第17話 You gotta Quartet


ネルソンがヨランダに仕掛けたゲーム、その決着はキャメルの一人勝ちという形で幕を閉じた。

これは一見すると傭兵サイドの勝利に見えて、当のヨランダがぶっちぎりの最下位である為、最早賭けとしての体裁が保たれていなかった。

その結果、何が起きたのかというと


「アレが見えるか?俺があんたらを買収しようとした理由だ」


高台から地平を見下ろすネルソン。

その周りにはヨランダを始めとしたチームの面々がいた。


「早い話が、反転攻勢に出るための人手が必要だったと」

「あぁ。奴らは俺を追ってダイナーにまで踏み込んできた。逃げ回っててもキリがない。だから、俺に敵対した奴らは片っ端から狩っていく事にした」

「そんな長丁場の仕事は、まぁ……普通のギャラじゃ受けないわね」

「だろ?あんたらには俺を助ける義理なんて無いしな」


本来であれば、満足な報酬も無しにヨランダたちが手を貸す事は無い。

しかし、ゲームに勝ったキャメルの


『ドンパチやるん?ええやん!!』


の一言で、再び共同戦線が組まれる事となったのだった。

と、ここでイーライが鼻をすすりながら言う。


「ポレの知らない間に話が進んでた如来……」

「エリちゃんは大概フラフラどっかに行っちゃうじゃん」

「だってだって、追いかけるより追われたいお年頃だモン」

「きっしょ」

「言葉を慎めよ」

「はいはい、そこまでにしておいて」


慣れた様子でキャメルとイーライをあしらうヨランダ。

そんな姿を横目に見ながら、キュベロはシガリロをふかしていた。

ネルソンが声を掛ける。


「お前も来るとはな。正規メンバーじゃないだろ?」

「ヒマだし。それに、なんだかんだ言って配達よりこっちのほうが稼げるから」

「そうか。まぁ、拾った分は好きにすればいい」

「言われなくてもそうするつもり。で、作戦だけど」

「そんなの、あって無いようなモンだ。やる事はシンプル、今からあそこに居る奴らを皆殺しにする」


ネルソンの視線の先にあるのは、かつて使われていた水道設備だ。

当然ながら、ブラックアウト後は機能を停止しており、最終的にはごろつきが住み着くに至った。

巨大なパイプは錆び付き荒れ果てて、コンクリート壁にはスプレーでいくつもの落書きがされている。

それはさながら、自分たちの縄張りを誇示しているかのようだ。


「あ、そう。じゃあ自分に出来るのは陽動か」

「そんな所だろうな」


続いてネルソンは傭兵3人に目を向けた。

彼らの武器を一目見れば、その役割は一瞬で理解できる。


「イーライが狙撃、メルが弾幕形成、ヨランダが遊撃……そんで俺は破壊工作ってか」

「そんな悠長な時間は無いかもね」


ネルソンは独り言のつもりだったが、ヨランダがやんわりと訂正した。

続けて、彼女はこのように言葉を繋げる。


「交戦距離は相当短くなるから、瞬間火力がモノを言う展開になると思う。爆弾をメインにするのは得策じゃない」

「じゃあ、どうしろと」

「これを使うといいわ」


そう言うと、ヨランダが縦長のガンケースを地面に起き、開いた。


「ポンプ式のショットガン、モスバーグM500。オアシスの治安部隊が使っている物ね」

「随分と使い込まれた中古品だな」

「予備の備品だから。あと、この弾薬ベルトを」

「ダサいから嫌だ」

「貴方の格好とか誰も気にしてないから」


笑顔で辛辣な発言をするヨランダ。

ネルソンは渋々彼女に従う事にした。

受け取った銃に弾薬を詰めていき、最後にコッキングする。

その時、排莢口のカバーに釘で引っ搔いたような文字が彫られている事に気が付いた。


≪Slash≫


ネルソンはこれを見て顔をしかめる。


「なんだこれ。銃に名前を書くとか、子供か?」

「そう言わず。前オーナのご利益があるかもしれないし」

「誰かは知らないが、勘弁してほしいね。そもそも、治安部隊とかいうサツ気取りなんか、総じてザコの集まりだって相場が決まってる」


鼻で笑ってネルソンは言う。

これを聞いたヨランダは苦笑した。


「……まぁいいけど。それじゃあ、早速はじめましょうか?」

「あぁ。反攻作戦の記念すべき第一戦だ」





パチパチと火の粉を飛ばしながら、オレンジ色の炎が揺れ動く。

そこに汚れた死体が投げ込まれ、暫くして炎は少しだけ大きさを増した。


「やっぱりヤク中はダメだな。燃える部分がありゃしない」

「だから人質なんか取らずに捨てておけって言ったんだ。野郎の使い道なんて灰皿くらいしかねぇよ」

「それと女も調達しねえと。今の奴はじきに死ぬぜ、ビョーキだし」

「次はもっとマシなの拾って来るか」


