第23話 友の死と相対するもの
1本のメールが届いていた。
"デスゲームに新しいミッションを追加しようと考える。それは一番最初に生死に決着をつけたペアの願いを1つ叶えるというミッションだ。明日の7時から22時まで実施する。"
賢人はその画面を見て、何かが変わり果ててしまうようなやるせなさを感じた。
(このミッションは伊吹さんにとって……良いの?悪いの?)
"ペアの願いは今日の22時まで登録するように。以上。"
(伊吹さんの願いってなんだろ……)
「世界くん!……突然呼び出してどうしたの?」
食堂には、世界が1人で座っていた。周りに人の気配はない。着実に参加メンバーも減ってきているのだろう。
「話したいことがあるんだ。聞いてくれる?」
「もちろんだよ。今日来たメールのこと?」
「いや、それとは関係ないかな」
「あ、そっか」
賢人は世界のやるせない目に惹き付けられた。きっとこれは重大なことなんだと。
「話すよ……」
「うん」
どうしても拭えない感情が空間を支配し、2人を切り裂く。きっと、これは……なんだろう。賢人は世界のことを見つめ、受け入れる以外の術はなかった。
「僕は自殺するから」
その言葉はその空間にメキメキと入り込み、賢人の胸を射抜く。
「え、どういうこと……」
「ただ、自殺するだけ。僕は死にたいから、最適なんだと思うんだ」
「ルール違反になるよ……」
「いいの。ルール違反でいいの。それだったら罰を受けるのは僕だけ。きっと楽希くんも一緒に死ぬようなことは無いよ」
「だけど……!」
賢人にはその後に言いたい言葉があったはずだ。それなのに、何故か言えない。死にたいと思っている人間を止めることが出来ない。
(なんで……なんで……死なないでって言えないの……)
賢人は自分の正義感の無さに落胆する。このデスゲームをいて、何か心の変化があったのだろう。
「伊吹ちゃんにも話したんだ。あの子は死にたい人間だから、直ぐにとは言わないけど、承諾してくれたよ。……まぁ、自分も死にたいと思ってるのに止められるわけないか」
世界はなんとなく悲しそうな視線で食堂の天井を見つめた。
「なんか、ごめんね。僕、構ってちゃんになっちゃったかな」
「ううん、そんなことないよ。こっちこそごめん。僕もうまい言葉かけられなくて」
「全然大丈夫。ただ、僕のことを分かってほしかっただけだから」
賢人は大きく頷いた。
(きっと僕にできることは無いのだ。世界くんは世界くんだから)
今までとは比べ物にならないくらい賢人は落ち着いていた。その落ち着きは正なのか、はたまた負なのか。
「じゃあ、賢人くんバイバイ」
まるで最後のような響に糸が切れたように感じる。このまま本当に最後なのか。それはペアにとっても?
「……世界くん!」
「何、どうしたの」
「そのこと、楽希くんには言ったんだよね?」
「……」
世界は先程のようにスラスラ言葉を並べることはなく、黙り込んだ。
「それはダメだよ。……世界くん」
「……」
「どうなろうが、楽希くんとはバラバラになっちゃうんだよ!?それ、分からないの!?」
賢人は楽希の気持ちを考えると、やるせない気持ちになった。お互いがお互いを思いあっていることを分かっているからだ。
「ひどいよ、世界くん」
「……っ!うるさいっ!僕が死のうが構わないよ!楽希くんは普通の人間として生きたいだけ!賢人くんもそうでしょ!?死にたい人間なんて邪魔でしょ!?そして、伊吹ちゃんが生きたいと思ってくれたら良いなとか考えてるんでしょ!?……こんな世の中だから、僕は生きたくないんだ」
食堂には2人しかいないが、公共の場という現実がこの緊迫感を強める。
「じゃあ、もう良い。楽希くんには僕から言うよ」
「……っやめて!!」
「言わないと、楽希くんが可哀想だよ」
「可哀想じゃないよ。楽希くんは普通に生きることができるんだから。人の死を見ずに死ぬほうがよっぽど良いよ」
世界はどうしても楽希に見せたくない姿があった。それが己の命を己の手で殺めること。それだけは絶対に見せたくなかった。情に厚い楽希のことだ、きっとその光景を刻んで生きていくに違いないと分かっていたからだ。
「ごめん、もう分かった。言い過ぎちゃったよね、ごめん。世界くんの気持ちも分かろうとしないで」
「……」
「あのさ、お願いしてもいい?」
賢人は少し腰を低くして、手を合わせた。
「うん、僕にできることならいいよ」
「明日からゲーム始まるよね?そのペアの願い……それ、僕たちに譲って欲しいんだ」
賢人の前には既に友人の命というものはなく、ただペアの命を見つめていた。
「ふふ、別にいいけど。なんか、『生きたい人間』らしくないね。賢人くんはやっぱりメンタル強いや」
「うん、ありがとう」
「でも、生死の決着が着く訳では無いから、お願い叶えられるか分からないよ?」
「それでも確率をあげたいんだ。……僕、伊吹さんのために頑張るから」
賢人はにっこりと微笑む。もう、そこには世界の命などない。ただただ、何かが賢人の中で変わっていく。
(もう、誰の命も一緒だよ)
賢人はそんなことを考えながら、世界の後ろ姿を見送った。
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