第24話 あなたの願い
何でもひとつ願いが叶うなら、私は何を願うのだろう。もう、ここでは生きて行きたいと思えないのに……それなのにどうして願いを叶える必要がある?
……晴のことくらい。私が死んでしまえば、きっと晴のことを願う人もいなくなる。青葉も死んでしまったから。じゃあ、何を必要とするの?晴が望む世界……それはきっと、ここまで追いやった天城家……そして、私までもいなくなること。これで心優しい晴の汚点が無くなるのだから。……それで良いはずだ、良いはずだけど。
それとも、もう一度晴が生きることができたなら……そしたら、またアイツは笑って過ごすことができるのだろうか。そしたら、また素敵な婚約者に出会って、素敵な家族を作って、そして、晴を苦しめた天城家と私がいなくなれば……そんなありふれた日常の1つを作ることができるのだろうか。
じゃあ、私の願いは……晴が生きる……それだけだ。
「伊吹さんっ!」
『018』号室に勢いよく駆け込んできたのは紛れもなく賢人だ。食堂から走ってきたのか息を切らしている。
「伊吹さんはっ……世界くんが自殺するの知ってる!?」
「あぁ……」
「止めなかったの?」
「私に止める資格はない。……賢人が止めてくれたのか?」
「ううん。止めてないよ」
「意外だな」
「口止め料の代わりに願いを書く欄をもらったんだ。だから、伊吹さんの願いを教えてよ」
「口止め料……?」
「うん、世界くんったら楽希くんには言いたくないみたいで。それを言わない約束でもらったんだ」
「なんか、お前、強欲になったな」
「そうかな?……ただ、伊吹さんの願いが叶えばいいなってだけだよ」
賢人は痩せ細った声で微笑む。賢人の中で微笑む以外の感情が徐々に薄れていく。豪快に笑うことも泣くことも、分からなくなっていた。
「私の願い……か」
「うん、教えて欲しいな」
「……できることなら、晴に生きてほしい」
「……でも、死んでるんだよね?」
「そうだな。でも、それしか無いんだ」
「うーん、じゃあ、そうしようよ!ペアの願い!」
「いいのか?」
「もちろん。僕、これといった願い、思いつかないから」
伊吹はハッとするが、願いが決まったから願いが叶うわけでもない。……生死の決着をつけなければいけない。生か死か。
「だから、生きたいって思おうよ」
賢人はそんな言葉を発しつつ、何か違和感を感じていた。これは綺麗事なのか……と。
「私は晴が生きてくれるなら、自分は死んでも良いと思ってる」
「え、なんで……一緒に生きることが大切なんじゃないの?」
「違う、それは違う。晴が死んだのも私のせいだから。晴の人生の汚点は私だから」
伊吹は心無い言葉で自分を押し付けた。自分を自分で傷つけなければ、立ってもいられない……惨めだったから。
「じゃあ、明日からどうするの?」
賢人は自信なさげに伊吹の顔を見つめる。もう、そこには怯えとかはないけれど。
「それはもう……賢人を殺す。私は覚悟を決めた」
突然の意思表明に動揺するも何もない。それが言葉なのかも理解するのに時間がかかった。それでもその言葉を何とか呑み込む。きっとこれが……最後の冷静な会話だから。
「じゃあ、僕は、本気で生きたいって思わせるよ。だから、本気で戦うよ、伊吹さんと」
伊吹は何故か笑っていた。軽蔑するわけでも、落胆する訳でもなく。
「世界の願いはなんなんだ?」
「願い……?何も無いかな」
「次のミッションの願い、何か書かないといけないだろ」
「あぁ、それは賢人くんに渡しちゃった」
「渡した……?」
「うん。だから、僕たちのペアの願いは賢人くんと伊吹ちゃんの願いになると思うよ」
「なんでだよ」
楽希はこの願いを機に世界に生きてほしいと思ってもらおうと考えていた。しかし、その予想外の言葉に動揺する。なぜ、渡してしまったのかと。
「気になるの?」
「当たり前だろ。何も無しに渡すとか有り得ないだろ」
楽希は至って正常な心持ちだった。情に厚い人間とは、揺れ動かされそうで揺れ動かない核を持っている。いつ何があっても『生きたい人間』であろうと努める人間である。
「……教えないよ」
「はぁ!?なんで!?」
「教えないって言ったら、教えない」
「意味わかんねぇ!今までの俺と世界の関係はなんだったんだよ!?」
「大切だからだよ、楽希くんが大切だからだよ」
その言葉に楽希はハッとした。結局のところ、自分のことばかりに囚われている自分が映し出される。
「ごめんね、楽希くん……」
世界はひとつ言葉を残した。泣くことも叫ぶこともなく。
(こんな意味深な言葉残して、僕は構ってちゃんだ。本当は楽希くんに見てもらいたいんだ、僕のこと)
世界と楽希の距離は埋まらないまま。このままずっと。
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