第25話 本気が試されること
俺は今までどれだけの幸せを浴びて、どれだけの不幸を踏み躙って生きてきたのだろう。もう自分では数えられないほどの贅沢に浸って、みんなこんなものだと笑って過ごしてきた。誰もが幸せに生きていけると信じ込んできた。それが俺の汚点……なのだ。
(俺は、それでも幸せに生きていきたいと思う)
翌朝の7時、新しいデスゲームが始まった。ここまで来れば長期戦。既に2ヶ月という月日が流れていた。残るのは臆病者のみ。
楽希は念の為に刃物を常備することにした。世界が急に殺してくるとは思えなかったが、何が起点になるかは分からない。一方、世界は未だに寝ている。睡眠薬の関係でもう起きている頃合いだが、目を瞑っていた。
(世界がこんな遅くまで寝ているなんて珍しい。それも新しいデスゲームの初日だと言うのに)
楽希は世界が眠っているベッドに座る。世界の顔を見て、よくここまで上手くやっていけたなと思う。もしもペアが違えば、いつ殺されていたのだろうか。楽希は一期一会というものに感謝していた。
(俺は世界と生きたい)
無謀な夢を抱えて、自分が沈んでいくのを感じる。誰かの幸せを踏みにじって歩いてきたこの道が嫌という程思い出される。
(だけど、世界が幸せになれる方法はあるのか。……白神 結さんみたいな綺麗な死に方ができたら……俺は許されるのだろうか)
楽希の中で結の死に方が繰り広げられる。生きたい人間が死ぬ事で死にたい人間を楽に死なせることができた魔法の手段。
(俺は生きたいけれど、同時に許されたい。だから、世界の願いと共に堕ちていくのも悪くはないのか……いや、どうなんだろう)
憎悪と苦しみはまた浸透する。
その頃、『019』号室では既に戦いが始まっていた。賢人と伊吹で身体能力に大きな差がある訳でもない。しかし、殺すと避けるではまた違う。きっと前者の方が能動的で動きやすい。
「僕、意味ないと思うんだよね。晴さん1人で生きることって……!」
「まだ私を生きさせようとしているのか」
「そうだよ!一緒に生きる以外に何が楽しいの?誰かのために生きるのが1番なんじゃないの?」
「なんだ、綺麗事か」
賢人と伊吹は言葉の戦いも繰り広げる。死ぬ前に言いたいことはたくさんあるからだ。しかし、どちらの思いも一向に届かない。
「そういうお前はどうなんだ。誰のために生きてきたんだ今まで」
伊吹のありふれた質問が賢人のことを突き刺した。何か自分の核が一変してしまうような危うさを感じる。
「……っ!今は、そんなこと考えていられないよ……!」(と言ったけど、何も思いつかない。僕、今まで何を思って生きてきたんだ……?)
「すぐに答えが出ないのなら、それは答えがないのと同じだ」
伊吹は勢いをつけて賢人の頬を切りつける。その生身の感触にたじろぐ。晴の同級生を殺した以来の感触だ。
「私は人殺しなんだぞ?そんな私にも生きてほしいってお節介なんだよ……!!」
「人殺しだから何?……死んだら償えるとでも思ってるの?」
賢人の今までに見たことないような眼光に狼狽える。伊吹は「クソ」と毒を吐いた。
「だいたい生きたいから生きるとかじゃないんだよ。人間の使命だからみんな仕方なく生きてるの。……それさえもできないなら、晴さん守れなくて普通だったと思うけどな」(違う……!そんなことを言いたいんじゃない!これは伊吹さんに向けてじゃなくて……!!)
「お前っ……!!!クソがっ!!!」(晴のことを今からでいい!守ってやる!!そのためには……)
伊吹は感情に任せて刃物を振り回していたその手を止める。そして、その衝動で賢人のことを押し倒した。刃物は床に突き刺さり、鈍い音を出す。
その瞬間、何かが入れ替わるような音がした。
「あ、楽希くん?」
世界は腕を伸ばしながら、布団の中から出てくる。ゲームがスタートしてから既に1時間が経過していた。『019』号室の壮絶な戦いの音は全く聞こえず、至って平凡な空気が流れる。
「起きたか?」
「うん。昨日、全然睡眠薬効かなくて……起きるの遅くなっちゃった」
世界は頭に手を乗せてあざとく笑う。新しいデスゲームが始まっているというのに世界は能天気だ。
「なんか、元気だな」
「そう?僕はいつもこんな感じじゃない?」
「それに、昨日泣いてたろ」
"ごめんね、楽希くん……"
世界の中で昨日の自分が思い出された。何か構って欲しいくて咄嗟に出た一言。昔の自分が惨めで笑いたくなる。
「もう平気……って言いたいところだけど、そんなこともないよね……楽希くんもそうでしょ?」
「あぁ、本当にそうだ」(今までは世界の機嫌を損ねないために肯定しているところがあった。けれど、今は違う。俺も時に辛い手段を選ばなければならないことが分かった)
「何か言いたげな感じだね」
世界が悟りましたよという感じで楽希のことを覗き込む。楽希は目を瞑って拳を握りしめた。
「俺さ……!世界に幸せになってもらいたい!これは何回も思ったし、何回も言った!けれど、口先ではどうにもならないし、世界が今までどれだけの人に見放されてきたのかもよく分かる……!正直言って、道中で世界と会っていても、きっと何もかも気づけなかった」
「いいよ、それくらい」
「でも、俺はその不幸に背けて生きてきた!もう一生分の幸せを手にしても尚、生きたいと思う!けれど、目の前に自分より不幸な人がいてその人を優先できない俺もしんどい!」
楽希は自分が何を言っているのかを理解しないまま話を進める。止めることはない。
「何もかもしんどいんだ!きっと俺がこれから先生きていくことが出来ても、このことは忘れられない。もう、純粋には戻れない。……それならいっそうのこと、世界と落ちぶれて、何も無かったことにしても良いと思う」
「落ちぶれるって……本当?」
世界は少しの期待の眼差しで楽希に問いかける。絶対に戻れない最果ての地に来てしまったような圧迫感が楽希のことを締め付ける。
(どこかで期待していた。きっと世界は止めてくれるだろうって。俺が死ぬようなことを言えば、抱きしめて止めてくれるだろうって……)
楽希は大きな後悔を募らせながら、それを否定せずにいた。
(俺って……くそ面倒くさい人間だよ)
そう思いながら、世界を受け止めるしかなかった。死ぬ覚悟もできないまま、死んでしまえば良いと。
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