ペアと殺し合うこと

第20話 染み渡る憎悪


呆気なく勝敗がついた。犠牲となったのは、東堂 貴一と伊織 海音。スクワッド番号6の勝利となった。スクワッド番号6である、橘 賢人・天城 伊吹・藍沢 世界・桐ヶ谷 楽希はもちろんのこと、門真 蒼葉・捺月 疾風も生き残っている。生き残りの人数だけで言えば、被害は最小に抑えられたに違いない。

しかし、そこに達成感は残っていなかった。殺しが正義になるなど到底ないのだ。


「もう、うんざりだよ」


4人は早々『017』号室に集まっていた。その中で弱音を吐いたのは友人である海音の死を目の当たりにした賢人だった。

伊吹はその姿を目にして頭を抱えたが、伊吹自身も相手に構うほどの度量を兼ね備えていなかった。頭には妹の姿がチラつく。そして、「楽になりたい」と願う奥底の自分が足掻き出すのだ。

賢人と伊吹とは違い、世界と楽希は意外にもあっさりとしていた。2人は隣同士で座り、天井を見つめていた。


「賢人くんも、伊吹ちゃんも元気出して。2人に何があったかは蒼葉くんから聞いたよ」


世界が優しい眼差しで2人のことを見つめるが、どちらも答えなかった。

すると、伊吹は立ち上がり、『017』号室を出ていった。妹のこともあり、相当ショックだったのだろう。それにこれからはペアでの殺し合い。楽になってしまいたいと願っても、そのためにはまた人を殺す。何個の罪を背負って楽になりたいと思っているのか。伊吹は自分が惨めで仕方がなかった。




「出ていっちゃった」


世界は扉を見つめてそう呟いた。賢人と楽希も呆然としている。3人とも伊吹が大きく取り乱す姿を初めて見たからだ。


「なんか、2人は平和そうだね」


皮肉のように聞こえなくもない賢人の一言。伊吹の姿を見て、平和的解決を見いだせずにいた。反して、世界と楽希は一見穏やかに見える。いや、穏やかである。2人で『生きたい』と思うことが目標になったからだ。


「賢人と伊吹はデスゲームが終わった後、話し合ったのか?」

「ううん、話してない。伊吹さんはずっとそっぽ向いてるし、すぐ寝ちゃうし……あんまり話す暇もなかったんだ。だから、ちょっと気まずくて『017』号室へ来たよ」

「そっか。当分、新しいデスゲームも無いだろうし、もう1回4人で話し合おうよ」

「伊吹さん承諾してくれるかな〜」


賢人は腑に落ちないものの、それにかけるしかないのも分かっていた。今の伊吹とであれば、いつ殺し合いになるかも分からない。伊吹の中にある『優』が消えてしまえば……賢人は殺されてしまうだろう。


「うーん、話すしかないよね!僕、今度こそは伊吹さんの役に立ちたいんだ!」

「そうこなくっちゃ!僕、伊吹ちゃんのところに行ってくるね!賢人くんは万が一伊吹ちゃんが殺してきたら危ないから、ここで楽希くんといてね、絶対だよ!」

「うん、楽希くんといるよ」


世界は勢いよく部屋を出ていった。あまりのテンションの高さに2人は首を傾げた。


「なんか、世界くん元気だね」

「あぁ、最近な」

「やっぱり、何かあったんだよね?」

「うん、約束したんだ。一緒に『生きたい』って思うようになろうって」

「なんか、凄くいいね」

「だけど、運営の迎えが来ていない以上、世界は生きたいと思ってない訳だし、なんとも言えない。それに気分屋の世界のことだ、いつ『殺』の感情が湧いてもおかしくない。元気なのは案外、世界だけ」

「そうだよね。なんかごめんね、さっき皮肉混じりで話しちゃった」

「全然構わない」


『生きたい人間』同士の会話は所詮穏やか。何も不安を感じさせない。それなのにどうしてこんなにも胸が苦しくなるのだろうか。賢人も楽希もようやく、反対側の人間の気持ちに近づいてきたのだ。ただ、相手を思うだけでは難しい。上手くいっていると思っていても、それは自分だけかもしれないし、相手の気持ちが大きく揺らぐ出来事などはその辺に転がっている。特に憎悪とはよく浸透するものだ。






(伊吹ちゃんどこにいるんだろ……)


世界はエントランスの方に向かいながら伊吹のことを探していた。ホテルということもあって広い。1発で伊吹のことを探すのは難しいが、今まで部屋以外で伊吹が行動していたのは食堂がエントランス。食堂は4人で行くことは多いが、1人で行くようなものではない。消去法でエントランスという答えにたどり着いた。

案の定、伊吹はエントランスの端っこに座っていた。椅子は2人がけであり、世界は伊吹の隣に座った。


「伊吹ちゃん、急に出ていってどうしたの?」

「……世界」


伊吹は世界の名前を呼んで頭をあげた。濃いクマができているとか、頬がこけてるとか、一瞬で分かるようなやつれ方はしていなかった。ただしんどいのだろうと悟れる雰囲気を纏っていた。


「伊吹ちゃん、しんどそうだね。でも、賢人くん伊吹ちゃんのこと待ってるよ」


世界はできる限り優しい声で話しかけた。伊吹は応答しないものの、考え込んでいるようではあった。


「ねぇ、伊吹ちゃん。何があったかは話を聞いた。だけど、妹の分まで前向いて歩かなきゃ」

「……っ。うるさい」

「はあ?」

「ごめん、身勝手な発言をした」

「僕も簡単にキレちゃってごめんね。短気だから」


世界は可愛く謝ることを意識した。それで空気が和らげば良いと思った。しかし、伊吹からの重たい空気は消えない。


「世界はさ、楽希と和解したのか?」

「うーん、和解って言うかなんて言うか……誓い?みたいな?」

「なんだそれ」

「だけど、『生きたい』って思わなきゃって思ったよ」

「それ、正気か?」


伊吹は世界のことを見つめた。伊吹にとってその世界の発言は有り得なかった。


「これから表の世界に戻って生きる……難しいぞ」

「分かってるよ」

「みんな楽希みたいな人ではない。賢人みたいに優しい奴ばかりでもない」

「……」

「また罪を問われるかもしれない。信頼していた人も消えていく。そんな世の中だ」

「……」

「それに今までの罪をこれからも背負い続けなければならない。今まで以上に深刻に受け止めて……そんな世の中で本気で『生きたい』と思えるのか?」


世界は黙り込んだ。現実を押し付けられて、言い返すことができなかった。簡単に誓いだなんてアホらしい。世界は自分の気持ちが揺らいで行くのを感じる。


「確かに、僕が間違っていたみたいだね」


憎悪は染み渡る。

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