016.本格開店・1F②
「私の出番がありませんねえ」
「私もあまり魔法を使っていません……」
退屈そうに呟くオットートに、横を歩くカニーナが同意する。
カニーナは罠の解除の時に二回、オットートはスケルトンが三体同時に出てきた時に一体へと風の刃を飛ばす魔法を使ってそれきりだ。
「罠はあるが、殺意は感じないな」
キュリウスは何度か罠を解除していたが、腰ほどの深さの落とし穴や踏むと壁から棒が飛び出してくる仕掛けなど、引っ掛かっても致命傷になるようなものはなかった。
「一応引っかかったら怪我くらいはしそうッスけどね~」
本当に殺意がないのか、まだ何かの罠なのな全員が戸惑いを見せていた。
「そもそも、ダンジョンの目的ってなんなんッスかね?」
「聞く話じゃ、財宝を得る代わりに失敗すれば命を落とす場所って話だが、よく考えれば目的はわからないよな」
「人を殺すのが楽しいとかでしょうか?」
「まあダンジョンを作っているのが魔族だとするならあり得なくはないが」
古来よりダンジョンは魔に属するものとして、教会なんかはそれを敵視している。
まあ他所にもダンジョンは現存しているので、積極的に兵を送り込んで滅ぼすなんてことはしていないようだが。
「全滅して誰も帰ってきませんでしたじゃ威光に傷が付くッスからね」
冒険者の間ではそこまで信仰されていないと言っても、市民からの信仰は厚く、逆にその信仰が揺らぐことには慎重なのが教会という組織だった。
「お城の人たちはどうするんでしょうか」
「ここは王都に近すぎるよなあ。といっても他所のダンジョンは冒険者の稼ぎ場になってるみたいだからここもそうなるんじゃって感じはするけど」
今回の探索で手に入った魔石だけでも、低ランクの冒険者には結構な稼ぎになる。
これが安定して供給されるなら冒険者と共に、それが売られる王都の商人たちも潤うことになるだろう。
「まあ私たちには物足りないですけどね」
「でも、ダンジョンのコアはバカみたいな値段で売れるらしいッスよ?」
「とはいえ、本気で狙うならこの程度の歓迎じゃ済まないだろうな」
こちらがダンジョン殺す気ならあちらも流石に本気で来るだろう。
それがどれほどのものかは分からないが気楽に挑めるものでないのは間違いないとエドガーが推察する。
「少なくとも、調査依頼のついでに手を出すようなもんじゃないだろうな」
「他の冒険者にも恨まれそうッスしね」
まあそれでも、リターンがリスクを上回ればやるのが彼ら冒険者という生き物なのだが。
「なんて話てるうちに、目的地みたいだぞ」
おそらく入り口から向かって正面、奥の方向へと続く道が伸びている。
しかしそれは、通路と言うには狭すぎた。
「横を向かないと通れないな、これは」
その道は肩幅よりずっと狭く、頭がギリギリ通るくらいの幅しか無い。
「アタシは胸が引っかかりそうッスね~」
なんてウレラの言葉に、カニーナがそっと彼女よりも薄い自分の胸を抑えたのを他の三人は気付かないフリをする。
そしてキュリウスがマジッグバッグから予備の松明を取り出すと、それに火をつけて隙間から奥へと投げ込んだ。
「先はまた通路が広がってるみたいだな」
五人が縦に頭を並べて覗き込むと、普通に歩けば数歩程度の距離の先でまた通路の幅が戻っているのが見える。
「見た限りは魔物の気配や罠はなさそうだが、どうする?」
「そうだな……、今回はここで帰ろう」
「いいのか? 俺たちがギルドに報告したらおそらく別の冒険者がこの先に進むぞ?」
今日エドガーたちが一番乗りをしているのは、ずっと閉まっていた入り口が開くタイミングをギルドから知らされていたからである。
この入り口がまた閉まらない限り、すぐに他の人間が気付いて噂になるだろう。
それに今回の調査内容を報告すれば、ギルドも冒険者の立入りを止めたりはしないことは推察できた。
「それに、ここまでの魔石だけじゃ五人分の稼ぎとしては寂しいッスよ」
「それはギルドから別に調査報酬が出るだろ」
「あっ、そうだったッスね」
「ここを越えたらすぐに危険があるとは言わないが、この作りはちょっと胡散臭すぎる」
根拠があるわけではないが、エドガーにはこの狭い隙間が、『ここを越えたら帰す気はない』という迷宮主からのメッセージのような気がしていた。
「んじゃ、帰りますか。エドガーの予感はそこそこ当たりますからね」
「三回に一回くらい……」
「賭けの時は笑っちゃうくらい当たらないッスけどね!」
「うるせえよ」
「それじゃあ帰るぞ。くれぐれも外に出るまで油断するなよ」
「了解ッス」
「おう」
「はい」
「わかりました……」
