第16話 Wild Draw 4
ある晩、オアシスのパブはいつものように賑わっていた。
仕事終わりの人々が酒を飲みかわし、カードに興じる……この街に限ったことではなく、ごくありふれた夜の光景だ。
だが、その中にも一際目を引く一行がいた。
ヨランダをはじめとした傭兵連中である。
「よらぴ!こっち~!!」
「お待たせ、思ったより遅くなったわ。メルとキュベロはどうだった?」
「大漁やったわ!!やっぱり“くろべ”(Cubero→Curobe)がいると捗る~」
「それだけどさぁ、真後ろでバカスカ撃たれるから、こっちはホントに耳イカれるかと思った」
「そんなに凄いの?バイクのエンジン音より?」
「あんなの比べ物じゃないよ」
今日こなした仕事について、3人は言葉を交わす。
そんな時、一人の男がパブの入口を潜った。
彼は人混みをかき分けながらゆっくりと進んで行き、ヨランダ達のテーブルの前で足を止めた。
そしてカードケースをテーブルに置くと、一言。
「久しぶりだな、3人とも」
そこにはコート姿のネルソンが立っていた。
ヨランダは視線を向けると応える。
「9日ぶりね。自由な暮らしはどう?」
「中々悪くない。でも、これじゃあ足りないな」
「随分と強情ね」
「あぁ。だから、今日はあんたらを“買いに”来た」
ネルソンはそう言うと椅子に腰を下ろす。
そして、近くを通ったウエイターを呼び止めると
「ビールをくれ。それと適当につまむ物を」
そう言って弾薬を数発支払った。
.223レミントン、本来彼が用いるものでは無い。
ウエイターがその場から去ると、ネルソンはカードケースを開いた。
「あんたらにはお馴染みのゲームだよな?」
「そうね……で、さっきの話だけど」
「あぁ、今から賭けでこのゲームをやって、俺が勝てばあんたのチームを頂く」
「私たちにメリットは?」
ヨランダから当然の疑問が投げかけられる。
すると、ネルソンは無言でテーブルに銃を置いた。
「それだけ?」
「まさか」
続けて車の鍵を、更には盗品のアクセサリー類が2、3個と、最後に手帳が場に置かれた。
「それは?」
「過去の取引先の情報、あんたらにとっちゃ最高のカモさ。この情報が漏れたと分かれば、俺の首には相当な懸賞金がかかる」
「あまりにも信頼性に欠けるわね」
「そう思うなら確かめてみればいい。俺に勝った後でな」
ネルソンは煽るようなトーンで言い放った。
ヨランダは少し考えた素振りを見せた後、再度口を開く。
「念のため言っておくけれど、現段階で貴方と私たちを結びつける物は何も無い。言い換えれば私たちは貴方の味方ではないんだけど、ちゃんとわかってる?」
「勿論」
「ということは、味方でもない相手に“かなり無理な取引を持ち掛けている”自覚はあると見て良いと」
「そうだな」
「じゃあ」
ヨランダは素早く愛銃、MicroUziを抜き、ネルソンに銃口を向けた。
「“こうなる”可能性も当然考慮していると、そういうことね?」
ヨランダのこの行いを受けて、店内には緊張が走った。
一方で、銃口を向けられたネルソンは冷静だった。
「あぁ」
真っ直ぐにヨランダを見据えたまま、ハッキリと問いに応えた。
ヨランダは銃口を向けたまま、言葉を続ける。
「勘違いはしてほしくないから言うけれど、私たちは傭兵。満足な対価が支払われなければ仕事には応じない」
その眼にはこれっぽっちも情という物が感じられない。
「そして、私たちは傭兵といえど、依頼主を選ぶ権利はある。無策でノコノコやって来る野郎を相手にすると思ったの?」
「それを言われると厳しいな。確かにあんたら3人を同時に相手にして、勝つ算段は今の俺にはない。ただ……」
ネルソンはゆっくりと視線を下げる。
そして再び口を開いた。
「もし、俺がテーブルの下でグレネードを握っていたとしたら、どうだ?俺が死んだ数秒後に、そいつは無数の破片をまき散らす。その時にはあんたらも仲良く道連れだ」
ネルソンの言葉を受けて、ヨランダはしばし沈黙した。
だが、ある時不意に銃口を外すと言った。
「ゲームといえども容赦はしない、私が勝てば約束通り全てを頂くわ」
意地の悪い笑みを浮かべて銃をしまう。
そして、この瞬間キャメルとキュベロが表情を崩した。
どうやら、ずっと笑いをこらえていたらしい。
「自分、草いいすか」
「ダメです」
「いや、あれは笑うでしょ。二人してマジのトーンで話してんだもん」
「お店の雰囲気壊れちゃーう」
つい先ほどとは打って変わって、4人のテーブルは普段のバカ騒ぎムードとなる。
他の客からすればいい迷惑だ。
しかし、そんなことなど4人にはお構いなし。
早速ゲームが始められた。
「今日、イーライはいないのか?」
「そうね、ファイバーの所に行ってるんじゃない?」
「へぇ……あ、ドロ2だ」
「重ねるぜい」
「は?」
ここでヨランダが被弾した。
「ジェネリック・ド4じゃん」
「リバースが来る時を楽しみに待ってなさい」
ドスの効いた声で言うヨランダ。
彼女には秘密があった。
それは……
「食らえ、ド4」
「俺もあるよ、ドロ4」
「これで8枚。メル、大丈夫そう?」
「あたしもありまーーーす!!うりゃ!ド12!!!」
「……」
「ヨランダ、早く切れよ」
「“キレ”そう」
カードゲームを含めた勝負事の類が壊滅的に弱いという事だ。
そして、ヨランダ以外の傭兵サイドも一切彼女に助け舟を出さなかった。
全員が己の勝利のためだけに、他者の足を引っ張っている。
「赤の6」
「それ割り込みできるわ」
ネルソンの捨て札を上家のキュベロが“鳴いた”。
下家のキャメルが巻き添えを食らう。
「は?順番飛ばされたんだが?」
「飛ばされついでにリバースだ」
「捨てられないんだが!?」
ネルソンのリバースで再び割を食うキャメル。
一方のヨランダは無意識に口角が上がった。
(リバースが来た……!)
だが現実はどこまでも非情だった。
再度手番がきたキュベロが捨てたカード、それは
「スキップ」
「キレていい?」
ようやく回り順が逆になったというのに、ヨランダは無慈悲にも封殺されてしまう。
そうこうしている間に、いよいよリーチを宣言する者が現れた。
「よらピかわいそ~……あ!あたしソロ!そんでド2!」
手札が残り1枚となったキャメルは、トドメとばかりにドロー2を繰り出した。
これを受けるはネルソンだ。
「クソ!あと2枚だったのに……ヨランダ、そんだけ手札あるなら持ってんだろ。メルに復讐するチャンスだぞ、割り込みで重ねろよ」
「断固拒否するわ」
「絶対後悔するぞ」
ヨランダの性格上、ネルソンの提案には絶対に乗らないだろう。
そして、それが結局尾を引いた。
「っしゃ!あがり!!」
「だから言っただろ!ヨランダ!」
「(歯の隙間から息を吸い込む音)」
酒が入っていることもあって、人目もはばからず大騒ぎする面々。
この時、キュベロは率直な疑問を口にした。
「で、コレ結局どういう勝負?」
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