第14話 2つの正義


伊吹は蒼葉に連れられて、人気の少ない場所へと案内された。


「ここでいいかな」

「こんな所で殺し合いをするのか?」


そこはエントランスの奥にある人気のない場所だった。中は薄暗く、光は中庭から注がれているシャンデリアの光とすぐ近くにある自販機の光だけだった。


「別に殺し合いをするなんて言ってないじゃん。ていうか、伊吹ちゃんは昔からそうだよね。殺しとか復讐とか大好きでしょ?」


蒼葉は退屈しきったように笑みを浮かべる。


「お前と私に面識などない」

「あるんだよ」


蒼葉は食い気味に話す。その瞳は至って真剣だった。


「伊吹ちゃんの妹のはれちゃん。俺の婚約者だったよ」

「そんな話、聞いてない」

「そりゃあ、そうだよね。だって伊吹ちゃん、霊視ないもん」


伊吹のことを昔から邪魔してきた霊視が今また芽を出す。


「才能のない伊吹ちゃんに誰が教えるのかって話だよ」

「……」

「晴ちゃんはね、見えてたんだからね。伊吹ちゃんに巻き込まれただけであって。伊吹ちゃんは本当に晴ちゃんのことが好きだったの?」


蒼葉は伊吹の顔を覗き込んだ。

伊吹にとって晴は唯一の妹であり、唯一信頼していた家族だ。父親も母親も才能のない伊吹に無関心であった。有名な御三家の1つであったため、屋敷も大きく、従兄弟と共に住んでいた。その従兄弟も困った輩であり、日々のストレスを伊吹と晴にぶつけていた。しかし、主に暴力を受けていたのは伊吹だ。伊吹が晴のことを庇うことが多々あったからだ。

受け身の形だとしても、このように晴のことを守ってきた。大切にしようと思っていた。目の前の男にそんな現実を押し付けてやりたいところではあったが、口を慎む。そんなことを言葉にしたところで、蒼葉は簡単に分かってくれる人間ではない。今まで散々なことを言われて理解していた。

しかし、許せなかった。蒼葉に晴への愛を確かめられることを。


「てめぇが言いたいことは分かった。才能があるだかないだか知らないが、私が1番近くで晴のことを見ていた。間違いないだろ」

「1番近くで見ていたから、愛してる?そんな単純なわけないじゃん?」

「お前みたいな人間が愛を語るな」

「それはこっちのセリフな?伊吹ちゃんこそ、殺しとか復讐で愛を片付けて何になるの?それで伊吹ちゃんはスッキリした?いや、晴ちゃんはスッキリしたの?晴ちゃんの気持ち確かめた?」


ここで言う蒼葉の殺しや復讐とは、昔伊吹が妹を虐めていた輩を殺したことである。伊吹はそのことをほとんど覚えていなかった。事実として残っているので、受け止めてはいるが、何が動機で動いたのかも分からない。それは親の隠蔽や洗脳があったからだろう。


「晴ちゃんの同級生を殺しておいて、よくも愛してるだとか言えるよ」

「妹が苦しんでいるところを放っておけってか?」

「まだ放っておく方がマシだったね。晴ちゃんが君が犯した罪を代わりに償おうとどれだけ努めたか。それで毎日泣いて、俺のところにすがりついたか……伊吹ちゃん、分かってないよね」


蒼葉のハイライトを失った目が、表面を伝い光る。そこには何も無かった。取り返しのつかない感情を閉じ込め、蒼葉は笑った。


「晴ちゃん、なんでデスゲームに参加したんだろうね」

「従兄弟の推薦じゃないのか」

「あはは、何それ。天城家ではそんな感じなの?」

「じゃあ、違うのか」


蒼葉は一息ついた。


「晴ちゃん、志願したんだよ」


伊吹は瞳孔を大きく拡げた。その非現実的な言葉に囚われる。伊吹はそれほど、蒼葉のことを認めていた。


「嘘だ……みたいな顔してるね。本当だよ」

「なんで止めなかった」

「なんでって……その事実から背けてた伊吹ちゃんに言う必要ある?」

「お前が教えてくれたのなら、私は絶対に止めた……!妹のことを守ろうと思った」


伊吹は限りない不満を覚えた。胸を掻きむしりたい。


「本当に伊吹ちゃんに守れる?」

「……」


何故か伊吹は肯定しなかった。なんとなくだが、蒼葉の強い愛に押し潰されそうになった。もしかしたら、蒼葉の方が愛していたのかもしれない……という絶対に背けたいものまでもが伊吹に押し寄せてくる。


