119.もうすぐ30F

「こんなもんでいいかな」


30階層のボス部屋を作って一息つく。


といってもそれ以前の節目の階層と一緒で広間をひとつ作っただけだから爆速で終わったんだけどさ。


「よろしいかと思いますわ、主様」


今回だけやったことと言えば、前よりも天井を高くしたくらいだ。


以前の階層では高さ10メートルほどだったが、30階層ではその倍の20メートルほどにしてある。


今日は冒険者に29階層を開放した同日なので、あと10日もしないうちにここにも報酬を求めて彼らが押し寄せることになるだろう。


「ちょっと早かったかな」


「そうでもないかと」


「ならいっか」


諸事情で29階層の開放を早めたので、元の予定であればもう少しゆっくりできる予定だったんだけど問題はない。


「ともあれ召喚する魔物は決めてるし、時間がかかるのはそれ以外の部分だね」


「まずは区画の拡張からなさいますか?」


「うん、基本は上のコピーでいいけどゴールド等級用の独房は増設しとかないとね」


ボス階層は大部屋一つで用意が済む分、残りの空間は必要な施設等を詰め込んでいる。


これは10階層や20階層も同様だ。


まずは防犯上の観点からコアルームと俺とルビィの部屋を最下層に移設し、他に一番幅を取るのは冒険者用の牢屋だ。


「強度はどれくらい必要かな」


「ひとまずこれまでの倍程度でよろしいかと」


これより先の階層では探索に訪れる冒険者の中にゴールド等級が加わる見通しなので、防犯も強固なものにしておかないといけない。


ゴールド等級は正直スタープラチナみたいに鉄格子を素手で捻じ曲げたりくらいならやってきても驚かないんだよね。


流石にマジシャンズレッドみたいにそれを一瞬で蒸発させるほどの魔術師はいないだろうけど。


まあ牢獄の階層は転移陣を使って物理的に隔離しているからダンジョン外への脱走までされる心配はほぼないんだけど、それでも対策しておくに越したことはない。


「とりあえず壁と鉄格子の強化、あとは入口の扉かな。強度的にはあそこが一番不安だし」


「床も意識しておいた方が良いかもしれませんわね」


「あー、確かに」


床を掘って脱走は脱獄物の創作でも定番の手段の一つだ。


壁と床は迷宮の結界が付与されるので強度は折り紙付きだが、それでも用心しておくに越したことはないだろう。


「冒険者としても本格的に上澄みになってくるしねえ」


「冒険者の中でゴールド等級以上は3%未満とのことですわ」


学校の各クラスに一人くらいと言われるとそうでもない印象を受けるかもしれないが、まず荒事を生業とする者たちが母数であるという前提と、その中で適正と才能が無い者たちは下から淘汰されていくというシステムを考えるとかなりの選ばれし者なんじゃないかな。


総人口に対する割合だと1万人に一人くらい?


それも日本なら結構な総数になるわけだけど、こっちの世界じゃ10万人いたら超が付くレベルの大都市だし、村の最小規模なら二桁人数とかそんな世界観だからね。


「そう考えるとここからの拡張はまた一段と苦労することになりそうだね。どれだけゴールド冒険者を王都に呼べるかが肝かな」


「その場合には他所の都市の治安維持が問題となるかもしれませんわね」


「そだねえ」


冒険者の戦力をここに集中させるということは、自然と他所の戦力は薄くなる。


まあ他所の土地の治安が悪化すること自体に配慮する気はないんだけど、治安の悪化が原因で王都を含む経済に問題が生じたり統治者からその原因として睨まれたりするようなことは回避するべきだろう。


