第5話 Elite of Hentai Soldier


既に日は落ちたころ、ネルソンとキュベロは目的地である、とある集落に到着した。

とても歓迎されているようには見えない視線を周囲から受けながら、通りをゆっくりと進んでいく。

やがてネルソンは車を止めると、明かりが灯る建物に向けて歩き始めた。

日が落ちても人が集まっている場所といえば、クラブやバーの類だ。

つまり、酒が手に入る可能性が高い。

ネルソンはそのまま入口を潜る。

想像していた通り、そこにはカウンターとテーブル席が置かれていた。

彼はそのままカウンター席まで歩いて行き、腰を下した。


「一番強い酒をボトルで」


そう言って、チタンのアクセサリーをカウンターに置く。

値段の交渉もせずに、明らかに盗品である貴重品での支払い……とてもじゃないが品がある振る舞いとは言えない。

当然、店中の視線を集める事となった。

静まり返った店内でただ一人、キュベロが頭を抑える。


「馬鹿なのかな……」


呆れた様子でそう言うと、一度腕時計に視線を落とし、踵を返して店から出た。

そんな彼女をよそに、体格の良い店主はボトルを取り出すとカウンターに置いた。

それに手を伸ばすネルソン。

だが、ボトルに触れた瞬間その上から腕を掴まれる。


「お前だろ?ネルソンってのは」

「……は?」


続いて、テーブル席に座っていた男が2人立ち上がると、ネルソンの身体を後ろからカウンターに叩きつける。

そして、そのまま両腕と肩を押さえつけ身体の自由を奪った。


「クソッ!放せよ!」

「わざわざそっちから出向いてくれるとは思わなかったぜ。ありがとな」


店主はネルソンに視線を合わせて笑う。

彼はアイスピックを取り出すと、ペン回しのように弄んだ。


「お前のとこのフィクサーからウチに卸される予定だったブツ、そいつを受け取りに行った弟と仲間が、いつになっても戻って来ねぇんだよ。おかしな話だよな」

「なに……?」

「ブツの場所を教えろ」


背後の男がネルソンの手首を掴んでカウンターに押し付ける。

そして、店主が力ずくで指を広げさせ、その間にアイスピックを突き立てた。

彼はいわゆる“指ナイフ”の要領で、少しづつテンポを上げながら、指の間にピックを振り下ろしていく。


「早いとこ教えてくれねぇと、疲れて手元が狂うかもしれねぇな」

「知らねぇモノは答えようがねぇだろ」

「強気だな。それが何時まで持つか」


アイスピックのスピードは、次第に目で追えないほどになっていく。

ネルソンは身体に力を込めたが、抜け出せる兆しは全く無かった。


「そろそろ思い出したか?頃合いだと思うんだが」

「知らねぇっつっただろ」

「……そうか」


ドスッ!


アイスピックが勢い良く振り下ろされる。

突き刺さったのは、骨や神経が集中する手の甲の真ん中だ。

手元が狂ったとか、最早そういう次元ではない。


「ぐあっ!!」

「目、覚めたか」

「始めから、シラフだっつの……」

「ホントかぁ?それなら質問に答えられるはずだけどなぁ」


店主は突き刺さったピックを回して傷口を抉った。

ネルソンは食いしばった歯から呻き声を漏らして悶絶する。

だが、ある時唐突に口を開いた。


「荷物は知らないが……弟の方なら教えてやる。ルート62を2時間真っ直ぐ行けばいい」


汗に塗れた顔を上げ、店主の目を睨みつけ、言った。


「そこで綺麗に焼けてるぜ。いやぁデブってのは良い燃料になるんだな」


ピタリと店主の手が止まる。

直後勢い良くアイスピックを引き抜くと、これを握ったままネルソンの顔を思い切り殴り飛ばした。

衝撃がモロに脳を揺らし、間もなく鼻血が噴き出して来る。

そんなネルソンに背を向けた店主は、カウンターの奥からケースに収まったリボルバーを取り出す。

そこに6発弾丸を込め、シリンダーを勢い良く回転させると、銃口をネルソンの眼前に向けた。


「正直者にはサービスだ。おら、趣向を変えてやるよ」

「6発入ってるように見えるのは俺の気のせいか?」

「うち5発はホローポイント、即死はしねぇ。代わりにてめぇの身体の中で、綺麗な銀色の花が咲くぜ」


店主はハンマーをコッキングしトリガーに指を添える。


「さて、お前は何発耐えられるかな」


人差し指に力が込められる、その時だった。


バァン!


