第13話 お前を殺したい


俺の小学校には、霊視を持っている人間がいるらしい。見た目は中性的だが、至って普通の人間であった。声を聞くと、人懐こくて甘え上手。周りの人間はそいつのことを煙たがっていたが、自分よりかはよっぽど普通の人間らしかった。俺はそんな彼に憧れていたし、霊視そのもの怖いものだとは思わなかった。しかし、彼と話すようになってから俺の周りで不可解な出来事が起こり始めた。最初は至って普通の心霊現象。彼は霊媒師の家系ではないが、それに似通った血を受け継いでいる。霊を呼び寄せてしまうのは仕方がないと思う。

しかし、ある1つの出来事で俺は……彼を恨み始めた。誰よりも普通の人間として彼のことを見ていた俺が……1番恨み始めた。

それは弟の病気の悪化だ。元々重病ではあったが、安定していた。俺はそれに対して一安心していたし、これから先弟が死ぬこともないと思っていた。だが、すぐに死んでしまった。俺はすぐに彼のことを疑った。彼が霊を呼び寄せたに違いないと。


俺はその日から……彼のことを殺したい。彼を殺して、そのまま死んでしまいたい。


俺は、彼があるデスゲームに参加すると聞いて、自分も志願書を出した。そこで俺は彼を殺すことを決意した。





「蒼葉くん、一緒に殺してくれるんだな」

「もちろん。俺も霊媒師には嫌な思い出しかないから」


蒼葉と貴一は『017』号室のクローゼットで囁くように話し始めた。狭くて、暑ぐるしい。

クローゼットの中からは部屋の様子を見ることができず、無論話を聞きとることもできない。2人は殺すタイミングを見計らっていた。


「世界くんは絶対に俺が殺すから」

「殺しを奪うわけないでしょ。俺も殺したい相手がいるんだ。本当はペアだったら楽だったのにね」


蒼葉は苦笑した。もちろん、蒼葉の殺したい相手は伊吹である。2人は相手は違えど、殺すためにデスゲーム参加に志願している。境遇は似た者同士だ。

蒼葉と貴一は背徳感を味わいながら、そのクローゼットに居座っていた。何も根拠がないままタイミングを見計らっている。しかし、それは至難の業であり、直感を頼りにすることしかなかった。そんな時、クローゼットがガラガラと大きな音をたてて開いた。2人して上の方を見上げるが、そこには世界や楽希の姿はなく、その代わりに伊吹が立っていた。2人を軽蔑したような目で見下している。


「やっぱりいたか……」

「あれ、なんで伊吹ちゃんがここに?ここは世界くんたちの部屋だよね?」

「そんなことはどうでもいい。それより、普通に犯罪だぞ」

「このゲームで表の世界の犯罪に構ってられるね。伊吹ちゃんは世界くんと楽希くんを守りに来たのかな?……無駄だよ。君の相手は俺だよ!」


蒼葉はそう言い放つと、伊吹の腕を引っ張り、『017』号室を出ていった。世界は大きな声で「伊吹ちゃん!」と叫んだが、もちろん構うはずもなく、それより目の前には侮蔑するような目で見つめる天敵がいた。そちらに目がいってしまう。


「ようやく殺せる日が来たな。世界くん」

「殺すなんて簡単に言わないでよ。こっちは2人いるんだよ?」


世界は隣に視線を送った。しかし、楽希の姿はなかった。


「2人って……誰もいないぞ?」


世界は動揺し、後退りする。楽希は伊吹の提案で食堂に向かっている。あれほど1人になるなと言っていた伊吹だが、対戦相手の居場所は全て把握した。楽希が落ち着くためにも、1度外に出てやるべきだと考えた。しかし、ここで世界が殺されるということもある。伊吹はきっと信じているのだ。世界と貴一が2人で和解することを。


