第9話 Blue Colors
ネルソンの朝は早い。
4時過ぎに目を覚ますと身支度を済ませ、まだ誰もいないファイバーの工房に赴く。
すると、“仕事”を終えたヨランダ達が銃を預けにやって来る。
ネルソンはそれを分解して清掃を行い、空になったマガジンには手作業で1発づつ弾丸を詰めていった。
「ったく、なんで俺がこんな事を」
続いて、銃をシューティングレンジに持っていき、試射とサイトの調整を済ませる。
再び工房に戻ってくる頃には大概ファイバーがおり、彼が持参したサンドイッチを朝食に頂く。
日替わりで違う具が挟まっているが、どれもこのご時世には珍しいタンパク原だ。
少し気になったネルソンはファイバーに問う。
「あんたは料理もやるのかよ」
「いや、これを作ったのは俺じゃない。毎朝ここに来る前に外部の商人と取引をしているが、そいつが作ってくれているんだ」
「ふーん」
自分で聞いておいて、興味のなさそうなリアクションのネルソン。
ひとしきり食べ終わる頃には、バラバラと他の作業者が現れ、話し声と機械の駆動音で室内が騒がしくなっていた。
「はぁ……俺も作業に戻るか」
「待て、ネルソン。今日は特別な仕事だ」
タオルを首にかけて席を立とうとしたネルソンだったが、これをファイバーが留めた。
そして、ガスマスクを差し出すと言う。
「お前の専門知識を授けてくれ」
2人はサビ果てたトタン小屋に場所を移す。
そして、ネルソンは作業台の前に立つと、お菓子の缶を加工した爆弾を取り出した。
「俺が使っているのはコレだ。前に話した通り、作動方式は感圧式」
「見せてくれ」
ファイバーはネルソンから爆弾を受け取る。
そしてひとしきり眺めたのち、投げる素振りを見せた。
「おい!!!」
「冗談だ。爆薬は何を?」
「アストロライトという、硝酸アンモニウム系の液体爆薬を紙に吸わせてる」
「そんなもので使い物になるのか。作り方を聞いてもいいか?」
「それが仕事なんだろ?」
ネルソンは薄汚れた黒板の前に立つと、チョークを摘んだ。
「まず材料から。そうだな……この辺りにディーゼルエンジンの車両は放置されてるか?」
「スクラップでよければ、そこらに転がっている」
「なら俺が貰っていく。ディーゼルの排ガス浄化装置には尿素水が使われてる。これを熱すれば簡単にアンモニアが調達できる」
ネルソンはまず、一つ目の材料を黒板に記した。
「次に次亜塩素酸塩。これは漂白剤を使えば楽だ」
「どう使う?」
「アンモニアを酸化させる。そうすればヒドラジンというロケット燃料が得られる。ただ、これは毒性が強い」
「そのためのガスマスクだ」
2番目の材料もリストに加わった。
「最後に硝酸アンモニウム。これは肥料から調達できる」
「映画じゃおなじみだな」
「あぁ、テロリストの代名詞みたいなもんだ。最後にヒドラジンと硝酸アンモニウムを混ぜ合わせれば、晴れてアストロライトの完成だ」
「よく分かった。では、早速材料を集めに行こう」
その後、材料を集めた2人はトタン小屋で爆薬作りを始める。
まずはアンモニアだ。
ボコボコと沸騰する液体と、ビーカーやガラス管で構成された置換容器をガスマスク越しに眺めてファイバーは言う。
「まるで理科の実験だな、子供の頃を思い出す」
「見た目はな。ただ、コレはミスれば大怪我、下手すりゃ死だ」
「スリルがあっていいじゃないか」
ネルソンは慣れた手付きで作業を進め、今度はヒドラジンの方に取り掛かった。
そんな様子が気になったのか、ファイバーはネルソンに尋ねた。
「しかし、こんなもの学校では教えてくれないだろう。どこで習った?」
「習ったとか、そんな大したものじゃない」
「爆薬を1から作れるのは相当な技術だぞ」
「コレはあくまで副産物だ」
ネルソンは1度間を置いた後、まるで他人事のように言った。
「俺はな、路上のガキにヤクを売ってた」
他愛のない話をするような調子で、彼は続けた。
「いや、あれはヤクなんて大したものじゃないな。しょうもない毒物だ。程よく神経がマヒして身体が壊れればそれでよかった」
まるで料理でもしているかのように手際よく、淡々と作業を進めながら。
「ナットクラッカーって聞いたことないか?俺がやってた事はあれに近い」
ナットクラッカーとは、日用品や化粧品などを組み合わせてつくられ、貧困層の若者たちの間で違法に売買されていた密造酒の事だ。
当然口に入れる事を想定されたものではないため、摂取を続ければ重篤な障害を引き起こす。
「まぁ、だからミスって爆発しても責任は取れねぇよ」
「なるほど。だが、俺はその程度では死なない」
「その自信はどこから来るんだ」
「俺は石油プラントに落ちても死ななかったからな」
「噓ほざくな。それじゃあ、お前はターミネーターか?」
喋りながらも手を動かしていたネルソンは、いよいよ最後の作業工程に移った。
「ここからはガチだ。硝酸アンモニウムとヒドラジンを混ぜるが、ゆっくり適切にやらないと爆発する」
「どうしてそう言い切れる」
「ヤクのツケ代わりにやらせた奴が、目の前で爆死した」
「ん、気をつけよう」
ゆっくりとビーカーを傾け、ガラス棒を橋渡しに液体を注いでかき混ぜていく。
ネルソンは最後まで注ぎ終えると、ビーカーをゆっくり作業台に置いた。
「完成だ」
「おお……しかし、これだけだと実感が湧かないな」
「あぁ、だから」
ネルソンはスプーンで少量液体を掬い、部屋の外の地面に撒いた。
そして、銃を取り出し撃つ。
その直後、砂岩が大きな音を立てて弾け飛んだ。
「な?こういう使い方もできる」
「これは面白い」
「気に入って貰えたか?なら、ボーナスでも……」
「あぁ、そのマスクはお前にくれてやる」
ファイバーはそれだけ言うと、自身を呼びに来た仕事仲間の元へと行ってしまった。
「……クソが」
トタンのボロ小屋で1人毒づくネルソン。
彼の借金生活は暫く続く。
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