003.契約

「んじゃとりあえず、これ綺麗にできる?」


これというのは右手に濡れた血のこと。


繋いだ手の柔らかい感触は満足だったけれど、流石に血塗れのままなのは気色が悪い。


助けてもらった結果だから文句を言うのもはばかられるんだけどさ。


「お安い御用ですわ」


「おっ?」


笑顔で請け負った彼女から不思議な気配がすると、全身をスッと駆け抜ける感触と共に手の汚れがさっぱりと綺麗になっていた。


「もしかして、今のが魔法的なやつ?」


「そうですわね。主様もダンジョンマスターとなったことで魔法を使えるようになっているはずですわ」


「へー」


それはそれで楽しみだけど、今はその前に。


「とりあえず落ち着いて話ができる状態にしたいな。この死体って綺麗にできる?」


転がっている死体には逆に殺されそうになったので罪悪感みたいなものはないが、ちょっとグロ画像風になってるので消えてもらいたいのが正直な感想だ。


つーか、急に殺しに来るとかこの世界の民度どうなってんのよマジで。


「ダンジョンに吸収することもできますが、この死体は利用した方がよろしいかもしれませんわね」


「具体的に言うと?」


「死体をそのまま使ってゾンビを生成する、もしくは骨だけ残してスケルトンの触媒にするなどでしょうか」


「そうした場合のメリットは?」


「同じモンスターをゼロから生成するよりも魔力の消費を抑えることができますわ」


「逆にデメリットはある?」


「死体をダンジョンで吸収した場合にも魔力を回収できますので、そちらは失われることになりますわね」


「ほー」


つまりモンスターを作りたいなら再利用した方がお得、そうじゃないなら吸収しちゃった方がお得ってことかな。


「ちなみに、実際の数字でどれくらい?」


「死体を回収して得られる魔力を100として、ゾンビまたはスケルトンにするのに必要な魔力が10。スケルトンを生成した場合は肉や血などを回収して得られる魔力が80。それぞれを生成する場合はゾンビが500、スケルトンが100といった所ですわ」


ルビィの説明をまとめると選択肢は以下の通り。


1.ゾンビ1体と魔力-10。(ゾンビが魔力500)


2.スケルトン1体と魔力+70。(スケルトンが魔力100)


3.魔力+100。


「つまり、ゾンビ生成>スケルトン生成>魔力還元の順にお得なのか」


「何事も、無から有を生み出すよりは有る物を使った方がお得ということですわね」


「それぞれの性能は?」


「お察しの通り、ゾンビの方が上ですわ」


「スケルトンを選ぶメリットとかある?」


「それぞれ死体そのままと骨ですので、スケルトンの方が管理に手間がかかりませんわね。更に倒されても粉々にされていなければ比較的魔力消費が少なく再生成することも可能です」


「性能のゾンビとランニングコストのスケルトンって感じかな。ちなみに今俺が使える魔力ってどれくらい?」


「既に死体三つ分の魂がダンジョンに吸収されていますのでそちらで3000、更に元ある魔力が1万ほどですわね」


「1万」


「はい、このダンジョンが生成された際にコアに元から込められていたものになりますわ」


「初回特典みたいな物かな」


「そのような理解で問題はないかと」


「なるほど」


「ちなみにコアってあれ?」


「左様ですわ」


俺が台座に浮いている黒い宝石のようなものを指差すと、ルビィが首肯する。


「あちらが破壊されますと、主様の命も失われてしまいますのでご注意くださいませ」


「はーい」


そのリクスの代わりの初回特典か。ならひとまず、この死体の使い道で命運が決まるって程の事はなさそうかな。


まあ問題あればそもそも警告してくれるだろうし。


「じゃあスケルトンで」


「よろしいのですか?」


「うん、腐った死体は匂いがキツそうだし。それにあんまりこの顔を見ていたくもないし」


あれらを殺したこと、というか彼女に助けてもらったことに後悔はないけど、自分を殺そうとしてきた人間の顔はあまり目にしたくない。


「ではそういたしましょうか。こちらをお持ちくださいませ」


渡されたのは魔導書。


「まず骨を残してその他の物は消してしまうイメージをしてくださいませ」


言われた通りに本に手を当て、床に吸収されるイメージをしてみる。


「おっ、できた」


すぐに床は綺麗になって、残ったのは骨と剣や斧などの死体が身に着けていたもののみ。


「では次に、残った骨に魂を吹き込み使役するイメージをお願いしますわ」


「うん、おお……」


言われたとおりにイメージすると、床に散らばった骨がカタカタと鳴り、そのまま浮かび上がって空中で骨格標本のように組みあがる。


「これにて完成ですわ」


「異世界に来たって実感が沸いたわ」


今までも不思議なことはあったけど、こうやって動く骨はとびきりだ。


「ちなみにこれは、命令とか聞いてくれる感じ?」


「そうですわね。なにもなければ待機していますが、巡回や戦闘などの簡単な命令はこなせますわ。更に魔力が必要になりますが、上位のスケルトンなら複雑な命令もこなせますわね」


「了解。覚えとく」


んじゃとりあえずこれで死体の後始末は完了かな。


一段落して、ルビィの整った顔を見る。


「改めて、命を救ってくれてありがとう」


「礼には及びませんわ。使い魔として当然の務めを果たしたまでですので」


「まあそうなんだろうけど、礼は言わせてくれ。それと聞いておきたいんだが、ルビィはなにか望みとかある?」


命を助けてくれたお礼としてできる限りのことはする所存だ。


「わたくしは主様をお助けして、ダンジョンを成長させる為に存在する者です。ですからダンジョンを強く、大きく、そして可能でしたら世界で一番のダンジョンに御成りくださいませ」


「わかった」


まあ、凡夫の自分にどこまで出来るかはわからないが、彼女のその願いには全力で応えよう。


こうして、俺と彼女のダンジョン運営が始まった。

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