第10話 Oasis Holiday
ブラックアウトが発生し、既存の文化的な生活が失われて早7年。
生き残った人々は、既に新しい生活へと適応し、当たり前のように毎日を送っていた。
しかしながら、日付と曜日の概念は失われることはなく、日曜日は皆で仕事を休み、身体を休ませる事が当たり前になっている。
それは絶賛借金生活中のネルソンも例外ではなく、いつもよりも遅い時間に目を覚ました。
彼は暫くベッドに横たわっていたが、ふと空腹を知らせる虫の音がなる。
「金がねぇ……」
地鳴りのように呟くとゆっくり身体を起こし、うつろな目で時計を眺める。
それは、今が休日の昼である事を示していた。
「やることもねぇ」
気の抜けた表情で背中を丸めるネルソン。
そんな時、部屋のドアがノックされた。
「ちょっといいか?」
「はぁ……」
ネルソンは重い腰を上げるとドアを開く。
そこにはファイバーの姿があった。
元より、ここは彼が所有する寮の一室だ。
「なんだよ、今日は休みだろ」
「あぁ、その事についてだ。お前はここに来て働き詰めで、街について良く知らないだろう。昼飯ついでに見て回らないか?」
「金がない」
「それについては心配するな。どうだ、タダ飯が食えるチャンスだぞ」
ネルソンは自尊心が無駄に大きいため、ファイバーの誘いにホイホイ乗る事には抵抗があったが、現に空腹で暇を持て余していた。
彼は大きなため息をつくと、ハンガーに引っ掛けたコートを取る。
「変なモンは食わすなよ」
「今から楽しみにしていろ」
ファイバーに連れ出され、ネルソンは寮から出た。
すると、入り口の傍には一台のスクーターが止められている。
ファイバーがそれに跨るのを見て、ネルソンは顔をしかめた。
「アシはそれか?」
「何か問題か?」
「俺はどこに乗れと」
スクーターのシートの大半はファイバーの巨体で占められている。
「お前なら乗れるだろう」
「マジかよ」
ネルソンは嫌々ファイバーの後ろに腰を下ろす。
「この年になって2人乗りなんてな」
「気分はヘップバーンだ」
「うるせえよ。さっさと出せ」
「了解だ、姫様」
スクーターが走り出す。
大人の男が2人乗っているだけあって、お世辞にも速いとは言えなかった。
しかし、街を眺める事が目的ならば、それはむしろ好都合かもしれない。
ある時、道行く人々から声をかけられる。
それは全身が黒い装備で固められ、銃を携行していた。
「ファイバーさん」
「今日は休出か?」
「南のブロックで色々ありましてね、人手不足で駆り出されました」
「大変だな」
「かわりに明日は休みです。後ろの奴は新人ですか?」
「新規事業を手伝って貰っている」
「なるほど。……すいません、上から呼ばれたので、自分はこれで」
「気をつけてな」
黒装備の人物が去っていく。
ネルソンはファイバーに尋ねた。
「今のはどういうやり取りなんだ」
「この街は治安部隊という、警察のような任期制の組織があるんだが、そいつらへの指導教官は俺がやっている」
「あんた何でもやりすぎだろ」
「まぁ、これも縁だ」
スクーターは再び走り出す。
そして、トタン屋根の貧民街からコンクリート造りの地区へと周囲の姿は変わっていき、やがてブラックアウト前に建てられた背の高い建物が増えてくる。
ネルソンはあたりを見回すと言う。
「いまどき、この規模の街がしっかり機能しているのは珍しい」
「ほう、お前もそう思うか」
「少なくとも、俺は一度も見たことは無い」
「そうか。やはり、現在進行形で燃料が発掘出来るというのが、かなりの強みだろうな」
「それが俺には不思議だ。このあたりは油田が点在しているけども、それを発掘して実用可能なレベルにまで落とし込む事は、このご時世不可能に近い。ほとんどロストテクノロジーの域だろ」
「まさしく、お前の言うとおりだ」
「他所のコミュニティから狙われないのか?俺みたいに車を扱う人間にとって、一番のネックが燃料だ。よくこれまでの間、そういう奴らに攻め込まれなかったな」
「攻め込まれたさ。この街は、一度外敵の手に落ちている」
「なんだと……?」
ファイバーの話に驚くネルソン。
丁度その時、彼の遥か頭上でビルから伸びる足場が日の光を遮り、顔に影を落とした。
「3年前、この街は外の奴らに占領された。恐ろしく手強い相手だったよ」
「自分の事みたいに話すんだな」
「俺もその場にいた。俺だけじゃない。アントン、ヨランダ、イーライ、キャメル……全員が巻き込まれた」
スクーターは柵で囲われた大穴の横を通り抜けていく。
穴の中はコンクリートに覆われ、無数のパイプと弾痕で飾り付けられていた。
「その頃の俺はオアシスの人間ではなかったんだが、まぁ色々あってな。最終的に、俺たちは更に4、いや5人の友人たちを仲間に加え、街を奪還した」
「そりゃ凄い話だな、映画にも出来そうだ」
「あの時の事は今でも鮮明に思い出せるよ」
スクーターは街を抜けていく。
そして、とうとう入り口を潜ると、ルート62へと出る。
「おい、昼を食うんじゃなかったのかよ」
「あぁ、この先だ」
その後もゆっくりと一本道を進んで行くと、小さな建物が見えてきた。
その姿が次第に大きくなってくると、赤、ベージュ、銀の特徴的な色彩が目に入る。
「ダイナー?」
「そうだ」
「やってるのか?」
「本来日曜は休みだが、今日なら大丈夫だ」
2人を乗せたスクーターは店先に舵を切る。
そこには青いピックアップトラックが鎮座していた。
つい、ネルソンは視線を向ける。
「STIのエンブレム……こんな車種初めて見たぞ」
「車の事が気になるなら聞いてみろ、きっと喜んで答えてくれる」
ファイバーはダイナーのドアを開ける。
ネルソンもこれに続いて、店内に足を踏み入れた。
すると
「いらっしゃいませ、ダイナーにようこそ……なんてな!」
カウンターには金髪の男性が立っていた。
彼はファイバーの後に入店したネルソンに気がつくと、そちらに歩いて行く。
「ファイバーから話は聞いてるぜ。サンドイッチはお気に召したか?」
初対面のネルソンに対して、彼は右手を差し出した。
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