第22話 あの世で君に逢おう


何故か俺は生き残ってしまった。こちらに選択肢があるのであれば、俺を選んでもらっても構わなかった。しかし、あちら側は貴一のことを強く恨んでいたし、俺のペアとして疾風もいる。それに、伊吹ちゃんに話したいことがあった。晴ちゃんがどんなことを思っていたかを伝えたかった。て、言いたいところだけどね、ただ恨みを伝えたかっただけ。婚約者を殺されたって、当てつけだけど。それでも、それでスッキリすると思ってた。これで俺自身何も背負うものはないって。そしたら、晴ちゃんのこと引きずらないで生きることができるって。でも、結局、晴ちゃんの死がなかったとしても、俺は死にたいって思ってたんだ。生まれた家がもうだめだった。だって、これから表の世界に出たところでやりたいことないし。守りたい人もいない。……いや、晴ちゃんの死は俺にとって大きかったみたい。まぁ、それでも伊吹ちゃんのことを恨むのはやめた。何となくだけど、伊吹ちゃんの愛も分からなくもない。だから、静かに死にたいと思う。うん、死のう。


ごめんね、晴ちゃん、こんな婚約者で。

そして、ごめんね、疾風くん、こんなペアで。


俺が死んでも、俺の罪は募っていく。





「青葉さん、食堂行ってくるっす!」


疾風は勢いよく『023号室』を飛び出した。1度の死を乗り越えて、どことなく浮かれ気分でいた。きっと、海音とも仲が良かったに違いない。けれど、それよりも自分の命、それが1番大事である。まるで、人の心がないと言われても仕方がないかもしれないが、実際その立場になればこう思うに違いない。

そんな元気な疾風を眺める青葉はただただ静まり返る。返事する余裕もなかった。これからこんな元気な少年を殺すのだから。それも、自分のエゴとかそういうの全部を押し通して……。




「青葉さん、ただいま。青葉さんは食堂行かなくていいんですか?お腹すいてないんすか?」


疾風は爆速で食べてきたのか10分もしないうちに戻ってきた。元気モリモリという言葉が1番似合う。


「俺はいいよ。それより、もっと美味しいもの食べてきな?ポテトチップスが1番好きなんだっけ?なんなら、用意してあるし」


青葉はビニール袋からポテトチップスを取り出した。それを疾風に渡す。そんな青葉の行動に疾風は驚いている。それどころか、何かを悟ったように目を見開いた。


「一応、いただきます。あざっす」


疾風には珍しく、ゆっくり食べ始めた。急に部屋の温度が低くなったように感じた。沈黙が続くかと思われたが、疾風が話し始めた。


「あの、これ、最後の晩餐的なやつっすか……?」

「……と言うと?」

「俺、殺されたり……?」


疾風はその言葉を口にした途端、汗が全身を滴るのを感じた。死ぬ可能性の方が高いと分かりきっていたはずなのに、どうしても生きていけると信じていたかった。


「……するかもね」

「はぁ、やっぱり。……なんか、諦めはついてますけど。一応、青葉さんの過去も知ってますし」

「……」

「だけど、俺も死にたくないです。……本気で戦います」


疾風はそう言ってナイフを構えた。ブルブル震える理由は死ぬからか、生きたいからか。










俺は生きたい、本当に生きたい。

今まで綺麗事ばかり言って過ごしてきたけど、絶対に生きてやりたい。自分の命より大切なものなど、到底無いのだから。……到底無いのだから。


「俺は生きたい!!」


疾風はそう言って、襲いかかってくる刃物を懸命に交わす。


「誰かを犠牲にしてでも?」


青葉は意地悪く、疾風に問いかけた。まだ2人とも話す余裕があるようだ。

疾風はその瞬間、海音の姿が思い浮かんだ。確かに海音のことを間接的に殺したのは楽希だ。しかし、誰よりも海音の命を軽く見ていたのは誰だろう……。


(俺だ……俺に違いない)

「疾風くんが生きるために何人の人が死んだんだろ?」

(そうだ……貴一さんに海音さん……。生きるためなら賢人さんのことも殺してたかもしれない……)

「そして、今!君のせいで死ねない俺がいることも」

(確かに俺が生きたいと思うだけで、誰の命も小さく見える。……けれど……)

「誰かの死のために、誰かが死ぬのは嫌だ!俺が死ぬのは嫌なんだ!」


疾風はそれでも生きたかった。生きて生きて、したいことがあった。


「もう、勝手に死んでくれよ!!」


青葉はその言葉に己の罪を感じる。


「なんで青葉さんが死ぬために俺も死なないといけないんですか!こんなの残酷すぎません……!?」


疾風は自分が思っている以上に生きたいと思っていたのだ。こんなデスゲームだから分かる、生きたいという意志。


「俺は……生きるんだっ!!」












『017』号室には4人の姿があった。

伊吹も世界も何も無かったかのように振る舞う。

22時になると、4人のスマホにメールが届いた。きっと今日も死者は0人だと思い込み、メールを開けた。


"今日の死亡者について

『023』号室 以上"



「珍しく死んでるな」

「ホントだね。マンネリ化してると思ってたのに、戦ってるペアは戦ってるんだね」


伊吹と世界は客観的にそのメールを見た。ここまで進んでしまえば、他人の死など石ころなのだ。


「2人とも正気なの……?」

「どうしたんだ、そんな魘されたような顔して」

「賢人くん、まだ死に躊躇ってるの?」

「違うよ!……この部屋番号、青葉さんと疾風くんの所だよ」


伊吹と世界はハッとした。戦っていたペアなど忘れて、己に向き合っていたからだ。


「青葉……死んだのか」


伊吹はその現実を噛み締めた。晴のことを地上から思い出すことが出来るのも、晴がいたという事実を残していけるのも自分しかいなくなった。同様に、死んでしまえば、晴の元に行けるということも現実味を帯びる。


(初めて死ぬことを……死ぬと感じた)


伊吹は『死』の甘い誘惑を久しぶりに感じた。あの時、晴の同級生を殺めた時と同じ感覚。けれど、その誘惑に負ける気はしなかった。

だって、人を殺めてもまだ生きてしまっているんだから。


「死ぬって……案外難しいことなのかもな」


その言葉に誰のために選んだのだろう。

賢人や楽希に安心させる言葉か……青葉や晴に対して勇気を讃えているのか……。


それとも、世界に対してなのか。


(伊吹ちゃんはそう言うけど、自分一人で死ぬのは簡単なんだ。僕の死を引っ張っていたのは楽希くんだから)


伊吹が元凶と言っても過言では無い、世界の自殺という意志。それはもう、揺るぎないものへと変化していた。

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