「まあその話は置いておくとして、今は作業を済ませちゃおうか」


「はい、主様」


頷くルビィと共に奥へと続く扉を超える。


先にはもう一つ、大広間。


これより下の階層を増築した後は階段直通にすればよいのだが、それまではもう一つ用意をしておかないといけない。


それはもし素直に帰ってくれない冒険者にお帰りいただくシステムだ。


特に今回はゴールド等級という新しい集団を相手にするので、慣例が通用しない可能性もあった。


「まあ結界破りがされない限り行き止まりで帰ってもらっても問題はないんだけどね」


物理的に区切られたコアルームと、ダンジョンの壁を覆う結界が健在ならば本質的に俺やルビィの生命が脅かされることはない。


「ですが可能であれば底は見せない方がよろしいかと」


「防衛的にもだけど、ワクワク感も大事だしねー」


随時増築していることは冒険者にも察せられているわけだが、それでも行き止まりを見せてしまえばガッカリされるのは防げないだろう。


ガチャだってなにが当たるかわからないから盛り上がるんだしね。


「とはいえゴールド等級を確定で退散させられる戦力っていうのもちょっと難しいよね」


それを召喚するための魔力コストを捻出するのもそうだが、ゴールド等級の本気を実際に見たことがないという問題もある。


この前一度ゴールドの冒険者が最深部まで来たりもしたが、それだってかなりの余力を残していたので正確な戦力は測りかねていた。


「万全を期すのであれば、戦力はケルベロス辺りが必要かと」


「やっぱりそれくらい必要だよね」


ルビィの提案するケルベロスは魔物としてはかなりの大物だ。


その実力は10段階で最低ランクのゴブリンを1、最高ランクのドラゴンを10とした場合に8ほどに位置する。


ゴーレムは6くらいなのでランクが二段階ジャンプだね。


ちなみにランクが上がる毎にその魔物の戦力と召喚に必要な魔力は二次曲線的に増えていくので、ランク二つしか違わないじゃーんと気軽に呼び出したりも出来ない。


具体的に言うとゴーレムの召喚魔力を3万として、ケルベロスは50万くらい。


ケルベロスくん高すぎぃ!


「ですが単体で対処をする必要もありませんので、魔物を複数配置するのも手かと」


「たしかに、そうだね」


ボス階層は分かりやすさを優先して強い魔物を配置している。


しかしその前提がない追い返し部屋であれば弓スケルトンを並べて一斉掃射する、なんてこともできる。


まあゴールド等級にスケルトンの矢が効くかどうかは別として、やり方に拘らないのであれば取れる選択肢もあるというお話。


「じゃあそっちの方向で考えておこうか」


「はい、主様」


ということでボス部屋とその次の備えについては一段落。


「あとは他のスペースだけど……」


「なにか懸念でもございますか、主様?」


「うん。温泉、いるかなって」


「なるほど」


ここまでの階層を抜けてくる為には、短くない時間をかけて水没した通路を超えてくる必要がある。


足元を全て凍らせるお姫様みたいな回避方法もなくはないけど、それでも大半は身体を濡らしてここまでたどり着くだろう。


「確かにそのまま30階層へと挑戦させるのは格好がつかないかもしれませんわね」


節目の階層は冒険者にとってもダンジョンにとっても大きなイベントだ。


それに挑むのにずぶ濡れのままというのは双方にとってモヤモヤする部分があるかもしれない。


「ですが、実際に温泉を設置すると些か緊張感に欠けるかもしれませんわね」


あまり冒険者への配慮が行き過ぎると、迷宮というよりはテーマパークみたいになってしまうというルビィの意見も一理ある。


最大限安全に配慮しているとはいえ、緊張感は常に持って探索に挑まれた方がこちらとしても都合がよいというのも事実だ。


温泉を置くか置かないか、どちらにも有用性がある選択肢なので悩ましいね。


「んー」


緊張感は持っていてほしいけど、冷えた身体と濡れた服の気持ち悪さを持ったまま挑んで欲しい訳でもないんだよなあ。


「いっそ温泉以外の物を設置するのもよろしいかもしれませんわね。服を乾かすのであれば焚火などでも問題はありませんし」


「あー、それいいね。そうしよっか」


ということでルビィの名案によって問題は解決。


やっぱり持つべきものは有能なパートナーだね。


それから他のスペースも拡張して今日の作業は無事終了。


「んじゃそろそろ終わりにしよっか。今日は折角だし温泉でも入ろうかな」


21階層に温泉を設置したのと同じタイミングで、プライベートスペースにも同じものを設置している。


まあそっちを使うのは俺とルビィだけだし毎日入るわけでもないんだけど、今日は湯船でゆっくりしたい気分だった。


「よければお背中お流ししますわ、主様」


「嬉しいけど、それはまた今度ね」


申し出はとても嬉しいけれど、しばらくは地味にやらなきゃいけないことも多いので今日は遠慮しておく。


時間的な余裕以上に、ルビィにそんなアピールをされたら明日以降の仕事に差し支えるしね。


ヘタレてるわけではない、断じてない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る