第18話 憎悪と霊視


僕が違和感を持ち始めたのは、小学生の頃だった。吐き気や目眩になる日々が続いた。それについて心配する母親はいたが、シングルマザーであったため、心配をかけるのも申し訳なかった。そこで、たくさんの憎悪を蓄積したのだろう。僕の中は身体的にも精神的にも腐っていった。そんな時、初めて出会ったのが幽霊であった。周りが図書館でそういうオカルト系の本を開いては閉める。怖がったり、好奇心で満ち溢れたり。いるわけないと嘆いている傍で僕には見えていた。

それから、周りには不可解な事件が多発した。まずは母親だった。夜遅くまで元気に働いていた母親が寝込むようになってしまった。母親の後ろにいる霊に問いかけるが、何も答えなかった。そして、友達が病気になったり、しまいには友達の弟を殺した。その弟には持病があったそうだが、僕はもう僕を信じられなかった。きっと自分が殺したのだと思うようになった。

幽霊が見える……それだけで世の中は一変するのだと確信した。普段見えないものが見える時、世の中は秩序を崩す。周りの環境が著しく変わったのもそのせいだ。殺したくない人を殺す……到底僕には耐えられなかった。『死にたい』と思うようになった。

そんな時に出会ったのが楽希くんだった。その背中には何もいなかった。世の中の全ての人についている霊が彼にはいなかった。こんな僕でも一般人になれるのかもしれない……そんな薄い希望さえも見えた。しかし、現実は押し付けてくるものであり、他の人間の前では僕は霊視のある人間だった。だから、救いようがなかった。


もしも、楽希くんと2人だけの世界を築けたら……





『017』号室では、既に楽希が戦闘の準備を始めていた。そこにはもう、元の楽希はいない。殺しに快感を覚える……まではいかないが、誰かを守る手段として殺しを覚えた。情に厚い人間がここではどのような扱いを受けるのだろうか……みんな口を揃えて言った。「殺しから逃げるに違いない」と。しかし、逆に考えたらどうだ。そういう人間が殺しに目覚めた時……1番怖いのではないだろうか。

世界はそんな楽希の姿を目の当たりにして恐れた。


「楽希くん、自分のこと犠牲にしてないよね?」

「自分のことを犠牲になんかしてない。犠牲にしたら、世界も死ぬだろ」

「いやいや、そうじゃなくて!……僕が貴一くんのこと殺そうか?殺しには慣れてるよ」


楽希は深いため息をついた。


「世界の体力じゃ無理だ。あの時、俺が部屋に戻ってなかったら世界殺されてただろ」


世界は言い返すことが出来なかった。前までとは打って変わって立場が逆転している。


「それにもう、世界には人を殺してほしくない。世界はもう十分人を殺した。それ以上、罪を背負おうとしないでくれ」


そこには嘆きのようなものが含まれていた。楽希も本当は人を殺したくない。しかし、それ以上に大切な人に罪を背負わせたくない。

そうであるのであれば、あとは自分が殺すことに対して前向きにならなければならないのだ。楽希は前を向いた。


「世界……お前は『018』号室に行ってくれ。そろそろ貴一が来る」

「でも……」

「お前だけには絶対に見て欲しくないんだ。俺が人を殺しているところを」


楽希は昨日負傷した太ももを包帯で巻いている。そこに大きな強さを感じた。世界はそれに従わずを得なくなった。いつから立場が逆転したのか。今思えば、世界が楽希に弱さを見せてからのように思える。フォルダで傷だらけにされた世界を貴一が楽希に見せつけた時から……。

人間はどうしてこうも、他人の弱さに弱いのだろうか。


「とりあえず、出て行って」


楽希がそう言い放った瞬間、カーテンに人影が映る。そこに人影が映る訳はなく、2人して構える。邪悪な影が現実を帯び始め、するりするりと動き始めた。

楽希は世界を守るように前に立つが、その前を世界が通る。


「貴一くんでしょ?」


世界が静かに言い放った。その言葉で影は止まる。


「不法侵入してどうしたの?何か盗み聞きでもしたかった?」


世界は煽るように挑発する。世界自身ももちろん貴一に恨みがあるわけで、黙ることなんて出来なかった。

楽希はやめろと言わんばかりに世界を引き寄せるが、世界の力が強かった。楽希は大きく尻もちをついた。その衝動でカーテンが揺れて、影が姿を現す。


「弱いのに、随分と調子に乗ってるな」


案の定、貴一が姿を現す。楽希は尻もちをつきながら彼のことを睨みつけた。その手にナイフがあることに気づき、楽希も急いで身構える。ポケットに差し込んでいたナイフを手に取り、貴一に向けた。


