第12話 Highway Star


ルート62を行く車が2台。

うち一方は、もう一方に牽引される形だ。

運転席でハンドルを握るネルソンは、隣のアントンに尋ねる。


「で、俺を呼んだ訳って何だよ」

「簡単ですよ。この車を目的地まで運んで貰いたいだけです」

「俺が知りたいのはその理由だ」


ネルソンは視線をバックミラーに向けると、そこには赤いオープンカーの姿があった。

外装はかなり変更されているが、“ミアータ”と呼ばれる、極東の有名な小型車だ。


「よりによって初代……何だって、わざわざこんな古い車を」

「商売道具だからです。最近エンジンがイかれたので、載せ替えをしようかと」

「エンジンスワップか。ドナーのアテはあるのかよ?」


エンジンスワップ、即ち載せ替えは、スポーツカーを中心にブラックアウト前では盛んなカスタムだった。

しかし、車の心臓部分を取り替える事から、作業には多くの手間や知識が必要であり、場合によっては周辺部品の自作なども行う必要がある。

当然ながら、他車のエンジンを適当にポン付けできる訳ではない。


「突然呼び出した理由がまさにそれです。配達中に廃車場を見つけたキュベロさんから、2代目ミアータのスクラップがあると教えて貰いました」

「なるほどな。確かにタマ数の多い車なら、そこらへんに転がっていても不思議じゃない」

「はい。ただ重要なのが、付近で交戦の跡がありました。同じことを考えてた奴らが居たみたいです」

「それで急ぎの用事ってか」


車が強力なツールであるこのご時世に置いて、そのパーツや燃料を巡って争いが起きることは珍しくない。


「それならヨランダ達を連れてきた方が安心じゃないのか?」

「乗せ替えがうまくいかない場合、自走できないコンバーチブルに大人を二人載せることになります。何かあったときに逃げ切れませんよ。ホントはニックさんの車を使いたかったんですけど……」

「あいにくの不調ってワケか」


ネルソンはニックの話を思い出してため息をついた。

ダッシュパネルの時計に目をやると、時刻はまさにティータイムだった。


「場所が場所だけに、クレーンや工具があるのが救いですね。到着後はすぐ作業に移りますよ」

「俺もやんのかよ」


案の定、ネルソンは体のいいパシリだった。

暫くして、2人は目的地に到着する。

金網のフェンスに囲まれた敷地には、巨大なブリキのガレージと、朽ち果てた車が何台も横たわっている。

だが、壁のあちこちに銃弾の痕が見られ、炎を上げるドラム缶とハエの集る屍達が、ここで戦闘があった事を明確に知らしめていた。

そんな光景を目にしてアントンは言う。


「まさに宝の山ですね」


彼は車から降りると腰から銃を抜き、敷地の奥へと進んで行く。

一方のネルソンはコートの裏からスキットルを取り出し、その中身を周囲にばら撒くと、アントンの後を追った。


「見てください、コレです」


アントンは屋外で放置されている一台に近づくと、ネルソンを呼ぶ。

そこにはドアがつぶれ、室内にガラスの破片が飛び散り、エアバッグが膨らんだオープンカーがあった。


「横からやられたんですね、おかげでコッチは無事です」


アントンはそう言ってボンネットを持ち上げると、塵を被ったエンジンヘッドが姿を見せた。


「BP-VE型エンジン、後期型ですね」

「初代と互換性はあるのか?」

「はい。ただ、配線を加工しないとダメです」

「なら急ぐぞ」


2人はボンネットを閉めた。

その後、ネルソンが2台のミアータを作業場に運び入れ、すぐさま載せ替え作業が行われる。

スクラップ車の配線やホース類を片っ端から取り払い、固定ボルトを外してクレーンでエンジンを吊り上げる。

電気が来ていないので、作業は人力。

肉体を酷使するのは当然ネルソンだ。


「早くしろ……もう腕がもたない」

「落としたら借金が増えますよ」

「ぐぉぉぉぉ!!」

「あと2インチ上げてください」

「体力仕事なら、ファイバーを連れて来れば良かっただろ……」

「やっぱりそう思います?人選ミスったかな」

「こんの、クソボケ……」

「そこで止めてください」


その後、筋肉を酷使した作業を終えネルソンは一息ついていたが、今度は電気配線の山を渡される。


「ワイヤーハーネスを加工します。印をつけたコネクタを全部付け替えてください」

「勘弁してくれ」


それが終わったら、今度は取り付けだ。

ネルソンは車の下に潜り込んで手を伸ばす。

その時、オイルのしずくがコートに落ちた。


「高かったんだぞコレ……」

「泣き言いう前に手を動かしてください」

「お前、畜生すぎるだろ」


一連の載せ替え作業はネルソンにとって熾烈を極めた。

既に日は落ちてきた頃、ようやくアントンから休憩の許しを得ることができ、彼は自分の車で瓶コーラを嗜む。


「最後の一本か……」


借金生活の彼にとって、最早コーラは高級品だった。

このまま飲み切ってしまう事がやけに勿体なく感じたが、炭酸が抜けると味わいが落ちてしまう。


「ネルソンさん、続きやりますよ」


感傷に浸っていられる時間は、そう長くはなかった。

アントンに呼ばれたネルソンは、残りのコーラを一気に流し込むとシートを立つ。

そして、気の進まない足取りで作業場へと戻った。

そんな様子を、遠くから車と共に眺める人物がいた。

双眼鏡でネルソンの姿を追っていき、建屋に消えたのを見届けると、すぐさま車に乗り込む。

フロントグリルが特徴的な黒いクーペは、颯爽とその場から去っていった。

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