第17話 好きの存在意義
"お姉ちゃん、大好きだよ"
私を生きたいと思わせたのも、死にたいと思わせたのも、そんな言葉だった。愛のある言葉だった。愛に囚われることは多少嫌いではなかった。むしろ、愛されていなかった私にとっては薬のようだった。それでも、人を狂わし、醜くするものなのだから酷く恐ろしい。
大好きだから人を殺し、憎む。復讐する。私にとってそれは愛で有頂天になるよりも簡単だった。それが自分の罪を償うただ1つの方法だった。それをずっと信じていたし、それに向かって進んでいた。これから先も迷うことなく、行為に至っていたと思う。しかし、自らデスゲームに志願したのだから、本当は罪から逃れたかったのだと思う。復讐以上に酷い、逃げというものに。
だが、私には蒼葉の言葉が大きく響いた。確かに、復讐で誰が喜ぶのだろうか。それが合理的な死であってもきっと、私は私を許せない。私が小学生だった頃の殺しのように。あの時は確か、その死を合理的であると信じていた。いや、信じざるを得なかった。小学生という小さな体で親からの洗脳と従兄弟からの暴力。簡単に染まってしまう体になっていた。それでもあの頃は間違いなく『生きたい』と思っていた。それは晴がいたからに違いないが、私にも前向きで大きな目標があったのだろう。
"お姉ちゃん、いつかこの家を出ていこうね。"
"もちろん。絶対にこの家の悪事を曝け出す。"
今思えば、前向きどころの話ではない。しかし、天城家での悪事は裁かれるに値するものであったし、何より小学生の時点でその目標を持っているのは、将来飛躍するに違いなかった。それを大きく覆したのが、晴の死ではあったけれど、私がそこで転換期を乗り越えていれば、また『生きたい』と思えたのだろう。
そして、私が潔く罪を認めていれば……
きっと自分の意思だけでどうにかなる話ではなかったが、そんな後悔が日に日に積もる。晴を殺し、自分をも殺した私には何も残らない。それにこれからペアと心中を計ろうとしているのだ。
私はもうどこへにも行けない。賢人がどれだけ光を兼ね備えていても。
「伊吹さん、おはよう」
伊吹は相当疲れていたのか、睡眠薬の効果以上の作用を受けていた。賢人よりも30分長く寝ていたらしい。しかし、目の前にいる賢人は何ら変わらなかった。ただ、最終的に賢人を殺す真似をすることになると考えると、胸がつっかえて苦しくなる。伊吹は『死にたい』と何度も言い返すが、やはり賢人のことを忘れられなかった。目の前にある純粋で潔白な笑顔に泥を塗るような真似はできない。伊吹は深くため息をついた。
「僕、海音さんのところに行ってくるよ」
「どうしてだ」
「海音さんに呼ばれたんだ」
「信用できるのか」
「当たり前でしょ。絶対に大丈夫だから」
賢人は偽りのない笑顔を咲かせた。おまけにピースまでする。伊吹には苦笑する他なかった。初期の頃とは大きく違う賢人の背中を見つめた。嬉しいような、寂しいような……。
賢人が海音に招かれたのは『026』号室だった。もれなく、海音の自室だろう。鍵は常に開けているようで、すんなり入ることができた。まるで誰も住んでいないように思われるほど生活感がなかった。特に賢人と伊吹の部屋はどちらも粗いところがあるので散らかっている。
「凄く綺麗だね。海音さんも疾風くんも綺麗好き?」
「そんなんじゃないわよ」
海音は賢人に背を向けながら自室を案内した。どの部屋も同じ構造であるため、新鮮味は感じられない。賢人は窓際にある『017』号室では伊吹や世界が座っているような革製のソファに腰掛けた。もう片方のソファに海音が腰掛ける。目を合わせば会話をする合図になり、賢人は口を開けずにはいられなかった。
「海音さん、どうしてこんな所に?」
賢人と辺りを見回しながらキョトンとする。相変わらず無頓着な男である。
「1つ目は謝りたいことがあるの。あの、伊吹さんだっけ?……殺しかけてごめん」
海音は自分のスカートを握り締めながら、俯いて話した。予想外な内容に賢人は内心驚くが、すぐさま頷いた。