キュリウスが緩んだ空気を引き締めるように全員の顔を見回すと、そこには歴戦の冒険者の顔が並んでいた。
「主様、冒険者五名ダンジョンから退去いたしましたわ」
「了解、一応梟の目を使って王都に戻るまでは見てようか」
「かしこまりましたわ、主様」
外で待機している梟を飛ばして、ルビィと視界を共有して彼らの帰り道を眺める。
あんまり近寄ると怪しまれるかなと思ってかなり遠目から観察していたけど、無事に王都の城門を潜っていった。
「帰っちゃったねー」
「やはり、捕虜にしたかったですか?」
「そうだねー、やっぱり情報ほしかったかな」
まあ捕まえて情報を聞ければそれでよし、報酬を持ち帰ってギルドで喧伝してくれればそれでよし。
どちらに転んでも問題ないプランではあったんだけど、個人的には話が聞きたかった。
毎回冒険者が捕まって報酬無しじゃそもそも訪問者が来なくなるだろうから、最初にわかりやすく宣伝してもらったほうがトータルで言えばプラスになると思うんだけどね。
知識欲が半分、獲物をみすみす見逃す勿体なさが半分、どっちにしても自分の欲が原因かな。
「しかし強かったねシルバー等級冒険者」
前回捕まえたアイアン等級の冒険者たちと一つしか等級違わないのにレベルの違いを感じた。
「ですが奥の仕掛けであれば捕まえることは可能かと」
「そうだね。一番の問題はあれくらいの冒険者が複数来ると一層だけじゃ直ぐにマップを埋められちゃうだろうってことかな」
あと宝箱なんかも、再設置しないといけないし、行動不能にした冒険者を捕獲する手間もある。
「せめてもう一層は早めに増やしたいかなー。できれば二層」
二階が増えれば単純に使用可能面積が二倍になるし、現在の一階はコアルームと居住区、牢獄が一部を占めているので階層が増えれば更に大きく迷宮部分に使うことができる。
「それでは収支報告をさせていただきますね。スケルトンを7体増やして-700、スライムを3匹増やして-1500、魔導人形を2体で-3000、魔石の生成に-1000、その他ダンジョンの整備に-100ほど。獲得は7回の戦闘で戦士から+1000、武闘家が+800、斥候が+1000、魔術師が+200、治癒師が毒の治癒で+1000、なおこれに伴いスケルトンを12回復活させましたので-120ですわ。現在戦力がスケルトン10体、スライム6匹、魔石は魔力500相当を持ち出されたので残り1500相当、ナイフが-1本。これは生成魔法で既存の剣を作り替えたものになりますので魔力消費はほぼありませんわ。今回の収支が-2420、総計が8340になりますわね。これは凡その数字ですのでご注意くださいませ」
「了解」
「更に金品になりますが、こちらは収得品は無し。持ち出されたナイフの素材となったナイフが1本、宝箱を使うための金属素材としてナイフをもう1本消費いたしましたわ」
ちなみにナイフを再成形したのは品質の向上と奪ったナイフをそのまま配って街でトラブルになることを防ぐため。
うちの戦利品でそれ俺のナイフじゃねえか返せよ、なんて言い争いが起きたら迷惑かけるしね。
あと元から質の悪いナイフは再成形するだけでも切れ味は向上するっぽい。
迷宮部分は前回作ってから必要ない通路は壁で塞ぐ形でアイアン冒険者を歓迎したから、今回はほとんど必要なかったんよね。
「てか毒の治療凄いね」
「傷の治癒に比べてかなり上級の魔法とのことですので、相応の魔力消費のようですわね」
「宝箱は全部毒罠にしようか」
「その際には低位の治癒師しかいないパーティーで死人が出ないように考慮する必要がありますわね」
「むむー。そういう点でも階層は早く増やしたいね」
例えば一階の最後に強めの敵を置いて、二階にはそれを越えてきた冒険者前提の罠にするとかもできるし。
「あと宝箱の全部を金属補強はしなくてもいいかな」
「そうですわね。価値の低い物はそのまま木材加工した宝箱にしまい無理に壊そうとしたら発動するタイプの罠を仕掛けておくとよろしいかと」
「毒も素材から色んな種類作れるようになりたいねえ。麻痺毒とか用意できれば絶対便利だし」
そういうバリエーションの豊かさがダンジョンの魅力に繋がるからなあ、なんて感想は若干ゲーム脳だけど。
「それじゃあちゃっちゃか宝箱作ってスケルトンに配置してもらおうか」
「それではわたくしは他に準備に漏れがないか確認しておきますわね」
「うん、よろしく」
そんなやり取りをして二人とも行動を始める。
なんだかその空気が文化祭の店舗の開店前を思い出してちょっと楽しかった。
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