015.本格開店・1F①

「なんだこりゃあ?」


ダンジョンの目の前、金属鎧に身を纏ったシルバー等級冒険者のエドガーがそんなことを漏らした。


目の前には入口があるのだが、その横の壁に文字が彫ってある。


「ギルドの報告じゃ、こんなのは無かったッスよね?」


エドガーの周囲にある人影は四つ。


そのうちの一人、エドガーとは正反対に肌色多めな恰好をしている拳闘士のウレラが彼の後ろから顔を見せる。


実際前に入って捕まった後に解放されたアイアン等級冒険者と、そのあと実際にここを確認しに来たギルドの調査員の報告ではこんな注意書きのことは言っていなかった。


流石に見逃したというのはありえないだろうから、おそらく新たに作られたものなのだろう。


そこに掘ってある文は四つ。


一つ、『この先、冒険者に非ず者立ち入るべからず』。


二つ、『この先、人を襲うべからず』。


三つ、『この先、五日分の食料を用意して進むべし』。


四つ、『この先、負傷を覚悟せよ』。


「一つ目は文字通りでしょうね。ある意味、危険があるから立ち寄るなと警告をしているようにも見えますが」


「ダンジョンがか?」


「先に侵入し捕まった者がそのまま解放されたという報告もありますから、あまり人死を望んでいないのかもしれません。当然油断はできませんが」


長髪の魔術師、オットートの台詞には一理ある。


どちらにしろギルドからの依頼でここまできているエドガーたちにはこのまま帰るという選択肢は無かったので気にしてもしょうがないことでもあった。


「二つ目は、人間同士で争うなってことか?」


「襲われて返り討ちにしたらどうなるッスかね?」


「わかんねえ、そもそも目的もわかんねえ」


「いっそ油断を誘うための罠かもな」


斥候のキュリウスの意見に短い沈黙が流れる。


こうやって殊更に安全に配慮しているように謳っておいて騙し討ちする、なんてこともありえなくはないだろう。


「いっそ先に何人か冒険者が入れば真意も判断できそうですが……」


「とはいえ、ギルドからの依頼を受けてるんだ。誰かを人柱にって言う訳にもいくまい」


そんなエドガーの言葉に長いローブに身を包んだ治癒師のカニーナも頷く。


「三つ目は、それだけダンジョンが広いってことか?」


「逆に捕まって解放されるまでの食事ってことかもしれないッスよ? 確かギルドでもそんなこと言ってたッス」


「今から捕まった後の配慮とか致せり尽くせりだな」


ある意味丁寧すぎて癇に障るほどだ。


ここにいる全員がシルバー等級の冒険者であり、死線の一つや二つはくぐってきた者たちである。


等級では全体でも半ばではあるが、上位は総じて規格外でありシルバーは通常の依頼であれば十分に主力として数えられる実力者だ。


生涯冒険者でもここの等級に到達できずに終わる者も多い。


そんな人間が五人ならスケルトンなら数十体いても倒せるだろう。


「むしろアタシはそれだけ捕まるならお手洗いとかの方が心配ッスけどね~」


そんなウレラの言葉に、もう一人の女性陣のカニーナが嫌そうな顔をする。


ウレラ本人も女性なのに深刻な様子がないのが、更に周囲からはカニーナが気の毒に見えたかもしれない。


実際にダンジョン内の排泄物は程無くして吸収されるのだが、実際にダンジョンに潜った経験がない彼らにはそんなことは知る由もなかった。


「四つ目は、ダンジョンに挑むのであれば当たり前のことのように思えますが」


「そっちも考えてもしょうがなさそうだな。それより、食料は三日分しか無いがどうするエドガー?」


実際にマジックバッグがあるとは言え、五人分の非常食を三日分用意するとそれだけで結構な量である。


そもそも王都から徒歩でもすぐにある出来たばかりのダンジョン探索にはこれで十分な計算だった。


「ようは自力で脱出してくればいいんだろう?」


「そうッスねー、そもそも捕まって本当に無事な保証もないッスし」


「よし、それじゃあこのまま行くぞ」


王都まで往復してもそこまで時間がかかる訳では無いが、それでも保存食を追加で買うには出費がかかる。


それに、わざわざダンジョンの言う通りにするという行為を、彼らの冒険者としての自負が受け入れなかった。


「先頭はキュリウス、前衛が俺とウレラ、後衛はオットートとカニーナ。いつも通りで行くぞ」


「了解ッス」


「おう」


「はい」


「わかりました……」


最終確認をして、取り出した松明を構えるキュリウスを先頭に、全員でダンジョンの中へと踏み込んだ。




「結構複雑になっているな」


以前は一本道がずっと続いており不意打ちで捕まったと聞いていたエドガーたちだが、今のダンジョンは立派な迷宮の作りになっていた。


まず入ってすぐに道が三つに分かれ、そのまま少し進んだ所で視線を切るように曲がり角になっている。


「ちゃんと迷路って感じッスねー。キュリウスさんどうッスか?」


話題を振られたキュリウスが、鋭い目を光らせて周囲を観察する。


「少なくとも見える範囲にトラップは見当たらないが、左側の角の先にはおそらく何か居るな」


「モンスターッスか?」


「迷い込んだ人間か野生生物じゃなければそうだろう」


「よし、それじゃあ左に進もう。キュリウス、頼む」


「ああ」


そのまま事前に決めた隊列で進むと、角を越えた所でキュリウスがスッと身を引く。


そして一瞬までその体があった所を何かが通り過ぎた。


「スケルトンだっ!」


叫びながら下がるキュリウスを追って出てきたスケルトンは二体。


すぐにエドガーとウレラが身を乗り出してそれぞれを受け持つと同時に疑問の声が上がった。


「なんだこりゃあ?」


