014.ルビィとベッド

「ルビィいるー?」


部屋のドアを開けながら声をかける。


現在の我がダンジョンの間取りはコアが置いてある部分を会議室として、俺とルビィそれぞれの個室を繋げている。


ルビィは個室なんていらないって言ったんだけど、これからずっと二人暮らしなんだしということで俺が無理矢理に作った。


「どうなさいました? 主様」


部屋を覗くとルビィはテーブルに向かって用紙を確認していた。


紙は俺がダンジョンの上に行って木を生成魔法で大量した成果だ。


あと家具とかも森の木材とか動物の素材とかで頑張って生成したよ。


「特に用事がある訳じゃないんだけどね。今やってるのは調査の資料まとめ?」


「はい、王都の資料がそろそろ纏まりそうですわ」


「ありがとね、あとでなんかお礼するよ」


「ありがとうございます。ですがお気遣いだけで十分ですわ」


ダンジョンを効率良く繁栄させるには王都の経済を把握しておくと便利だろうという結論になったので、ルビィには梟の目を使ってその調査をお願いしていた。


具体的には世帯数、人口数、交通量、冒険者の数とか色々ね。


まあ外から観察できる数だから実数ではないけどそれでもとても役に立つだろう。


ルビィは睡眠を必要としないので、その分長い活動時間を活かしてよく働いてくれている。


実は俺も寝なくても問題ないらしいんだけどね。


それはそれとして活動したら寝たくなったりはするので俺は普通に眠くなったら寝る生活リズムで動いている。ニートではない。俺のことは引きこもりマスターと呼んでくれ。


「隣座っても良い?」


「ええ、もちろんですわ」


「それじゃあお邪魔します」


ということで長椅子のルビィの隣に腰を掛ける。


「そろそろ本格的にダンジョンを始動させるから話を聞いておきたいと思ってね」


「なにか、不安なことでもおありですか?」


「どちらかといえば、ルビィの意見を聞きたいかな。なにか俺に言いたいこととかない?」


「主様は十全に、わたくしの仕えるべき御方として役割を果たしてくださっていますわ」


「そっかー」


ならよかったというべきか、まだ遠慮なく意見を言えるほど信頼関係を築けてないというべきか。どっちだろう。


そんな事を考えているとルビィが逆に、こちらに質問をしてくる。


「主様はどうしてそこまでわたくしを大切にしてくださるのですか?」


「それは、どういう意味?」


「わたくしは主様の役目をお手伝いさせていただくための使い魔です。ですから遠慮も気遣いも無用ですわ」


「なるほど」


それはルビィが美人だから、っていう冗談は置いておいて。


「このダンジョンを世界一の物にするためには、これから何年も、もしかしたら何十年も一緒にいることになるでしょう? だからルビィには色んなことを考えて色んなことを楽しんで色んなことを言ってくれる相手になってほしいんだ。だって一緒にいる相手が『はい』としか言わなかったらつまらないでしょ?」


「それならば、他の相手を見つければよろしいのではないですか?」


「これからダンジョンを大きくしていくなら、色んな人に関わることになると思う。だけどダンジョンが大きくなれば大きくなるほど、そこに打算や思惑が絡んでくるようになると思うんだよね。だから、ダンジョンを大きくすることを何よりも優先して考えるなら、心から信用できる相手はルビィしかいないんだよ」


この世界には俺より賢い人間が山程いて、その人間がこのダンジョンへと策謀を巡らせればきっと俺は知恵比べでは勝てない。だからそれに絡め取られないためにも、この世界で信用する相手はルビィ一人だけいればそれで良い。そう決めた。