彼らはすっかり気を抜いていた。

その時だ。

目の前の坂を、バイクが颯爽と下って来ていた。

面食らった男たちは慌てて周囲を見回す。

そして、壁に立て掛けてあったライフルを見つけた男は、それに飛びつくとすぐさま銃撃を始める。

しかし、高速で走るバイクを直接狙っても命中する訳もなく、とうとう弾切れを起こしてしまった。


「まず一匹」


キュベロがクラッチレバーを弾くと、バイクは鼻先を持ち上げウィリー状態になった。

彼女はそのまま立ち竦む男の顔面へと、前輪を叩き込む。

そしてすぐさまスコーピオンを抜くと、傍らの男を手早く仕留めた。


「二匹、出だしは上々」


キュベロの派手な登場を受けて、施設内では男たちが慌ただしく走り回っていた。

各々自分の武器を調達すると、我先にと屋外へ飛び出していく。

そんな彼らを


ボヒュッ……


飛来した弾丸が無慈悲に貫いた。

茂みに伏せたイーライが次々と狙撃を命中させていく。

そして、M1903のクリップに装弾された5発を打ち切ると


「ポイントを変える」


無線機に一言告げて、足早に移動を開始した。

草むらを搔き分けながら素早くリロードを済ませて再度射撃姿勢を整えると、屋上からキュベロを狙っていた射手を一撃で仕留めた。

スナイパーという存在は、相手側に対して絶大なプレッシャーを与える。

自分の射程外から即死の一撃を放ってくるのだから、当然警戒して動きが悪くなってしまう。

その心理を戦術的に活用すれば、多少の数的不利を覆す事は容易い事だった。

少なくともキャメルにとっては。


「ぼさっとしてると、死ぬよ!!」


轟音と閃光を放ち、硝煙と薬莢をまき散らしながら、彼女は死線を駆け抜ける。

M1918の40発を数秒で撃ち切る強烈なフルオート射撃が炸裂。

更にはマガジンを底面で上下逆に連結し、素早く差し直す事で、0.5秒足らずのリロードを行うと、再びトリガーを引く。

放たれた弾丸はコンクリート壁すらも容易く貫通、建物の廊下には血の川が出来上がった。

しかし、敵もバカでは無い。

スナイパーとは反対に、重たい銃をぶら下げた弾幕形成要員というのは真っ先に狙われる。

そして、今のキャメルは連結マガジンが完全に空になってしまったので、リロードに時間がかかる。

この隙を突こうと敵は狙いを定めた。

しかし、キャメルは冷静だった。

何故なら、“ここまで”が彼女の役目だったからだ。

間髪入れずにヨランダが廊下の窓を蹴り破り、七色に輝く破片を纏って踊り出る。


「恨みはないけど、ここで死んで」


完全に相手の不意を突いたヨランダは、超至近距離での射撃戦を展開。

左手から放たれるハイレートなフルオート射撃で、体格の上回る相手を素早く片付け、弾切れになると手首を捻ってマガジンを放出。

続いて現れた男に対して、右腕をぶん回すように叩きつけた。

鈍い音が響き、男は悶絶。

その間に左手一本でベルトからマガジンを装填し、バースト射撃でトドメを刺した。

彼女たちの戦いぶりは凄まじく、敵は次第に建物の奥の方へと逃げていく。

だが、そんな彼らに追い打ちをかけるように


ドッ!!!


轟音と振動、そして衝撃。

建物の壁が粉々に砕け散り、粉塵の中からショットガンを連射したネルソンが現れた。


「会いたかったぜ、クソ共!!」


彼は怒りに任せて散弾をばら撒き、その度に壁が赤黒く彩られていく。

そして、弾切れになるや否や自作の爆弾を投擲。

キッチンの裏側に隠れていた男の身体が宙を舞い、天井に激突した後動かなくなった。

そうこうしている間に、リロードを終えたキャメルも室内に踏み入った。

隊列を崩され3方向から挟まれた男たちは成す術なく地に伏せる。

既に勝敗は決していると言っても良かった。


「ハハハ!!ゴミみたいに死んでくな!!」


雑にショットガンをぶっぱなしながらネルソンは笑った。

敵を蹂躙していく高揚感に飲まれた彼は、率先して建物内部に突っ込んでいく。

しかし、今の彼は慣れない銃を扱っている上に、冷静さを失っている状態というのはミスを誘発しやすい。


「死ねっ!!」


ネルソンは威勢よく叫び、目の前の敵に向って引き金を引く。

しかし、銃弾は放たれなかった。

なんて事は無い、弾切れを起こしていたからだ。


「あ……」


一瞬思考が停止したネルソンは慌てて腰からピストルを抜こうとしたが、既に振り抜かれたバットが眼前に迫っていた。

視界が回り、衝撃が背骨を突き抜ける。

やがて目の焦点が合わなくなり、彼の意識はここで途切れた。

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