第10話
様々な音楽が奏でられていく。
時間に限りがあるためすべてフルで聞くわけにはいかない。
調べたいものとしては『Aメロ』『サビ』と言った部分における心情変化。
ジャンルの異なる音楽での心情変化。
歌があるかないかにおける心情の変化となる。
先ほどまで怒りに包まれていた千賀美も今では心地よく音楽を聴いている。
これから千賀美に睨まれたときにはとりあえず、音楽を聴かせてあげよう。
「これで、全部聞いたようだな」
「もう、すっかり暗くなってしまいましたね」
言われて外を見ると昇っていたはずの太陽はすっかり西の彼方へと沈んでいってしまっていた。
「それはあれだけ音楽を聴けば、日が沈んでいるのも当たり前だな。とりあえず、ある程度サンプルも採れたことだし、この辺にしておこう」
すべて聞き終えたところで片付けに入っていく。
俺はおかれていたCDを競り整頓して段ボールにしまう。
「ごめんなさい。これからバイトがあるので先帰っても良いですか」
すると依頼人が、恐る恐る声をかける。
メンツがこれでは咎められると思ったのだろう。
「分かった。その前に一つだけ。もう彼女にはデートの誘いはしたのか」
「ええっと……まだです」
「そうか。なら、これを持って行け」
俺はポケットの中からチケットを取りだし彼に渡す。
「コンサート?」
依頼人はチケットに書かれた文字を抜粋して言葉にする。
「オーケストラのコンサートだ。それを使って誘え。人間自分の行きたいモノがただでいけるなら乗らないなんてことしないだろうからな」
「あ、ありがとうございます。今日、早速誘ってみようと思います」
依頼人は意気揚々と扉を開け、教室を出て行った。
やれやれ、感情が表に出やすいタイプだな。
「よくあんな、豪華そうなチケット手に入れましたね。もしかして、また研究費使ったんですか?」
「ちげーよ。知人からもらったんだ。俺がそんな意味の分からんところで研究費使うと思うか」
「はい、使うと思います」
千賀美は自分のかけている眼鏡に手を添える。
「意味の分からないことはないだろ! 今日も大活躍だったじゃん。眼鏡型サーモグラフィー!」
「これ、ずっとかけていると頭痛くなってきますよね」
「そこは追々慣れていくしかないだろ。それよりも……」
俺はポケットからあるモノを取り出す。
「忘れないうちにお前にも渡しておかないとな」
「これ、さっきのチケットじゃないですか。一体何枚買ったんですか?」
「買ってないって言っただろ。もらったんだよ。四枚な」
「それで、私と久友先輩行くんですね。なら、私から誘いますからもう一枚もらっても良いですか?」
「待て待て。何故もらった俺がいけないなんてことがあるんだよ」
「私を誘うと言うことは、自動的に久友先輩も誘うということです」
「なんだよ、そのセットメニュー。今日一緒に聴いた仲だろ」
「先輩とは仲になったつもりはないんですけどね」
「この前、男から救ってあげた借りがまだ返されてないな」
「っ!」
千賀美は目を開け、口ごもる。遊園地での出来事を出せば、今の俺は千賀美に対して無敵な気がするな。
「わかりました。さすがに借りは返さなければいけないですね」
照れたのか俺から視線をそらすと帰りの支度を初めていく。
自分のカバンにしまっていくと席を立ち上がり、扉の方へと歩いて行った。
「先輩は本当にずるい人ですね。あの時の先輩はかっこよかったんですけどね。それじゃあ」
最後に捨て台詞を吐いて、講義室を出て行った。
たくっ。律儀なくせに素直じゃないやつだよな。
誰もいない教室で微笑を漏らしながら俺も帰りの支度をすることにする。
「っ!!」
その瞬間、俺はあることに気づいた。
目の前に置かれた段ボール。一体これは誰が運ぶのかと。
今この講義室に残されているのは俺しかいない。必然的に運ぶ人物は決められる。
「千賀美ーーーーーーーー!」
今はもういないその人物の名前を俺は叫ぶことになった。
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