第26話 孤高であり続けるために
もし、楽希くんが一緒に死んでくれるなら……なんて考えたことはたくさんあった。僕のことを普通の人間として受け止めてくれる楽希くんと死んでしまえば、僕は普通の人間として最後を遂げると思えたから。けれど、これは同時に楽希くんの人生を蝕んでいる。楽希くんの生きる道を閉ざす。
僕はどちらが大切なんだろう。自分が大好きな姿のまま死んでしまうことか、大切な人の道をこのまま応援するか……。
分かりきっていることなのに、まだ求めてしまう。どうか、僕よ……孤高であり続けろ。
『018』号室の静まりはなんとも不穏だった。このままどちらかが死んでしまわないと、進めないような緊張感が漂う。世界も楽希もただ見つめ合うだけで何も言えずにいた。
「楽希くん、君は僕にたくさんの可能性をくれた。本当にありがとう」
世界がその沈黙を破った時、初めて動き出す。どちらかの本気が。
「たくさん生きてきたけど、このゲームでの生活が1番楽しかったように思えるよ」
(そんなことを言うな……!俺の方が楽しい生活を送ってきたはずなのに……なんでそんなに嬉しそうにするんだ……!)
楽希はいたたまれない気持ちになった。自分にとって当たり前だった生活が誰かにとってこんなにも幸福なものだとは知りたくなかった。そして、罪悪感がのしかかる。
「俺も案外、幸せだったよ」(けれど、もう本当の幸せを掴めるような気がしない……)
「うん。その言葉を聞けただけで嬉しい」
「世界と落ちぶれてもいいって……何回も言える」(いや、言いたい。言わないと、俺が罪悪感で潰される)
「そっか。確かに楽希くんと死んでしまうのも幸せかもね」
「あぁ、そうだよ」(ほら、世界も賛同しているんだ。怖いとか嫌だとかそんな否定的な感情じゃなくて……もっとこう肯定的な感情、芽生えろよ……!!)
楽希は必死になる。自分のことを刺すことに抵抗を感じていた。しかし、刺してしまえば終わる話。刺せば、世界が幸せになる。けれど、行動に移すことができない。楽希は葛藤の波に飲み込まれる。
「世界……本当にありがとう。俺も幸せだった。……本当のことを言うと、世界と普通の世の中で普通に生きていくことが幸せだったんだろうなって思うところもある。……けれど、世界が死んでしまったら、俺も普通に生きていけないよ」(これは本音……だから、体よ動け!この流れに身を任せば、絶対に自分のことを刺せる!!!)
楽希は刃物を勢いよく取り出す。そして、自分の胸に向ける。
最後の一息で刺せる……楽希はそう確信した。その1歩を踏み出そうとした時……
目の前の景色が赤色に染まった。
俺は使命を果たせたのか?これで、自分は楽になれる?眩んでしまった頭を抑えないと、何も見えない。いたたまれない景色に目を開けることもできない。
けれど、その次に来るような全身にのしかかる貧血のような感覚が俺には襲いかかってこなかった。
(これはどういうことなのか……?)
楽希がゆっくり目を開けると、そこには血まみれになった世界の姿があった。楽希の刃物を奪い取って、自分の腹を刺した世界の姿があった。
「世界……!!!!!」
楽希は勢いよく駆けつける。まさか世界がルール違反をしてまで、自分のことを刺すような真似をするとは思ってもいなかった。予想外の展開に目が眩むが、その最後を見届けなければならないという使命感が楽希の中で芽生える。
「楽希くん、僕のために色々考えてくれたんだね。……ありがとう」
「なんで……!なんで自分のことを刺したんだ!!」
「それは楽希くんが怖そうにしてたからだよ。本当は自分のことを刺すこと、怖かったんだよね?それなのに僕のために色々躊躇ってくれたんだよね?全部、全部分かるよ。……なんか、痛いのに、このまま死ぬのに、楽希くんに話したいこと、伝えたいこと……たくさんあるよ」
楽希は世界のことを力に任せて抱きしめた。世界はその痛さに泣いてしまう。ボロボロと泣いてしまった。
「寂しいよ、楽希くん」
世界は大粒の涙を流した。今までの楽希との生活が頭の中を駆け巡る。世界はこの世の中で1番笑って、泣いたような気がした。
(楽希くんが傷ついて僕が死ぬより、僕だけが堕ちていく方が絶対に正解だよ)
世界の中で何かがプチンと切れた。その瞬間、目を瞑る以外の選択肢は消えていた。
「世界ぃぃぃぃ!!!こんなのはあんまりだぁぁぁぁ!!!」
罪悪感も後悔も……質も量も変わらないまま、楽希の中に残る。
(俺は結局、世界1人救えない惨めで愚かで最低な人間だ)
僕はこれで良かったのだろうか。このまま死んでしまって良かったのだろうか。
うん、それで良い。これで僕の何もかもがなくなって、楽希くんも幸せに生きていくことができて……。
ただ、酷いなって思うことがある。
なんで……自分のことを刺してから生きたいって思っちゃったんだろう。少しでもこの世の中が惜しいと思っちゃったんだろう。
それでも、これでいい。
これから先、誰の中でも孤高であり続けるために。
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