「全然大丈夫だと思うよ。なんなら、途中からは伊吹さんが殺しかけていたようなものだし」
「あはは、確かに怖かった……」
「もしかして、それだけ!?律儀だね〜」
「っんなわけないでしょ!」
海音は内心呆れながらもため息をついた。恋する乙女にとってこのようなのらりくらりしている男が1番面倒くさい。それに愛おしさを感じるものだけれど。
「あ、そうなの?話してよなんでも」
「なんでそんなに優しいのよ。一応、私は敵よ?」
海音は真剣な眼差しで賢人のことを見つめた。そこに込められるのは少しの愛おしさと大半の心配である。
「みんな人間だもん。敵だろうがなんだろうが、僕に害を与えない人には優しくするよ」
「そりゃあ、皆よね」
海音は少し落ち込んだように声のトーンを下げた。
「それに海音さんが優しいこと、知ってるから。だから、疾風くんもあんなに懐いてるんだよ」
賢人は繕うなどない笑顔を振り撒いた。しかし、海音はその純粋さに心を痛めた。海音の優しさは決して本能的なものではない。むしろ、逆だ。この窮地の事態で生き残る術がそれしかなかった。優しくすることで報われる、言わば哲学的な思想だ。それに、海音と疾風は一緒に得ざるを得なかった。彼らは蒼葉と貴一の私情に巻き込まれている。賢人には知る余地もなかった。
「賢人はなんでも私のことを受け入れてくれるのね。私は大して大きな罪も背負ってないし、常人だとは思う。けれど、この世の中常人こそ1番被害を受けてると思わない?これだってそうよ。『死にたい人間』がいなければ私たちは……」
「海音さん……」
賢人もそれには同情できる。しかし、賢人は知っている。伊吹のように誰かを殺した人、世界のように嫌な能力を持って生まれてきた人……全て非常人かもしれない。それに彼らはその罪を償うために死のうと言うのだ。賢人たちはただの被害者。しかし、そんな世の中を作ってきたのも『生きたい人間』の身勝手からだ。
では、誰が悪いのだろうか。
「でもね、海音さん。きっと僕たちにも反省点はあるはずなんだ。海音さんが悪い人じゃないのは承知してるけど、だからと言って非常人を放っておくことも出来ない」
「……そう。賢人は凄く大人ね」
「いや、そんなことないよ。僕もそれを言うことで罪滅ぼししてるだけかもしれないし」
「そういう人にも優しい手を差し伸べることができるの……本当に好きだわ」
「……え?こ、告白!?」
いざ言葉になると、賢人は酷く動揺した。今までの無頓着ぶりが嘘みたいだ。
「ちょ、何動揺してんのよ!」
「うわぁ、ごめんなさい……!」
海音は深くため息をついた。そして、決心したように賢人のことを見つめた。
「私、賢人のこと好きだから。それも深い意味で。本当に大好きだから……私が死ぬ時はそばにいて。賢人は優しいんでしょ。最初で最後のお願いなんだから、絶対に約束して」
「……海音さん。でも、疾風くんが死なない限り……って疾風くんはどこにいるの!?」
「疾風は『023』号室で寝てる」
「なんで、蒼葉さんの所に?」
海音は再度大きくため息をついた。
「ていうか、僕たちが殺すのは蒼葉さんと貴一くんだから!……絶対に2人を殺すような真似しないから」
「……はぁ。本当に分からずやね」
「どういうこと……!?」
「私は疾風とペアじゃない。私のペアは貴一くん」
賢人はその言葉を聞いた瞬間に床に膝をついた。今までの発言を反省しようと思うが、反省しきれない。正しい道から外れて1人で迷いそうになった。
好きには色んな種類がある。
最期まで一緒にいたい。最期まで忘れたくない。最期は一緒に死にたい。
さまざまだ。その中で選ぶのなら、何が最善なのか。
伊吹には妹と何をする自分が映っているのか。海音にはどのような姿で賢人のことを描いているのか。
好きには存在意義があるのか否か。
4ペア目:東堂 貴一と伊織 海音
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