第16話 最後の作戦会議
22時のチャイムがなる。それは今日のデスゲームの終了を示す。スクワッド同士の会話は有りだが、対戦相手の接触はできない。言わば、作戦会議の時間というわけだ。こういうところだけはスポーツマンシップにのっとており、参加者に試合だと思わせる。
賢人は海音と疾風に別れを告げ、『017』号室へと向かった。メールが来ていない限り、世界と楽希は死んでないと分かるが、どのような状態に至っているかは分からない。伊吹とも当分会えていない。
最初の『絶対に1人にならない』という約束は既に破られていた。
「賢人」
賢人は聞き覚えのある声に振り向く。そこには伊吹が立っていた。姿に変化はない。出血しているわけでもなく、体の一部が折れているわけでもない。目に見える傷によって痛い思いをしているわけではなさそうだった。
「伊吹さん……どうしたの」
姿の変化に偽りは無いのに、賢人は声をかけざるを得なかった。伊吹から湧き上がる中のものが飛び出して、邪悪をつくる。それが賢人にまといついた。
「特に姿に変化はないだろ」
「いや、そうだけど……でも、何かあったんだよね」
賢人が恐る恐る伊吹のことを見つめるが、伊吹はそれに背いた。拳をわなわなと震わせている。
「私の心配はするな……」
「そんなことできないよ。ペアでしょ?」
「ペアなら、尚更だ。私のことは放っておいてくれ」
「なんで……?」
「もう、誰も傷つけたくないんだ……」
伊吹は上の方を向いて、そう嘆いた。伊吹には確かに晴の姿が見えていた。賢人のことを晴の二の舞にしたくなかった。だから、これ以上自分に構って欲しくないのだ。賢人だけではなく、世界にも楽希にも。
『017』号室には、既に世界と楽希の姿があった。世界は頬にかすり傷を負っただけだが、楽希はかなり荒れている。制服を破けていて、そこは赤くなっていた。
「賢人くんと伊吹ちゃん……」
世界は弱り果てているようで、落胆した声で呟いた。そこに覇気はなく、ただありのままの状況をつらつらと話すだけのアンドロイドに過ぎなかった。
それに比べて楽希はまさに人間らしいと言って良い姿だった。溢れ出る血液が生命感を剥き出しになっている。新しいデスゲームが始まった中で1番生き生きしていた。
「世界くんも楽希くんも大丈夫?」
「僕は大丈夫だよ。それより楽希くんの怪我の方がひどい」
「いや、俺はむしろ元気だ。それより、早く明日になってほしい。貴一のことを殺したい」
楽希は膝を組み、ベッドに座った。血液は固まり、ベッドに垂れ流れることはなかったが、衛生面上よろしくはなかった。しかし、誰1人そんなことは気にしない。
「楽希がそんなことになるとはな。何があったんだ」
「特に大きなことはなかった。ただ、アイツだけは俺に締めさせてくれ。本当に俺は世界が大事なんだ」
ある人は、愛こそ惨めな感情はないと言う。愛が憎悪に変わる瞬間は本当に惨めだ。人が愛を殺し、愛が人を殺す。人間が窮地に立たされた時、その言葉が顕となる。今まで優しい人間であった人物こそ、その傾向がある。この4人の中で1番影響を受けやすかったのは楽希だったのだろう。
「そういう伊吹はどうした?蒼葉のこと、殺さなくていいのか?」
「……いい。殺さなくていい」
「え、なんで!?蒼葉さんのこと憎くないの!?」
「なんでそんなに賢人が……」
「世界くんから聞いたよ。伊吹さんの妹、このデスゲームで死んだんだよね。蒼葉さん、それを笑ってたって……!」
賢人はドクドクと血液が流れている気持ちになった。顔に血液が集まり、熱くなる。
「僕は蒼葉さんのこと、許せないよ……」
「いや、悪かったのは私だ。蒼葉は違う。妹を殺したのは私だ」
「伊吹ちゃん、それどういうこと……」
「デスゲームに参加する『死にたい人間』の大半は志願制。まぁ、綾羽は例外だろうが。……妹は志願していた」
「それも蒼葉さんが……!」
「ふざけたことを言うな。殺したのは紛れもなく私。もうこの世の中ではうんざりだ」
伊吹は諦めがついたようにため息をついた。
「私は……死のうと思う」
深いため息の後、伊吹は小さく呟いた。自分の過ちから背けたいのだ。
「どういうこと……」