「それに」


「それに?」


「俺はずっと一緒にいるならルビィと一緒がいいな」


彼女が命の恩人なこともあるけれど、それを抜きにしてもやっぱり一緒にいるならルビィが良い。


ここでしばらくの共同生活をしてそう思っていた。


そもそも他人と関わるのがめんどくさくてあっちの世界じゃ引きこもりしていた俺としては、一緒にいたい相手なんて存在がいることに驚いたけど。


そもそも俺の脳内を読み取って生まれた相手だとか、主人と使い魔の関係だとかは気にしない。


だってルビィは命も人格もちゃんとある一人の女性だし。


それを否定したら彼女を否定するのと一緒だから。


「ルビィは俺と一緒じゃ不満?」


「そんなことはございませんわ」


「本当に?」


「はい、主様にお誓いして」


俺に嘘をついていないことを俺に誓うという言葉はちょっと面白い。


だけど彼女が本気だということはよくわかった。


今はそれだけで満足だ。




「よいしょ」


ルビィの作業が一段落したので、そのまま彼女の身体を抱き上げた。


「主様?」


戸惑うルビィを余所に、そのままベッドに運んで寝かせる。


「という訳でルビィには今から寝てもらいます」


「理由をお聞きしても?」


「寝る必要がないと言っても寝ることに意味がないとも限らないからね。案外実際に体験してみたらルビィが寝るの好きになるかもしれないし」


少なくとも屋台の串焼きを美味しいと言っていたんだからそういう可能性もなくはないだろう。


そんなことを考えていると、横になったルビィに手を握られる。


「主様は一緒に寝てくださらないのですか?」


「それはまた今度ね」


ゆっくり眠るとかそういう話じゃなくなっちゃうので。


「んじゃ、目を閉じて」


「はい」


ルビィがまぶたを落としたのを確認してから、部屋に浮いている光源の魔力を散らして明るさを抑える。


まあ俺は暗くても見えるんだけどさ。


そのまま掛け布団をかけてあげてベッドの端に腰を下ろす。


それにしても、本当に美人だ。


寝ているルビィは一番印象的な真紅の瞳が隠れていて、美しい人形のように見える。


まあその色気自体は横になっていても健在なんだけど。


掛け布団越しでも胸が凄い主張してくるしね。


これで俺がルビィと恋人同士なら間違いなく揉んでるよ。


「ルビィ、眠れそう?」


「どうでしょうか、なにぶん初めてのことですので」


「たしかに、それもそうか。んじゃちょっと雑談でもしようか。眠くなったらそのまま寝ていいよ」


「はい」


「目も閉じたままでいいからね」


「はい」


「それにしても、ルビィまつ毛長いな」


「そうでしょうか?」


「うん、多分爪楊枝が3本くらい載るよ」


「爪楊枝ですか?」


「あー、うーんとね、木を針みたいな大きさに削って食べ物を刺して食べるための道具かな」


「それならば針でよろしいのでは?」


「爪楊枝は衛生観念的に使い捨てにできるから便利なんだよ。食事に使ったものをそのままにしておくと菌が繁殖するからね。あー、菌ってわかる」


「わかりませんわ」


「目に見えない汚れみたいなもので、肉が腐ったりする原因かな。火を通せば減らすことはできるんだけど放っておくと増えるから、食べ物に触れた物を放置しておくと危ない。だから使い捨ての爪楊枝を使おうって感じ」


「それは、贅沢ですわね」


「そうだねえ」


確かに削った木材を使い捨てはこの時代の感覚にしたら贅沢なんじゃないかな。


まとめて火種にしたらそれはそれで便利そうだけど。


「あっちはこっちの世界よりも大分便利だったからねなー。簡単に作れそうな遊び道具もいくつかあったし今度付き合ってくれる?」


「もちろんですわ、主様」


「ありがと。それにも飽きたらいっそ自分でゲーム作ってみたりしても楽しいかも」


そういえば、学生時代にボドゲ部で数々のクソゲーを友人と生み出してきた記憶を思い出して不意に笑ってしまった。


なんで人生ゲームって自由に作ると何回も最初に戻させたがるクソゲーが出来上がるんだろうね。


「とりあえず作るならオセロかな。あれが一番簡単だろうし」


制作難易度的にもルールを覚える難易度的にも。


個人的には麻雀がやりたいけど、二人じゃ出来ないからこれはしょうがない。


「それはどういったゲームですの?」


「縦横8マスずつのマス目に黒と白の石を交互に置いていって、相手に色に挟まれた石はその色になるルール。それで最終的に自分の色が多いほうが勝ちって感じかな」


「なるほど、面白そうですわね」


「楽しいよ。負けたらなにか罰ゲームでもやろうか。相手の言うことをなんでも一つ聞くとか」


「わたくしは主様がお望みでしたらどのような命令でも従いますわ」


「それはありがたいけどね。勝負に勝ったら相手に命令できるっていうのが盛り上がるんだよ」


「そういうものでしょうか?」


「やってみればわかると思うよ」


むしろ自分が罰ゲームを指定するよりも、ルビィがどんな罰ゲームを指定してくるかの方が楽しみまであるかもしれない。


「うーん、なんだか楽しみになってきた。ルビィ手加減しちゃだめだよ?」


「わかりましたわ」


「もし手加減して欲しくなったらその時直接言うから」


「はい」


そんな俺の情けない言葉に、ルビィがくすくすと笑う。


その姿が愛おしくて、彼女の髪を優しく撫でる。


「どっちにしろ、ダンジョン運営が上手く行ってからの話だけどね」


「それでしたら頑張らないといけませんわね」


「そうだね」


というわけで、明日はダンジョン開園当日だ。


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