第9話

 少し時間が経ったところでドアのたたく音が聞こえた。


「……」


 隣の千賀美はキーボードのたたく手を止めない。行く気はないようだ

 席を立ち、ドアの方へと足を運んでいく。


「持ってきました。はあ……はあ……」


 依頼人は部屋へ入ると限界だったのか、すぐにその場に崩れ落ちる。

 最後にそっと段ボールを置いたのは褒めるべきところだな。


「ご苦労、後は俺が運んでおくよ」

「すみません、ありがとうございます」


 依頼人の言葉を片耳程度に聞きつつ、段ボールを持ち上げる。

 重っ!

 率直な感想が漏れる。これを少し離れた棟からここまで持ってきたのか。それは今こうして座れ伏しているのも無理はないかもしれない。


 俺なら、この棟一階から三階へ運ぶだけでも力尽きそうだ。

 段ボールを抱えてCDプレイヤーのあるところまで持っていく。

 依頼人に見習って、そっと段ボールを置くと、もっていたはさみで封を開けた。


「たくさんCDがは言っているんですね」


 千賀美の言うとおり、中には大量のCDが入っている。


「J-POPや洋楽、クラシックなど多種多様な音楽が入っている」

「それを使って何をやるんですか?」

「実験さ。どういった音楽を聴くと人間の感情がどう変化していくのかの検証」


「結局、研究関係なんですね」

「それも一理あるが、それだけじゃない。お前の思い人の好きなモノは」

「音楽です」


「そう。ということで今のうちに色々と聞いておくと話のバリエーションも広がるからな。それに彼女の情報をもらうときに新聞部の記事を作らなければいけない約束をしたからな。この実験を記事にしようと思っている」

「まさに一石三鳥ってことですね」


 最後の決め台詞は千賀美に取られる。先ほど嫌みを言ったことによる弊害だな。


「ということで、早速取りかかるとしよう。ちょうど今、平常心、疲弊、怒りの三つのパターンができあがっているからな」

「え、怒りって」

「……」

「あ、なるほどです」


 依頼人が質問するより早く自ら気が付いてくれたようだ。


「じゃあ、始めるぞ」


 そう言って、俺はCDをプレイヤーへと入れていった。

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