賢人は瞳孔を左右に揺らしながら、明らかに動揺した。賢人が1番恐れていた展開になったからだ。これでは、賢人自身が殺される。
「賢人。こんな奴がペアで悪かったな」
「……伊吹さんが、悪いわけじゃないけど……!僕と一緒に生きるとか言う選択肢はないの!?」
「……」
伊吹は黙り込んだ。感情の籠った賢人の言葉に返事を返せるほど余裕はなかった。楽希はベッドから中庭を覗くが、賢人と伊吹のことを気にしているようだった。
一方で、世界は口を開けた。
「伊吹ちゃん、僕もだよ。僕もようやく死ぬことを決意したんだ」
その言葉に楽希は振り返る。楽希が貴一と戦ったのは、世界に生きて欲しいからだった。
「僕もこんな世の中で生きるのはうんざりだよ。特殊な人間が生きづらい世の中なら、僕はもう生きていけないよ」
「世界……」
「でも、楽希くんには生きてほしいよ。大好きだから」
世界は楽希の手を取った。温厚な雰囲気が流れていると感じる一方で、心理戦のようなピリピリした雰囲気も感じる。
楽希は優しい世界の笑顔から不穏な空気を感じ取る。敢えて、声には出さないが。
「伊吹さん。ごめんね、僕が生きたいって思わすことが出来なくて」
"お前が私に生きる希望をくれたらいいだけの話だ。"
賢人の頭には伊吹のそんな言葉が浮かび上がる。1番最初に交わした会話の1つだ。
「私の方が悪かった。賢人は死ぬと同意義なことを言って」
「うん。いいよ」
内心そうは思っていないが、賢人は肯定した。伊吹のことを刺激するのはこの上なく怖かった。
4人とも切り替えが早い性格で、賢人と楽希はトランプをしていた。普通のことで遊べるのが何よりの幸せだった。
伊吹と世界はと言うと、窓側に設置されている2つのソファに向き合って腰をかけている。
「そう言えば、楽希くんは貴一くんのこと殺す気満々だよ。強制的に蒼葉くんも死ぬけどいいの?」
「勝手に死んでもらう分には構わない。私が手を施したくないだけだ」
「そっか」
「それに、アイツらは本当にペアなのか?」
「え、なんで?そう言ってたじゃん」
「敵の言葉を鵜呑みにしているのか?」
「まぁ、ペアの相手を嘘ついて良いことある?ていうか、根拠はあるの?」
世界はバカにされたと思い、敢えて煽るような真似をした。
「いや、具体的な根拠はない」
「ほら〜」
世界の煽りように伊吹は内心ムカつく。内心どころか、顔に出ていると言ってもおかしくない。
「ただ、なんでアイツらは海音と疾風と組んだんだ?そいつらに強みはあるのか?私が見た限り、ただの少年少女だ」
「確かに言われてみればそうだね。なんでだろ」
「それにずっと怪しいと思っていた。海音と疾風はどう考えても生きたい人間だ。人の死に対して異常に怯えていたからな」
「そうなんだ。じゃあ、ペアの相手を言わないのはなんで?言った方が、少なくとも賢人と楽希は戦力外になるよ。もれなく、2人は友人である海音ちゃんと疾風くんは殺せない」
賢人と楽希は優しい人間であるため、きっと殺せないのは事実だ。
「蒼葉と貴一は私たちが考える以上に最低な人間なのかもしれない……」
「え、今以上にってこと?」
「あぁ……。世界は殺したくない人間を殺した時があるか?」
「……まぁ、あるね。霊視持ってる時点で仕方ないけど」
「その時、何を思った」
「『死にたい』って思ったよ。今までそんなことが無ければ、僕は『生きたい人間』だったはずだよ……」
世界は何かを閃いたように手を叩いた。
「蒼葉くんと貴一くんは……賢人くんと楽希くんのことを『死にたい人間』にさせようとしている?」
「あぁ、かもしれない」
「じゃあ、楽希くんに貴一くんを殺さないように言った方がいいかな」
「いや、それをしたら私たちが死ぬだろ」
「伊吹ちゃんは死にたいんじゃないの?」
「いや、賢人の命も含まれている。まだ考えたい」
「まぁ、そりゃそうだよね」
2人は物思いにふけながら、窓の方を見つめた。真実の分からないこのデスゲームで4人はどのようにして前に進むのだろうか。
生きるか、死ぬか。
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