[過去話]赤β(ベータ)の思い出



 久しぶりの過去話です。

 PV見てると、過去話しか読まない方もおられるようで。

 まあ、梶野的には読んでくれるなら何でも大歓迎。

 お恥ずかしい体験談を、大盤振る舞いしたいと思います。


 さて。今回のネタは、大学の文芸部時代のお話です。

 「赤βって何やねん」とお思いでしょうが、まずはβについて説明しましょう。

 赤については、また後ほど。


 β(ベータ)というのは、文芸部発行の月刊誌です。

 二回生になり、編集長の座についた私が最初にぶち上げたのがこのβでした。

 当時、文芸部は大きなイベント(学園祭とか)ごとに本を作る程度。

 せいぜい季刊誌くらいの発刊ペースでしたが、もっと書こうよと。

 毎月本を出し、書く機会を増やせば、弱小文芸部も活発化するはず。

 そんな目論みでスタートした新雑誌……ではありませんでした。


 はい、そうです。前に過去話で書いた通りです。

 このβは、私が「連載小説を書くため」に始まったのです。

 完全にエゴ、編集長の独断専横です。

 まあ、大義名分も嘘ではないですし、部は盛り上がりましたけどね。


 βの本当の名はもっと長いのですが、身バレが面倒なので略式で。

 元々文芸部にあったメイン誌にβをくっつけた、安易なネーミングです。

 卒業後にメインが消え、βだけ残ってると聞いて複雑な気分だったり。

 掲載ジャンルは無制限。書けば何でも載せる闇鍋本です。

 誌面の三分の一くらい私が書いてました。原稿落とさなければでしたが。

 

 当時の文芸部は同好会扱いで部費のもらえない貧乏サークルでした。

 なのでβも大学の印刷機を利用したガリ刷りです。

 お世辞にも綺麗じゃないですが、まあ文章メインですし、とにかく安い。

 毎月、無料配布できたのも安いからこそです。


 βは上下二段組で50ページくらい。毎回70冊ほど刷っていました。

 実質負担は紙代くらいで、印刷やら製本作業は人力で賄います。

 印刷機の使用時間は限られていたので、調子が悪いとピンチになったり。

 この印刷機がボロで、よく止まるんです。それも愚痴言った直後に。

印刷機やつの機嫌を損なう」という理由で、作業中に緘口令かんこうれいが敷かれたり。

 まあでも、夜中に皆でわいわい本を作るのは楽しかったです。

 

 さて、そうやって完成したβをどうしたかと言いますと。

 部員に配り、ストックを引いた40冊ばかりを、学内に配布してました。

 当時はネットもほぼなく、外部の読者なんて見込めません。

 コミケとかも縁遠く、とにかく読んでもらいたい一心でばらまいたんです。

 掲示板の「自由にお取りください」のコーナーとか。

 図書室の雑誌棚とか。食堂のテーブルとか。

 βを読みながら飯食べてる学生を初めて見て、感動しましたっけ。

 

 とはいえ、配布したβに感想がもらえるわけもなく。

 やはり感想が欲しいよねということで、さらに工夫しました。

 雑誌にアンケート用紙を挟み、掲示板に回収箱を設置したんです。

 もちろん学校の許可は取りましたが、今思うと恐るべき行動力です。

 さて、結果はというと……一通も戻ってきませんでした。

 まあ予想通りですけど、やらなきゃ確実にゼロですからね。


 そんなダメ元アンケートを開始して数ヶ月。事件が起こります。

 いつも空だった回収箱に、何か入っていたのです。

 その中身は、アンケート用紙ではなく、βそのものでした。

 一冊のβに、赤ペンでぎっしりと感想が書き込まれていたんです。


 誤字脱字の校正から、語句の間違い、表現のチェック。

 作品ごとに数行の感想まとめがあり、内容は的確でした。

 全作品にこれを書くのですから、並の労力ではないはずです。

 おまけに達筆。送り主が只者でないことは、すぐに見て取れました。


 部員が騒然となったのは言うまでもありません。

 もちろん、私も大喜びです。

 図星かつ痛烈な批評をされても、感謝しかありません。

 しかもこの添削、それ以降も毎月続いたのです。

 いつしかこのβは「赤β」と呼ばれ、回し読みされるようになりました。


 アンケートが釣り上げた思わぬ大物読者に、私は得意満面でした。

 やはりチャレンジは大事だな、と思いを新たにしたものです。

 書き手としても「次こそ赤βに認めさせてやる」とやる気になりました。

 実際、何度か高評価を得ましたし、毎月楽しみにした記憶があります。


 その赤βですが、半年ほど続いた後、あっさりと消えてしまいました。

 まあ、約束したものでなし、仕方なくはあります。

 果たして、どんな人物が書いてくれてたのだろうか。

 部内でそんな話を振ると、驚きの答えが返ってきました。


「あれ、S先輩やろ?」


 S先輩とは、例の文芸部の創始者です。

 若くして亡くなられ、私が文章に戻るきっかけになった方です。

 当時すでに卒業されてましたが、下手な部員より部室に出没してました。

 空いた口の塞がらない私に部員曰く、「筆跡でわかるやろ」と。

 言われてみれば……あの達筆、見覚えがある気がします!


 かくして赤βは、部内の壮大なサプライズとして終了しました。

 私の追及に、S先輩はニヤリと笑って一言、「バレたか」と。

 いかにも文芸部らしい、S先輩らしいエピソードです。

 あと、私らしい間抜けなエピソードだなーと。

 他の部員は、ほぼ全員が気づいていたそうですからw


 ですが、あの半年間。私は本当にわくわくしていました。

 あの時の感動が、今の梶野の執筆や感想に繋がってる気がします。

 今年のお盆には、先輩の墓参りに行こうかなと。

 その折りには「ついにネタにしましたよ」と言ってやるつもりです。

 

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