第11話 Lunch at The Diner


「ファイバーから話は聞いてるぜ。サンドイッチはお気に召したか?」


ダイナーにて出迎えた男は、右手を差し出し言った。

しかし、面食らったネルソンはしばし硬直、ぎこちなく手を差し出す。

これを見ていたファイバーが言う。


「まずは名乗れ」

「おっと、先走ったか……」


彼は恥ずかしそうに頭を掻くと、ネルソンに向き直った。


「俺はニック。父で、夫で、商人だ。今は家族でダイナーをやってる」

「俺はネルソンだ」

「あぁ、よろしくな!」


ニックはネルソンと固く握手を交わした。

どことなく芝居がかったようなテンションだ。


「こいつはいつも“こんな”なんだ。嫁と息子が好きすぎるのもいつも通りだ」

「別に悪い事じゃないだろ?……っとそうだ、入店したら、まずは銃を見えるところに置いてくれ」

「あぁ」


ネルソンはボックス席に腰掛けると、ホルスターから拳銃を抜いてテーブルに置く。

早速、これを見たニックが食いついた。


「グロックか?」

「26だ」

「これ……随分と手が込んでるな!TTIのカスタムスライドじゃないか!フレームもチェッカリング加工されてるし、マグバンパーもついてる。それにレールシステムを増設してフラッシュライトまで……」

「ニック、注文を聞いてくれ」

「あはは、早速悪い癖が出た。今提供できるのはこんな感じだ」


ニックは黒板をボックス席の方に傾ける。

これを見たネルソンは、すぐさまオーダーを入れる。


「クラシックバーガーに瓶コーラを付けてくれ」


牛肉に瓶コーラ。

全く安いメニューではないが、今日はファイバーの奢りなので遠慮はしない。


「了解だ。ファイバーはどうする?」

「俺はクラブサンドを頼む、それとシーザーサラダだ。支払いは明日の取引に上乗せで頼む」

「よーし、任せろ」


注文を聞き終えたニックはキッチンへと向かう。

そしてフライパンに油を引き、ハンバーグのパティを投入。

両面を焼き上げた後は弱火で蓋をして、その間にサラダとサンドイッチの準備を進めていく。

手際よく調理をするニックを眺め、ファイバーが言った。


「今日、嫁さんはいないのか?」

「ラケル?いるよ。ただウィルと昼寝してる」

「そうか。育児が大変な時期だろう」

「ホントだよ。俺はあんまり夜泣きで目が覚めないんだけど、ラケルはすぐ起きるから……おかげで寝不足気味でさ。そんな時でも平日は働いてるんだから、ホント頭が上がらないよ」

「母は強しというやつか」

「ラケルは元から強かったけど」

「確かに、常人のメンタルではないな」


ファイバーは少し笑いながら言った。

その時。


「全部聞こえてるぞ~」


キッチンの奥の方から声がした。

ニックが振り返って声をかける


「起きてたのか」

「まあね、ウィルは寝てるよ」

「そうか。こっちはファイバーがネルソンを連れて来たぞ!」

「あぁ、前に言ってた人?」

「そう。凄い銃持って来ててさ」

「それはいいけど焦がさないでね~」


寝起きだからなのか、気だるげな声が店奥から響く。

そして、ゆっくりとした動作でカウンターに姿を現した。

赤い癖毛が特徴的な女性だ。


「ニックがお世話になってます」

「俺の世界一可愛い妻です」

「こら」


彼女は握り拳でニックの脇腹をぐりぐり攻撃する。

そんな妨害を受けながらも、ニックは調理を続け、火の通ったパティをレタスやトマトと共にバンズに挟んだ。

後は慣れた手付きでサラダとサンドイッチの盛り付けを済ませ、ネルソンの元へとやって来る。


「おまちどおさま!クラシックバーガーとコーラ、こっちがクラブサンドイッチにシーザーサラダだ」

「今日は御馳走だな。ネルソン、サラダはお前も食べていいぞ」

「悪いな」

「歓迎会だと思えばいい。にしても、お前が感謝を述べている所を初めて見たな」

「そうかよ……」

「まぁ、事の流れを鑑みれば納得だが」


ファイバーは手を合わせると、早速クラブサンドイッチにかぶりつく。

それを見ながら、一仕事終えたニックは隣の席に腰を下して言った。


「ヨランダは相変わらず策士だな」


これにネルソンが尋ねる。


「ヨランダと知り合いなのか?」

「ヨランダ、メル、イーライ、アントン……みんな知り合いであり、戦友さ。3年前は派手にやった」

「俺はあいつにハメられた」

「らしいな。でもまぁ、そう心配する事もないんじゃないか?」

「どうしてそう言える?」

「ヨランダは随分と丸くなった。それに、本気であんたを食い物にするつもりなら、途中で裏切って身ぐるみ剝がしたり、手術中にバラしたりは平気でやる。臓器ってオアシスじゃ高値で売れるんだぜ?」

「ニックくん、ご飯中にやめなさい」

「ごめんなさい。……とまぁ、そういうワケだ。あんたは心配しなくてもいい」


ニックは淡々と状況を整理して説明した。

その様子から、ネルソンはどこか異様な雰囲気を感じ取った。

だが、ファイバーの発言でそれらは打ち消される。


「それにだ、お前の車はガレージで屋内保管されている。その上、ご丁寧にもアントンが整備をしてくれているぞ」

「そりゃいいや。俺の車より幸せそうだ」


ニックが窓の外に視線を向けながら言う。

そこには、あの青いピックアップトラックがあった。

良い機会だったので、ネルソンはこれについて尋ねる。


「あんたの車なのか?」

「ああ。ブラックアウト前からの相棒さ」

「STIって事はフジだろ?やっぱボクサーエンジンなのか?」

「勿論だ!2.5ℓ4気筒ターボ、俺は水平対向に魂を売った男なんだ……」

「俺もボクサーエンジンの車に乗ってる」

「マジか!?」


ニックは突然テーブルを叩いて立ち上がった。

妻のラケルに腕をぺちぺちされている。


「フジじゃなくて跳ね馬の方だけど。ミッドシップクーペだ」

「あれも良い車だよな!俺も一度乗ってみたいよ」

「借金を返し終えたら、その時にでも」

「いいのか?」

「少しくらいならな。かわりにあんたの車にも乗せてくれ」

「あ……それなんだけど、今は無理だ」


ニックは悲しそうに言う。


「どうしてだよ」

「プラグからオイルが漏れて、ガスケットを調達してる最中なんだ」

「だから、最近は俺がわざわざこっちに出向いてる」


ファイバーが付け加える。

ニックは頷くと、更に補足した。


「サンドイッチは、そのお詫びも兼ねてたんだ」

「そういうことか……まぁ何時でもいいけど」


そう言うと、ネルソンはハンバーグを食べ終える。

そして、コーラに手を伸ばした時だった。

馴染みのエンジン音がどんどん近づいて来たかと思うと、ダイナーの目の前にグレーのクーペが停車する。

ネルソンが驚いて外に出ると、運転席から出たアントンがカギを投げ渡した。


「特急の仕事です。今だけ車を“貸し”ます」


ネルソンはカギをキャッチすると、愛車に視線をやる。

その後端部には、赤い小型のオープンカーが牽引されていた。


「どういうつもりだ?」

「話は後です。ファイバーさん、ネルソンさんを借りて行きます」


それだけ言うと、アントンは車の助手席に乗り込む。

ネルソンは舌打ちを一つ残すと、続いて運転席に乗り込んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る