「楽希くん、僕に少しだけ時間ちょうだい」

「は?」

「いいからいいから。旧友に会えたんだから。少しくらい話してもいいよね?」


世界は貴一に近づいていく。あまりの無防備さに楽希は唖然とした。貴一と言うと、微笑んでいた。余裕が表に湧き上がっている。


「そんなに近づいていいのか。俺は同情できるほどの度量を兼ね備えていないぞ。何があってもお前を殺す。俺は……最低だからな」

「あはは、分かりきってることだよ。だから、近づいているんだよ」

「何を言ってるんだ」


貴一は不審がりながらも、世界に近づく。楽希は怪しいと思い、足を動かそうとするが、世界に止められた。


「世界くん、ごめんだが、俺は殺すぞ」


そう言った瞬間、貴一は世界の左足を刺した。敢えて急所を外すのは痛みつけるため。それを世界は理解していた。貴一は最低だからだ。


「いった……やっぱり、何回刺されても痛い」


世界は左足の太ももを抑えながら後退りした。もう刺さないでと手を前にしている。楽希はその姿を見て、呆然とした。楽希は世界には何か策略があるのだと考えて止まっていたのだ。それなのに、世界は刺された。急所ではないとはいえ、刺された。痛そうにしている。


「なんだなんだ。何が作戦だ?」


貴一はケラケラと笑っている。


「貴一くん、痛い目見るよ。楽希くんがどれだけ情に厚い人間なのか、見せつけてやる」


しかし、貴一は理解していないようでまだ余裕そうだった。楽希は焦点が定まっていないようでウロウロしている。

その合間に貴一がもう一度世界を刺そうとした。それを世界は何とかかわして、楽希の元に身を委ねる。


「楽希くん、この傷見て。貴一くんに刺されたんだ。ねぇ、言いたいこと分かるよね?コイツのこと、ぶっ殺してよ」


その瞬間、楽希の体に憎悪が巡った。楽希が今まで感じたことの無い感情だ。メラメラと瞳が燃え盛る。背中に嫌な気配がし、謎の背徳感に襲われる。熱くみなぎっているというのに、寒気がする。楽希は後ろを振り向くが、誰もいなかった。ただ目の前に貴一がいるだけだった。


「あ、楽希くん……」


世界は残念そうに楽希のことを見つめた。

世界には楽希の後ろに霊がいるのが見えたのだ。憎悪が霊をつくった。


「楽希くん、お前が愛されていたのは霊がいなかったからのようだな。これでお前も世界くんにとって用無しだ」


貴一がケラケラと笑った。ずっと笑っている。世界もそろそろ痛みが限界のようで、息を切らし始めた。


「これで2人ともお終いだ。たかが愛ってことだ」


貴一は再度ナイフを世界に向けた。しかし、楽希がそのナイフを奪い去る。楽希のポテンシャルはかなり高い。それに憎悪が組み込まれた。異次元の運動神経に繋がる。


「世界に教えてあげる。誰かを守るために存在する霊もいることを」


その瞬間、世界には霊が優しく映った。その優しさに涙した。


「そんな綺麗事だけじゃ、人を殺すのは難しいぞ」


貴一は勢いをつけて、楽希の方に駆け寄る。楽希は世界を庇いながら戦うが、それが要因で戦力が落ちることは無かった。むしろ、今は無敵状態。すぐに貴一に覆いかかった。楽希は貴一の上に乗り、首にナイフを突きつける。


「最後の言葉は?」

「何それ。殺そうとしてるのか」

「当たり前だろ。早く、何か言え」


貴一は息を整えて言葉を話した。


「弟に会いたい……それだけだ」

「そいつはどこにいるんだ」

「天国だよ」

「じゃあ、会えるじゃねぇか」

「よくもそんな酷いことを言えるな」

「お前が世界にそんなことをしてきたのだろう。仕返しだ」

「世界くんが俺の弟を殺したんだ」

「それに同情しろとでも?事情は世界から聞いている。それは何だ?悲しみを世界に押し付けたかったのか?それで自分がスッキリするとでも?あぁ、馬鹿だ馬鹿だ、馬鹿だ!!」


楽希は怒りで満ち溢れた。


「お前が最後まで最低で良かったよ。殺しやすい」


楽希はそう言い放って、貴一の胸を刺した。生暖かい赤色が楽希の腕を伝う。そのぐしゃりという感触は楽希の手指に絡みつき、一生離さないと言う。貴一の瞳孔が楽希を捕らえるが、瞬く間に永遠の闇へと葬られた。





スクワッド番号6vsスクワッド番号7


桐ヶ谷 楽希の東堂 貴一暗殺により、スクワッド番号6の勝利。

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