第2話

 菱谷 桐子は新聞サークルの部長を務めている人物である。

 毎月出る校内日誌『にがあまっ!』はこの大学の学生にかなりの人気を集めている。


 一枚200円と普通の新聞に比べて若干高い値段を誇っているが、中身の情報としては面白いモノが多い。学内恋愛事情とか、大学七不思議など。

 そのため彼女の情報網はとても幅広い。きっと、この一ヶ月で一年生の半分くらいの情報は集められているのではないだろうか。

 もし、仮に情報を手に入れられていなかったとしても彼女なら一日もあれば仕入れてこれる。


 歩みを進めることで彼女のいる棟の中へと入っていった。

 新聞部の活動をしている講義室の中へ入ると数人の学生が必死に目の前の自分のPCと対峙している様子が視界に入ってきた。

 まだ五月の初旬だというのに締め切り間近のような雰囲気だ。


「おっ! 神鳥先輩ではないですか。今日はどうしたんですか?」


 張り詰めた雰囲気であるにもかかわらず、ひときわ元気な声でこちらへと話をかけてくる者がいた。


「お前、菱谷か?」


 前は金髪だった髪は赤色に染められていた。そのため気づくのが遅れた。


「はいっ。今年は情熱たぎる赤色にしてみました」

「お前、大学四年生だろ……」

「ふふふっ、大学四年生ではありますが、残念ながら私には四年生が二回あるのです」


「ちゃっかり留年したのか。それは本当に残念だな。ちゃんと学業にも勤しめよ」

「ふっふっふ。それはどうでしょう」

「その台詞、この場合に使うにはかなりかっこ悪いぞ」


「まあまあ、私事情はおいておいて今日はどうしたんですか?」

「そうだ。菱谷に少し頼みたいことがあったんだ。今依頼が来てな。ある女子学生について知っている情報を教えてもらいたいんだが」

「いつものやつですね。良いですよ。では、こちらに来てください」


 菱谷は俺を招くと自分の席と思われる場所に座る。

 目の前のPCをいじり始めると、ある画面を開いた。


 タイトルは『大学一年生プロフィール』と書かれている。

 内容は文字通り、新入生の名前と情報がびっしりと書かれたモノが表になっていると言った感じであった。


 俺の推測通り、半分ほどの学生の情報がすでに埋められている。二〇〇名ほどの人物の情報を一ヶ月で収集するなんて本当に化け物みたいなやつだ。


「ではその子の名前を教えてください」


 俺は菱谷に女子学生の名前を教えた。

 菱谷はスクロールしてその子のいるであろう位置を探している。

 見る限り、学部別五十音順で並んでいるようだ。


「どうやら、まだ仕入れていない子みたいですね」

「そうか。大体いつぐらいには仕入れられそうだ」


 仕入れるなんてかなり特殊な言い回しだが、菱谷とずっとしゃべっているといつしか慣れてしまっている自分がいた。


「神鳥先輩は、相変わらず人の扱いが雑だな。そうですね。明日の昼までには仕入れておきます」

「分かった。じゃあ、また明日の昼に来るな」

「はい、お待ちしております。でも、その代わりちゃんと記事を一つ作ってくださいね」


 俺たちもギブ&テイクの関係性を持っている。菱谷が情報を仕入れてくれる代わりに俺は菱谷の持つ『にがあまっ!』の記事の一つを任されることになる。俺の分野である『感情と身体の影響』について少しポピュラー向けにアレンジしたモノを記事にする。


「任せておけ」

「いや-、一つの記事がなくなるのはこちらとしてはかなり助かりますね。この時期は情報収集がメインなので、記事書くのに手間がかかるんですよね」

「どおりで学生たちが四苦八苦しているわけだな」


「はい。今年も色々と面白そうな子たちが来てくれたので、ありがたいばかりですね」

「それは良かったな。じゃあ、また昼に来る」

「はいはーい、お待ちしております」


 とりあえず、昼までに仕入れることができるなら明日の集まりまでにはなんとかなりそうだな。今日はもう何もできなさそうだし、研究室で研究を続けるとでもしよう。

 扉を閉め、俺は再び自分の研究室へと戻っていった。

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