし教わったもの!」
「教われば簡単に使える能力じゃないんだがな……なにか特別な血統なのか?」
「もしくはジェイクのような、神に選ばれた存在なのでは?」
「それはないな。俺と同じく神に選ばれた存在なら近くにいると感覚……直感、共鳴と言うか説明しようとすると難しいんだが、とにかくお互い分かるもんなんだが……スズからは感じないから多分違う」
「神ってなんですか! そっちの話しの方が気になるんですけど!?」
こうして、話し合いをしていたら夜も拭けてしまい今日はライクの家に泊まることになった。
ジェイクとスズのこれからは、起きてから考えることで一区切りをつけた。
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