スケルトン自体は手こずることもなく、他の三人の出番もなく戦闘が終わる。


エドガーが疑問の声をあげたのは、そのスケルトンたちが手に持っている物だった。


「木ッスね」


「木だな」


最初にキュリウスを打とうとした物は、金属の剣ですらない木製の棒のようにエドガーたちの目に映る。


「棍棒、と言うには全体的に細いよな」


棍棒なら先を太くして遠心力で破壊力を増すように作られているはずだが、この木の棒は太さが全部一定だ。


片手で振るのにちょうど良さそうな棒は、剣術の訓練にでも使えそうな代物である。


「特に魔力が込められている様子もありません」


「まるで、必要以上に怪我をさせないように配慮されているみたいな……?」


控え目なカニーナの意見に、その場の全員が納得しかけた。


「まあ一応これでも頭を殴られたら昏倒くらいはするかもしれないッスけどね」


「逆に金属の武器を持たせる余裕も無いのかもしれないぞ」


「それならそれでやっぱり棍棒みたいにすると思うが、まあどちらにしても油断する訳にいかないのは変わらないな」


さっきから何度も繰り返しているその言葉は、逆に意識しておかないと自然と油断してしまいそうなエドガー自身を戒めるための言葉でもあった。


「見ろ、魔石だ」


キュリウスがスケルトンの骨の残骸を見分すると、その中から小さな石を取り出す。


「本当に魔石ッスね」


「ギルドの報告通りだな」


「これで稼げるなら、アイアンやブロンズの冒険者は喜んで探索に来そうだな」


流石にシルバー等級が五人集まっているこのパーティーの稼ぎとしては物足りないものがあるが、それ以下の冒険者なら日銭を稼ぐのに活用されるかもしれない。


「こっちのスケルトンはハズレっすね。魔石持ってないッス」


「それじゃあ先に進むぞ」


言ってエドガーがキュリウスの持っているマジックバッグに魔石を収納してから歩を進めた。




それから何度かスケルトンとの戦闘を繰り返して、通路の行き当たりまでたどり着く。


その間、やはりスケルトンは剣や槍を模した木の棒しか持っていなかったので、一行はすっかり慣れてしまっていた。


「なにかあるな」


「これは……、箱ッスか?」


行き止まりの前にポツンと置かれていた物は、木製の箱。


金属で外側を補強されているそれは、壊すのはちょっと面倒くさそうな作りになっているが蓋をパカッと開けるのに問題はなさそうに見える。


「いくらなんでも、不自然じゃないッスか?」


「というか、わざわざ侵入者に開けさせるために置いてるんだろうな」


それ以外にこんなダンジョンの中に箱が置いてある理由が見当たらない。


そもそも、これを置いた者といえばダンジョンの製作者以外にはありえないだろう。


「どうする?」


「一先ず、調べてみてくれ」


「わかった」


中にあるのは宝か罠か、あるいはその両方か。


肩幅ほどの横幅のその箱は、その場違いさのせいか彼らには好奇心をくすぐられる魅力的な物に見えていた。


「外に仕掛けとかはないな。あるなら中だが……」


「わかった、俺が開けるからみんなは下がっててくれ」


「いいんですか?」


「一応ギルドから調査を依頼されてるからな、放置しては帰れないさ」


言いながら、エドガーが左手にある盾を構えつつ右手で箱の蓋を開ける。


それと同時にぶわっと箱の中から煙が舞い上がった。


「ちっ、くそっ!」


慌てて息を止めるが、間もなくしてエドガーが耐えきれないように膝をつく。


「大丈夫ですか!?」


「おそらく毒だ、胸が苦しくて吐き気がする。治療を頼む」


「はいっ、『毒よ消えよ』」


カニーナが毒を癒やす魔法を唱えると、程無くしてエドガーの顔色が平常時と同じ状態に戻る。


「酷い目にあった。もう近寄っても大丈夫か?」


「煙は消えたみたいッスね~」


「開けたら中から舞い上がる仕掛けがあったみたいだな。今回は強い毒じゃなかったが、あまり不用意には開けない方が良さそうだ」


「次から解除できそうか?」


「箱を開けるのを感知する仕掛けを無効化すれば問題なさそうだが、それは同じ仕掛けの場合だけだな。未知の仕掛けは保証できん」


そもそも冒険者にとって、ダンジョン以外で宝箱に仕掛けられているような罠を目にする機会自体がほぼ存在しない。


なので安定して罠を解除できるようになるためには、物理的な仕掛けにしろ魔法的な仕掛けにしろ、技術ではなく経験が圧倒的に足りなかった。


「箱の中身はナイフだったッスよ」


ウレラが布で拭ってから拾い上げたそれは、手頃な大きさの両刃のナイフ。


人の胴に刺しても背中から刃先が出るかどうかといった長さのそれは、魔物と戦うには長さが物足りない。


「物は悪くないッスね。狩りの獲物を解体するには丁度良さそうッス。キュリウスさん使えそうッスか?」


「ああ、これなら丁度良さそうだ」


前に出て魔物と立ち向かうことはないが、密かに近寄っての一撃や投擲にナイフを使うキュリウスがそれを何度か握りながら確認する。


と言っても今腰に刺している獲物の方が質はいいので、お宝はマジックバッグへと収納された。


「次からは見つけても触らない方が良さそうッスね」


シルバー等級の冒険者としてはリスクに見合わないと判断したウレラが残念そうに呟く。


もしかしたらもっと良い品が入っている箱があるかもしれないが、少なくとも今回は調査が目的なのであえてリスクを重ねるべきではない。


「そうだな、おえっ」


エドガーが毒の後遺症にえづくと、カニーナがもう一度治療の魔法を使った。

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