第13話 Bring It on Down
ネルソンとアントンが突貫で行っていた、ミアータのエンジンスワップ。
その作業もいよいよ佳境を迎えようとしていた。
「これで、必要な物はあらかた載りました。ワイヤーハーネスも問題なく取り回し出来てますね」
「そりゃ良かった。なんせ、地べたを舐めながら働かされたしな」
「そうですね、お疲れ様でした」
アントンは嫌味に片手間で受け答えしながら、最後の仕上げに取り掛かっていた。
ネルソンはそれが気に食わなかったのか、顔をしかめるとアントンの元に詰め寄る。
そして、ミアータの運転席を覗き込み尋ねた。
「で、まだ終わらないのか」
「ECUの加工が残ってます」
「互換性があるんじゃなかったのかよ」
「流石に同じソフトじゃダメですよ。エンジンが違うんですから」
ECU、それは自動車のエンジンを制御するコンピュータの事だ。
コンピュータと言っても通常はブラックボックス化されており、モノとしては箱に入った基盤でしかない。
「そんなもの、2代目ミアータのECUでもぶち込んでおけよ」
「ハーネスを加工してますし、本体側のシステムが初代なので、ポン付けじゃ動きませんよ」
「そんなの聞いてないぞ」
「自分も正直想定外でした。前期型のエンジンなら大丈夫だったんですけど」
アントンはそう言いながらも、何か作業を続けている。
それを不思議そうに眺めるネルソンを見て、アントンは補足した。
「ただ、対策はありますよ。チューニングカー向けの追加基盤を持参しているので、これをECUに仕込みます」
要するに、外付けパーツで対応するという事だ。
しかし、専用品でない都合上、絶対どこかにしわ寄せは出てしまう。
「とりあえず今は自走できればいいです」
「何でもいいけど、早くしてくれると助かるんだが」
「できる限りの事はしますよ、俺も早く帰りたいんで」
アントンがそう言った時だった。
長い叫び声ような、甲高い銃声が響き渡り、その直後に建屋のガラスが粉々に砕け散る。
そして、その穴から手のひら大の物体が複数個投げ込まれた。
「伏せろ!」
ネルソンが叫んだ。
その直後、転がった物体はオレンジ色に輝き出す。
瞬く間に炎が燃え広がり、室内を赤く染めていった。
(テルミットグレネード……俺以外にも作れる奴が居たのか)
ネルソンは投げ込まれた物体について推測すると、口元を抑えて這いずりながら自分の車の元へと向かった。
皮膚がじりじりと痛み、全身から汗が噴き出て来る。
何とか苦痛に耐えながら、ネルソンはハンドルのボタンを押し、車両後端のフックを開放した。
「アントン、早くしろ……」
テルミットグレネードが放つ温度は恐ろしく高く、その化学反応の特性上、周囲の酸素を使い切るまで永遠に燃え続ける。
つまり、焼け死ぬより先に窒息死する危険があるのだ。
その上、車のエンジンを始動するにも酸素は不可欠である。
アントンも状況を理解し、ネルソンから受け取ったフックをフロントバンパーの牽引リングに取り付ける。
そして、2人は顔を見合わせて頷くと、各々の車に乗り込んだ。
すぐさまネルソンはカギを捻り、エンジンを始動。
続けて、手製の爆弾を一つ、壁に向って放り投げた。
飛んでくる破片が愛車に無数の傷をつけるが、今は構っていられない。
ネルソンはアクセルを踏み込むと、爆炎の中を突っ切るように、建屋から飛び出した。
目に付いた人影を跳ね飛ばし、そのまま敷地の外へとむかっていく。
しかし、ゲートの前には数台の車がバリケードを形成していた。
その上、車の陰から容赦ない銃撃が見舞われる。
ネルソンはこれに対抗すべく、ハンドガンを発砲した。
とはいえ、運転しながらの片手撃ちである為、相手には1発も命中しない。
この体たらくに、相手は思わず笑ってしまった。
「どこ狙ってやがる!」
その時だった。
彼らの足元、何もなかった地面が突如として噴火したように弾け飛ぶ。
並んでいた車も炎上しながらひっくり返り、瞬く間にバリケードは決壊してしまった。
「あんたらこそ、どこ見てやがんだ!!」
ネルソンはそう言いながら、ゲートを駆け抜けた。
前もって撒いておいた液体爆薬、アストロライトを地雷として応用し、何とか2人はこの場を逃れた。
しかし、背後からは次第にエンジン音が近づいて来る。
アントンが窓を開けて叫んだ。
「普通に走っていたら逃げ切れませんよ!」
「んな事は分かってる!」
「爆弾の在庫は?」
「さっき売り切れたよ!!」
「仕方ないですね……」
アントンは大きなため息を吐くと、1つ提案してきた。
「ワインディングに進路を取ってください」
「峠だと!?そんな所を、お前を引っ張りながら走れってのかよ!」
「追手の車はV8の速いヤツですよ。平地じゃ絶対撒けません。それなら、小回りを活かして走るしか、助かる見込みは無い」
牽引している状態で小回りもクソもあったものでは無いとネルソンは感じたが、普通に走っているだけでは生き残れないのも事実だ。
ネルソンは覚悟を決めた。
そして、アントンもECUの組み立てを進め、遂に作業を完了させる。
「ECU終わりました、エンジン始動させます」
アントンはそう宣言して、カギを回す。
しかし
「回らない……」
エンジンはかからなかった。
メーターやオーディオに電気は供給されているが、エンジンだけが微動だにしない。
アントンは一瞬頭が真っ白になりかけるが、すぐに気を取り直して再度カギを回す。
だが結果は変わらなかった。
ネルソンが叫ぶ。
「おい!どうしたんだよ!?」
「セルモーターがダメです」
「何!?」
「ネルソンさんは運転に集中して下さい!」
アントンは顔に汗を浮かべながら手を動かす。
その時、バックミラーが光を放ったかと思えば、コーナーの向こう側から追走者がその姿を現した。
フロントマスクが特徴的な、黒い2ドアクーペだ。
(もう来た!?コイツ、相当速い……)
想定を上回るそのスピードに、アントンは後ろを振り返って顔をしかめる。
だが、直後ネルソンの急ブレーキで強引に前を向かされてしまう。
なんとか視線を上げれば、次のコーナーが迫っているのが見えた。
しかしスピードが乗りすぎており、明らかにブレーキタイミングが遅れていた。
「マズい!ネルソンさん!ワイヤー伸ばして!!」
アントンはキーをイグニッションで止めてパワステをONにすると、コーナーのイン側に向って一気にハンドルを切った。
アントンはそのままノーブレーキでインをカット、大きくコーナーのアウトに膨らんだネルソンの横を通り抜け、追い越す。
2人がバラバラの方向に舵を取った事で、ワイヤーは一気に突っ張り、2台は横滑りで急制動。
なんとかコースアウトは免れた。
むち打ちになったアントンは首を庇いながらも、ネルソンに注意を促す。
「ネルソンさん!もうそこまで来てますよ!!」
だが、対するネルソンは茫然自失だった。
彼は見開いた瞳で呟く。
「オクタン……?」
その視線の先にあるのは、あまりにも見慣れたシルエット。
かつての相棒の愛車が、猛然とこちらに迫って来ていた。
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