「伊吹ちゃんは復讐ばかりだったよね。それが晴ちゃんが望んでいたことなのかな?……君が同級生を殺してから、誰がそばにいたと思ってるんだ!」


蒼葉の炎のような激しい怒りが伊吹のことを包む。その熱い火から伊吹は逃れられない。

伊吹は黙っている他なかった。蒼葉はそれを受け止めたようで、話を進める。


「晴ちゃんが欲しかったのは、復讐じゃない。本当の愛だよ。それに気づいて限りなく愛を注いだのは俺だけ」


珍しく蒼葉は余裕がなさそうだった。同様に伊吹もである。


「なんで伊吹ちゃんは、晴ちゃんに寄り添おうってならなかったの?悪い方に手を回したの」


最後は軽く落胆して、伊吹のことを見つめた。そこには憎悪とか戒めはなく、ただ伊吹の変化を待っているようだった。

蒼葉が敵なのか否か、分からなくなった。一見、正義を押し付けているようにも見えるが、何か違うのかもしれない。伊吹には思い当たる節が多々あった。自分が犯した罪に背いたことも覚えている。ただ、家系に守られて育った。事件丸ごと隠蔽された。そんな姉を見て、妹はどう思うだろうか。今思えば、簡単な話だ。

才能がほしいだの、自分を認めてほしいだの、そんなことは求めない。普通の姉であってほしかったはずだ。そのために晴も手段を選ばなかった。霊視がない……才能がないフリをして姉に寄り添っていた。普通の姉であってほしかったから、晴自身も普通の妹でいようと試みた。


(私はなんで、そんなことに気づかなかったのか。妹の何もかもを踏み潰したのは自分だ。妹が嘘をついてまで守ってきたもの全てを台無しにしたのは自分だ。そして……晴を殺したのは自分なのかもしれない。晴がデスゲームに参加したのも、私が犯した罪を死んで償うため。汚く言えば、死ぬ事で罪から免れようとしていた。本当にそうしなければならないのは……私だったはずなのに)


伊吹は泣かなかったものの、酷く混乱していた。何もかもに対して頭が追いつかなかった。


「晴ちゃんがデスゲームで死んで何を思ったの?復讐でしょ?素直に死を認めて前に進もうとか思ってくれなかったの?」


蒼葉は繰り返し問い続けるが、伊吹が返すことはなかった。自分の正義と蒼葉の正義がぶつかり、矛盾をうむ。今まで自分が従ってきた道が途端に崩れた。代わりに前を歩くのは、蒼葉だった。


「晴は、私のことを恨んだに違いない」


ただ一言話せるのなら、そんな言葉だった。


「……そんなことないよ。なんでそうやってネガティブになっちゃうの。はぁ、そこは晴ちゃんの分まで自分が生きる……とかじゃないの?」

「そんなこと私が……」

「いつもの強気な伊吹ちゃんに戻りな。俺は晴ちゃんの気持ち分かるから」


伊吹は自分の気持ちを受け止めきらないまま、その場に立ち尽くした。敵である蒼葉に弱みを見せ、最愛の妹を殺した。伊吹にとってこの上ない不幸だった。『生きる』ことが晴にとっての幸せであっても、伊吹はその行為に至ることができそうになかった。むしろ、『死にたい』という気持ちが膨らむ。このまま楽になってしまいたい……晴が1番望んでいない言葉を口にしそうになった。


「俺は伊吹ちゃんのことを殺すつもりはない。晴ちゃんのこと大好きだから。大好きな人の大好きな人を殺す訳にはいかないでしょ」

「……」

「言いたいこと分かる?……晴ちゃんは俺の隣にいたにも関わらず、ずっと君の話をしてたんだよ」


蒼葉は八の字にして笑った。伊吹に差し出す1種の光のようだった。

もちろん、蒼葉は伊吹に刃物を向けなかった。蒼葉自身も無防備なようで、伊吹に近づいていく。


「どうせなら生きて。別に、ここで俺を殺してもらっても構わない。元々俺は『死にたい人間』だし」


蒼葉は躊躇いもなく、手を挙げた。伊吹はこれまで蒼葉に言われた邪悪な言葉を掘り起こしたが、それでも蒼葉を殺す気にはならなかった。そして、伊吹も軽く手を挙げる。


「何それ。2人して降参ポーズ?」


蒼葉は大きく笑った。そんな蒼葉の顔を見たのは初めてだった。



伊吹は蒼葉のことを殺せなかった。晴のことを本当に愛していたのは、自分であるのか、蒼葉であるのか分からなくなったからだ。もしも、お空から晴が伊吹のことを見ているとして、自分が蒼葉のことを殺せば、彼女は悲しみ憎むかもしれない。

伊吹は殺しだの、復讐だの、憎悪から成る感情に囚われすぎていた。

きっと、晴が好きだったのは蒼葉だ。伊吹ではない。だから、せめて蒼葉のことを自分から傷つけることはしたくなかった。これから先、本当に晴のことを愛するためにも。

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