店のドアが勢いよく開いた。

その衝撃で、窓枠に置かれていた植木鉢が落ちたほどだ。

ドアを開いた張本人であるサングラスの男は、豪快な千鳥足で店内に踏み入ると、酒瓶を片手に踊りながらカウンターへと向かってくる。

そして、ネルソンを押さえつける男の1人に肩を組むと、自分が口をつけた酒瓶を押し付け言った。


「兄ちゃん……最近どうなん?」


余りにも脈絡のなさすぎる言動に、場の空気が凍りつく。

数秒間時が止まったように各々は沈黙したが、ある時唐突に絡まれた男は無言でサングラスの男を殴った。


「あんっ」


喘ぎ声を上げてのけぞるサングラス男。

だが、大きくふらついたかと思えば、ポップスター顔負けのターンで酒瓶を振りまわし、男の後頭部を強打した。

事故のようにも見えるが、それにしては出来すぎている。

見かねたもう一方の取り巻きが銃を抜いた。

だが、弾丸が放たれるよりも先に、サングラスの男は足をカウンター席に引っ掛けてコケた。

と、同時に蹴り上げられた椅子が男の顔面を直撃、彼は銃を落として倒れ込んでしまう。

一方、転んだサングラスの男の方は酒瓶を失くしてしまったようだ。

地面に座り込んで赤子のように泣き出す。


「なんだ……この、変態は!?」


店主の男は得体の知れない相手に恐怖すら覚えつつ、ネルソンを片手で封じ込めるとリボルバーの銃口を変態に向けた。

一方、その変態サングラス男は、近くのテーブル席に酒瓶が置かれていた事に気が付いた。

そして、つかまり立ちをしようとしたが、店主が発砲した瞬間にテーブルごと倒れて弾道を回避する。

転んだ変態はまた泣いた。

だが、床に落ちた酒瓶を見つけるとピタリと泣き止む。

彼はゆっくり転がっていく酒瓶を、ハイハイで追いかけ始めた。


「あぶ……あぶ……」


店主は本能的な不快感に顔を歪ませながら、震える手で引き金を引いた。

しかし


「弾が当たらねぇ!」


変態はハイハイで弾丸を避けている。

最早蚊帳の外になりかけているネルソンは、率直な感想が口から洩れた。


「俺は、何を見せられているんだ……?」


風邪を引いた時に見る悪夢のような光景が、目の前では繰り広げられている。

とうとう弾切れになった店主は、ネルソンの背骨を殴って床に転がすと、アイスピックを握ってカウンターを乗り越えた。


「俺の店から出ていけ!!」


店主はそのまま変態の方へと突進、アイスピックを勢い良く振り下ろす。

この時、変態の顔から笑みが消えた。

彼は酒瓶のコルクでピックを受け止めると、瓶を回して店主の手首をねじり、腕周りを素早く固定。

すぐさま姿勢を落として懐に入り込むと、突っ込んでくる力を利用して、担ぎ上げるように背面に投げ飛ばした。

宙を舞った店主はそのままテーブルに激突、イスとテーブルの破片に包まれ昏睡してしまった。

そして、変態サングラス男の方はというと、右手を真上、左手を左に向け、時計の3時を表すような謎の決めポーズで直立していた。


「何なんだ、マジで……」


床に転がるネルソンは、いまだに状況が理解できない。

自分は既に死んでいて、これは地獄の光景なのだと言われた方がまだ納得できた。

と、その時、倒れていた店主の取り巻き2人が、ゆっくりと身体を起こそうとしているのが見えた。

ネルソンは咄嗟に身構えるが


「変な気は起こさない方が身のためよ」

「そうそう、せっかく拾った命なんだからさぁ」


いつの間にか店内に侵入していた2人が、取り巻き達に銃を向けて制止させていた。

それはサブマシンガンMicro Uziを携えたマウンテンパーカーの女と、LMGであるM1918を片手で構える涼しげな格好の女だった。

そして、ふと店の入口に視線を向ければ、シガリロを咥えたキュベロの姿があった。


「ほら、連れて来たよ。傭兵」


まさに有言実行。

こうして九死に一生を得たネルソンは、腕利き(?)の傭兵たちと邂逅を果たすのだった。

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