第19話 いっそうのこと道楽で殺して
伊吹は賢人が部屋を出てから、エントランスで1人佇んでいた。そして、待ち合わせをしていたかのように蒼葉と出会う。蒼葉はそこに伊吹がいるのを分かっていたかのように近づいてきた。蒼葉は隣に座るが、今までのように抵抗する気にもなれない。蒼葉のことを簡単に憎むことが出来なくなった。
「そろそろ決着着くかな」
「……心当たりでもあるのか」
「今、貴一くんと世界くん……いや、楽希くんか。2人が戦ってるから」
「それにしては余裕そうだな。ペア……なんだろ?」
伊吹は心理戦を試みた。本当に蒼葉と貴一がペアなのか、この手で掴みたかった。
「伊吹ちゃんは気づいてるみたいだね」
「やっぱり……か」
蒼葉は認めたようだ。そこまで焦りがなかったのも、貴一とペアではなかったからだ。
その瞬間、2人のスマホに通知音がなった。間違いなく、決着の結果だ。
伊吹と蒼葉にとっては、仲間の死か仲間の生。それを知らせるものだった。蒼葉は軽率にスマホを取るが、伊吹は自ら見ることができなかった。世界と楽希がいなくなって、自分が歯止めが効かなくなった時、誰が止めてくれるのだろうか。
"スクワッド番号6vsスクワッド番号7
桐ヶ谷 楽希の東堂 貴一暗殺により、スクワッド番号6の勝利。"
伊吹は安堵した様子を見せた。蒼葉も何故か安堵しているようだった。
「やっぱり、か」
「蒼葉は結果がわかっていたのか」
「うん、まぁね。こういうのは優しい方が勝つ」
どこか儚げなその瞳には何も映らない。蒼葉は仲間の死というものを分かっていなかった。誰が死んだところで何も変わらない。蒼葉にとってどちらのスクワッドが勝とうが負けようか構わなかった。
それも全て、蒼葉が『死にたい人間』だからである。
伊吹にはその点、仲間の生に安堵するという人間らしい感情を持ち合わせている。……しかし、それでも伊吹の心を射抜くのは晴であった。晴を殺した人が自分自身である限り、生きたいなんて思えない。思いたくなかった。
結局のところ、何も変わらない。変えられない。それでも「生きていけ」なんて言わせるものか。
簡単に人生変えて謳歌して……そんな人がこの世の中にいるのだと思うと虫唾が走る。この鎖を解き放ってくれるのは晴しかいない。でも、彼女はもういない。自分の手で殺したのも同然。
……晴が今生きているなら、私に何を願うのだろうか。
その時、『026』号室にも通知音が鳴った。もちろん、勝敗の連絡である。賢人は勢いよくスマホに絡みつく。結果は楽希の勝利である。
(良かった……)
賢人は胸を撫で下ろした。しかし、目の前には貴一と共有の命を持っている海音がいた。瞳孔を左右に揺らしながら、汗をだらだらとかいている。頭を横に振っているようだが、現実は現実に変わりない。夢など、存在しない。
「海音さん……」
賢人は情けない声で彼女の名前を呼んだが、見向きもしなかった。共有の命であるとはいえ、時差があるようで、海音に傷害はまだない。しかし、いつかは来る。その迫り来る恐怖が1番厄介である。来るのにいつか分からない……死とはやはり怖いもの。早いのか、遅いのか。それが善なのか、悪なのか。全く答えはない。
「わ、私、し、死ぬのかな……!」
「……」
「ねぇ、賢人。、最後のお願い、聞いてよ。私のこと殺してよ、お願い」
海音は賢人に縋りついた。ナイフを持っているとはいえ、ましてや海音に突きつけるなんて出来なかった。
「嫌だ、嫌だ……!!ねぇ、お願い!」
「……っ」
「わたし、こんな死に方許せない……!賢人が殺してく……ヴっぁ」
その瞬間、海音は胸を抑えた。血が流れているわけではない。しかし、そこには苦しみに悶える海音の姿があった。苦しんでいると言うのに、海音はまだ願いを賢人にぶつけている。賢人は意を決してナイフを手に持った。
「ごめんね、許してね」
賢人はそう呟いて、海音の元に駆け寄った。ナイフを突きつけるように前に進んだが、その瞬間にナイフを床に落とした。海音はなんでと賢人の顔を見つめる。そこには無数の涙でいっぱいになっていた。
賢人は優しく、海音のことを抱きしめた。殺すなんてことは出来なかった。
「ごめんね、殺すなんてできない。大切な人を傷つけることなんてできないよ」
「……」
「僕、弱いから。そんな勇気ないから。これで許してほしい」
賢人は独り言も同然に話した。海音は既に息を引き取っていたからだ。
「ぼ、僕弱いから……弱いから……」
呪文のようなリズムで言葉が連なる。そこに言霊が宿っているようだった。
賢人は崩れ落ちた。人の死の憎悪に耐えられなくなった。そして、間接的にとはいえ、海音を殺したのが楽希であるということ、受け止められない現実に身が持たなくなる。
(酷い、酷すぎる。……デスゲームなんて残酷だ。早くこのゲームから去りたい)
「楽希くん、ごめんね」
『017』号室に響き渡ったのは世界の涙声だった。
「……」
「僕のせいで楽希くんを汚しちゃった」
「ううん、やめて」
「なんで……」
「俺はこの殺しに誠意を持って挑んだ。世界に笑ってほしいから。だから、泣かないで」
楽希は血を浴びながら、世界の涙を手に取った。それが薬のように映った。
「俺はもう綺麗な楽希ではないかもしれない。多分、世界の目にも映ってるんだろ?霊って奴が。でも、それが世界を守ることに繋がるなら何とも思わない。俺の背中に霊がいなかったのは、世界と出会うためだったからだって。運命がそうさせたんだって」
楽希は世界のために授けた背中を運命の不条理に渡した。それでも世界には楽希が美しく見えた。ただ、その背中を汚したのが自分だと考えるとやるせない。
「だからさ、一緒に死んで?」
楽希がそう言い放った瞬間、世界は深くどよめいた。1番待ち望んでいた言葉なはずなのに、そこに安堵が生まれることはない。むしろ、『死にたくない』という感情が湧き出た。
「世界はずっと死にたかったんだろ」
(僕はずっと死にたい……そうだった。今も死にたいと思っていることに間違いは無い。けれど、楽希くんの死には殉死のようなものを感じた。人生への諦めからの死。僕から言えることじゃないけど、楽希くんにはやっぱり死んでほしくない……)
「世界?」
「楽希くん、一緒に生きよう」
世界は決意したような瞳で楽希のことを見つめた。どうしても楽希には生きていて欲しかった。
しかし、無情なことに退場のゲートは開かなかった。やはり、世界はまだ生きようと思っていない。いや、思えないの間違いか。
楽希は少し落ち込んだように見えたが、まだそこには進む決意があった。
「世界が生きたいと思ってるんだったら、俺努力するから。もっと笑顔にさせるから」
楽希は世界の頭を撫でた。凄く暖かいものに感じた。
「僕のこと守ってくれて、ありがとう」
「絶対に守るって決めたんだから、当たり前だろ」
楽希は照れ隠しでそっぽを向いた。
きっとこれからも大丈夫……2人はそう確信した。
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