第8話 Falling Down


「14万!?噓だろ!!」

「いえ、本当です」

「ぼったくりだろ!!」


ヨランダが病室のカーテンをめくると、そこには担当医とベッドの上でヒートアップしたネルソンの姿があった。


「事前の説明じゃ8万って言ってたよな!?」

「当初想定されていたプランではそうでした。ですが、貴方の意思で麻酔を使用した上に、傷内部の状態も劣悪でしたので」

「俺は合意してない!」

「契約書に記述があります。お気になさらない場合は“元に戻す”事も出来ますが?」

「ふざけやがって……」


彼と行動を共にしていた4人は、案の定といった様子でこのやり取りを眺めていた。


「麻酔使うとクソ高いよね」

「普通の人はメルみたいに無麻酔で手術出来ないし」

「まぁ、こうなる気はしてたけど……」



ヨランダはネルソンと医師の元に加わると、金塊をひとつ取り出しベッドに置いた。


「私が払う。後で料金分の弾薬を持ってこさせるから、これと引き換えて」

「畏まりました。では、そのように」


医師は金塊を拾うと部屋から出ていく。

ネルソンはヨランダを睨みつけて言った。


「何のつもりだ!?これは俺の問題だぞ!」

「でもお金ないんでしょ。見ず知らずの町で、他に貸してくれるアテでもあるの?」

「お前らの雇い主は俺だ!口出しするな!!」

「で、そのことなんだけど」


ヨランダは上着のポケットから鍵を取り出す。

それはネルソンの車の物だった。


「いつの間にそれを……」

「私はこの車を担保に医療費を貸し付ける。貴方は私の下で働いて、これに利子をつけて返済すればいい。簡単でしょ」

「は……?」


要するに下剋上が起きたわけである。

ネルソンは突然の事に思考が追い付かず、頭を抱えた。


「これが俗に言うM&Aってやつか」

「はぇ~よらピと学ぶ経済学シリーズ来る?」

「そんな大した事じゃなくて、ただネルソンがアホなだけな気がする」


実際、傭兵相手に気を抜いて足元を掬われた形なわけだ。

何せ、オアシスに行くことを勧めたのも、医者を紹介したのも、他でもないヨランダである。

こうして、ヨランダ達は当初のギャラ以上の額を、ネルソンから巻き上げる事ができる。


「俺をハメたな」

「まぁね。ただ、生き延びたいっていう貴方の意思を尊重するなら、どの道こういう提案をする事になるけど」

「あ ほ く さ」


ネルソンは非常に苛立っていたが、同時に自分の至らなさにも嫌気が差していた。

彼はベッドに大の字に倒れると、呆然と天井を眺める。

その様子を見て、キュベロはヨランダに言った。


「近場で出来る配達探してくる」

「お、あたしもついてこ」


メルも一緒に部屋から出ていく。

続いてイーライが


「墓参り、行ってくる」


そう言って病室を出た。

最後にヨランダがメモに走り書きをすると


「貴方に世話役をつけた。これからの事は彼から聞いて」


その場を後にする。

病室に1人残されたネルソンは暫く放心した後


「あぁ~~~~!!クソッ!!!」


枕を殴るとベッドから起き上がる。

そして、グルグル巻きの包帯の上からコートを羽織り、メモに記された場所へと向かった。





初日は到着即入院だったため、ネルソンはこの時初めてオアシスの街を歩いた。

確かに聞いていた通り人通りは多く、多数の建造物が目に付く。

しかし、その大半は手作業で無謀な増築が繰り返されており、さながら新興国のスラム街のような趣だった。


「バイクがやたらと走ってる。燃料プラントがあるのは本当なのか」


彼はメモに記された地図に従い裏路地に入った。

しばらくすると、大きなプレハブの建物が並んだ区画に出た。


「何かの工場か……?」


ここまで来ると、目的地は目と鼻の先だった。

建物までやって来たネルソンはドアの前に立ってノックをしてみるが、特に反応は無い。

試しにノブを引いてみると、鍵はかかっていなかった。


「誰も、いない?」


ネルソンはゆっくりとドアを開く。

電気は全て消えており、薄暗い室内には多数の機械が鎮座していた。


「これは、ガンスミスの工房……」


機械の正体に気が付いたネルソンは、興味を引かれて敷居を跨いだ。

その時


「何してるんですか」


突然、背後から声をかけられる。

慌てて振り返ると、そこには細身の青年が立っていた。


「あっ!違う!俺は、その……コレだ!」


ネルソンは挙動不審になりながらも、ヨランダのメモを青年に見せた。


「あぁ……話にあった人か」


青年はこれを見て何かを理解したらしい。

ネルソンに背中を向けると言った。


「こっちです。ついて来てください」


青年は壁に沿ってスタスタと歩き始める。

そして建物裏のガレージに回ると、シャッターを開いた。

そこでは、大柄な男が溶接作業を行っているところだった。

青年は少し大きな声で言う。


「連れてきましたよ、ファイバーさん」

「悪いね、アントン」


これを受けて、男は作業の手を止めるとネルソンの方へと歩いてきた。

溶接マスク姿の大男から見下ろされ、ネルソンは思わず生唾を飲み込む。

数秒間、大男は無言でネルソンを見下ろしていたが、ある時唐突に口を開く。


「コートの裏に仕込んでいるのはグレネード、それとクレイモアか?」


ネルソンは不意を突かれて一瞬思考が停止したが、我に返るとすぐに答える。


「いや、俺が自作した爆薬だ」

「ほう。信管の作動方式は時限式か?」

「感圧式だが意図的なラグがある。BLU-43散布地雷を参考にした」

「なるほど、興味深いな……」


そう言うと大男はマスクを外し、大きな手を差し出した。


「俺はファイバー、銃器技師だ。ヨランダにお前の面倒を頼まれた」

「俺は、ネルソン」

「聞いてるよ。色々と災難だったな」


ファイバーは握手を交わすとネルソンの背中を叩く。

手術の傷が癒えていないネルソンは思わず叫んだ。


「あぁそうか、病み上がりだったな。すまない」


ファイバーはそう言いながらガレージの奥へと歩いて行く。

そして、棚から革手袋を取り出すと、ネルソンに投げ渡した。


「だが仕事は山ほどある」

「そうかよ。で、いつから始めるんだ?」

「無論、今からだ」


さも当たり前のように、そう言うファイバー。

ネルソンは本日何度目かの絶望を味わった。


「噓だろ……」

「いや、本当だ」

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