第3話

5月12日


 約束の16時まで残り30分ほどの時刻。

 菱谷からもらった彼女のプロフィールを眺めながら今後の動きについて考えていた。

 それにしても菱谷が奮発しすぎたのか、5枚にも及ぶ文量で彼女の情報が並んでいる。おまけに写真付きだ。

 その中から使えそうな情報を探っているのだが、内容を見ていると菱谷が化け物レベルの情報網を持っていることが分かってくる。

 あいつどうやって仕入れているんだ。思考はいつしかそちらに傾きつつあった。


「それ、桐子ちゃんからの情報」


 俺の眺めている資料が気になったのか久友が声をかけてくる


「ああ、相変わらず化け物じみた内容だ。よくここまで調べられたもんだな」

「さすがは桐子ちゃんね。この前の祐くんの情報もすごかったから」

「こんなことするから留年しちまうんだよな。っておい! 今なんて言った」

 久友のやつ、今俺の情報がどうとか言っていなかったか。

「ごめんね。幼なじみだからさすがに祐くんのあれこれを知っておこうと思って」

「完全に私欲だろ!」


 俺何もしてないよな。研究関係以外、特に目立ったことはしていないよな。


「でも、街の子をナンパなんて見境のないことしてたのは悲しかったな」

「先輩、そんなことしていたんですか。最低ですね」


 隣の千賀美が追撃する形で話に入ってくる。こいつが来ると色々と面倒くさいな。


「ただの研究の情報収集だ」


 菱谷のやつ、情報に嘘を交えるのはよろしくないだろ。今度会ったときに文句の一つや二つ言っておかないとな。


「大体、俺がナンパするような男に見えるか?」


 俺の言葉に二人は考えるそぶりを見せる。


「先輩の場合ですと、しても失敗しそうですね」


 千賀美は嘲笑するように答えを出す。お前、失敗するシーンを思い浮かべて笑うとかほんと解せない性格してやがる。


「でも、失敗しても祐くんには私がいるから大丈夫よ」


 久祐は慰めるように俺へと微笑みかける。千賀美とは違って、久祐は優しいな。千賀美とは違って。


「……」


 千賀美は久友に優しくされる俺を見て嫉妬する。自分がまいた種なんだから俺を睨んでもな。


「こんにちはー!」


 三人で話していると元気な声が割り込んできた。

 苗須 麻保(なえず まほ)。俺たちの研究室の最期の一人だ。

 ひまわりが咲いたような元気いっぱいの笑顔は彼女の性格をそのまま表している。この研究室の中ではムードメーカー的存在であるだろう。


「いやー、どうにか間に合った。依頼の子も一緒だよ」


 苗須が研究室に入ってくると後ろにいる男子学生が視界に入る。


「こんにちは」

「来たようだな」


 全員そろったところでこれからの行動について話を進めることにした。

 前と同様、テーブルを挟んだソファーに座り、進めていく。

 違うところと言えば、座っているのが男子学生、真藤、千賀美、苗須であるところだろうか。俺はホワイトボードを持ってき、立ちながら説明していくことにする。


「先に昨日はいなかったが、そっちの苗須も内の研究室の学生だ」

「よろしくね~」


 苗須は元気よく男子学生に向かって挨拶する。


「よろしくお願いします」


 誰彼構わず元気に話しかけてくれるのは苗須の長所だ。すぐに男子学生と打ち解けていた。


「それで、一応菱谷に頼んで彼女の情報についていろいろと収集しておいた。その中でも使えそうな情報をホワイトボードに書いていこうと思う」 


 写真を貼り、ペンで一つ一つ情報を書いていくことにした。

 こうしてみると警察の身元調査のような感じに見える。『容疑者……』と言ってしまいそうだ。

 5枚にも及ぶ多大な情報だ。書くのも結構な労力を要する。


「ちょっと待ってください」


 書いていると男子学生が驚きの声をこちらへと上げてくる。


「どうしたんだ?」

「えっと、そのTNL3回とかUSN2回とかって何ですか?」

「これか。高校時代彼女が行ったことのある場所と回数だ。ここからそこそこアウトドア派なのがうかがえるな。デート場所に遊園地は欠かせないかもしれない」

「いえ、そういうことじゃなくて。どうしてそんな細かいところまで知っているんですか?」


 さすがに男子学生も不気味に思っているようだ。たしかにここにいる四人全員今はこうして何も思わずに、むしろ尊敬してしまうくらいに思ってしまっているが、初見では目を疑ったからな。


「調べてもらったんだからそんな文句を言わないの」


 俺に代わって、千賀美が男子学生を咎める。


「かなり理不尽ですね」

「とりあえず、話を進めていくぞ」


 俺たちは菱谷からもらった情報を元に誘えそうな場所をいくつかピックアップすることにした。


 音楽好きでアウトドア派であるならば、ある程度の場所でも楽しめそうなモノだ。

 それから美術系も心得ているのだから最悪どこでも誘えるのではないかと思ってしまう。 だいたい五つ、六つほど候補を挙げていく。


「よし、行く場所は決まったようだな」

「じゃあ、次は下見のペア決めかな」


 候補が決まったところで次なる指示が久友から出される。


「下見とかするんですか?」

「ええ、もちろん。女の子はね、自分のために色々と調べくれた人に関心を持ったりするのよ」

「なるほど」

「と言うことで、ペアを決めるんだが。まあ、普通にくじでいいか?」

「はい! わたし、そういう系のアプリ持っているのでそれで決めましょう!」


 苗須は携帯を取り出すと指で色々と操作をした後、テーブルの上に携帯をのせた。


「五人だけど、どう決めようか?」

「お前は恋愛経験をしたことがなかったんだよな?」

「ないです……」

「なら、俺たち四人で決めて女子二人になった方に入ってもらうのが一番だな」

「はいはーい、なら千ちゃんと久友先輩と祐翔先輩とわたしで。ルーレットスタートッ!」


 そう言って、スイッチを押した。あみだくじ形式でAとBどちらに行くかを決める形式のようだ。五人で画面を覗く。とくに誰でもかまわないが少し気になるのも確かだ。


 そうして結果が現れた。俺の相手は……

 千賀美だった。

 猛烈にイヤな視線が俺に襲いかかる。

 訂正しよう。できれば、千賀美とはペアになりたくなかったかもしれない。


「諦めろ、千賀美。なってしまったモノはしょうがない」

「別にイヤなんて言っていないですけど」

「表情に出てるんだよ」

「……」


 どうやら、そう思っているらしい。

 だが、千賀美はチラチラと久友の方を見ていた。

 なるほど。久友とペアになりたかったのか。わかりやすいやつだな。


「ということでお前は久友と苗須のと一緒に行動だ」

「よろしくね」

「よろしく。これから頑張ろうね!」

「は、はい。よろしくお願いします」


 男子学生は気分揚々なテンションで答える。たしかに千賀美にはさっき咎められてたもんな。

 あいつのやりやすい環境が一番良いペアになったかもしれない。

 ただこっちとしてはかなり複雑な空気になりそうだ。


「ペアが決まったところで今度は下見の場所を決めていこう」


 未だに納得していない千賀美を横目にさらに行動を深めることにした。

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