「まぁ、別にいいよ。貴一くん、2人でゆっくり話そう。その後、殺してくれてもいい」


世界は既に諦めがついているようだった。自分の体力不足と、貴一の抜群の身体能力を理解していたからだ。


「そうだな。殺しは殺しで返さないとな」


貴一は不敵な笑みを浮かべた。その瞳にはただ復讐という概念だけが映り、世界のことを捕らえる。今にでも殺してしまいたいと舐め回している。貴一はナイフを手に取り、世界の頬にくっつけた。世界も後退りするのかと思いきや、ここで殺されることはないと悟り、口を開けた。


「話をするって言ったよね」

「あぁ。ただ、俺は話すことなどない。お前を殺せたらそれで十分だ」

「人間の脳持ってるの?さっきから全然話が通じないんだけど?」

「口を慎め。お前が1番分かってるだろ。俺の弟を殺したって」

「どういうこと?僕がいつ君の弟を殺したのさ。随分勝手な言いがかりだね」


貴一は燃え盛るように怒りをあらわにしているが、世界は余裕そうに嘲笑った。しかし、世界は自分の霊視が無ければ貴一の弟は死んでいなかったのかもしれないと未だに信じている。いや、信じざるを得ない。本当は信じたくないのだ。


「世界くん、ごめんだけど、君には死んでもらう」


貴一はそう言った瞬間に、世界の腹を殴った。それに対抗する力を持ち合わせていない世界はただ逃げ回ることしかできなかった。ベッドの上を軽々しく超えるが、既に息が切れていた。


「世界くん、もう息が切れているのか」

「うるっさい……こっち、だって真剣なの」


会話をしてしまったのが仇となり、世界の太ももに赤い1本の線が入った。言わば、貴一のナイフが世界の太ももに触れたのだ。世界は顔を歪めるが、痛みを長期的に感じるタイプでもない。痛かったのは、切れた瞬間だけだ。


「動き回ると、傷が広がるぞ」

「心配するなら、走るのやめてよ」

「あれ、もう降参?」


貴一はナイフを握り締めながら、眉間に皺を寄せた。本気で行くぞという合図だった。その顔を見て、世界も多少は怯えているようで手を震わせている。しかし、逃げなければならない理由があった。


「世界くん、『死にたい人間』なんだろ?諦めて死ぬ方が楽だろ」

「ペアの子には生きてほしいからね。例え、自分が死にたくても出来ないよ」

「世界くんも綺麗事が言えるようになったんだな」

「あぁ、うるさい。じゃあ、貴一くんが、死ねばいいじゃん。どうせ、『死にたい人間』なんでしょ?何年ぶりに会ったって感じだけど、相変わらず……つまんなそうだもん」

「それはお前が俺の弟を殺したからだ」


世界は息を切らしながらも応答した。応答できないのは、貴一に負けたのと同意義のように感じたからだ。


「そろそろ体力が限界なんじゃないの?」

「よく、言ってくれるじゃん。僕だってね、簡単に負ける訳には、いかないからね。楽希くんのためにも、生きるから!」

「アイツは逃げたんだろ」

「逃げてないよ。絶対に、帰ってくるから!」


貴一と世界は未だに追いかけっこをしている。世界は早々に息を切らしていたこともあり、語尾も上がり始めた。貴一はと言うと、父親の厳しい指導もあり、基礎体力どころか、応用体力までもが備わっていた。

もう、世界に勝ち目はない。


「はい、捕まえた」


貴一はトドメを指すように、世界に馬乗りする。備え付けのバッグからナイフを取り出した。

それでも世界は笑っているようで、貴一は少々恐れた。


「何笑ってるんだ」

「あはは、僕って馬鹿だなって」

「今更、生きたいとでも?」

「そうだね。楽希くんごめんね」


世界の瞳から大粒の涙が零れた。今まで『死にたい』と思っていた世界。しかし、いざ『死』が近くなると人間誰しも反対の気持ちが湧き出てくるらしい。それが一時的なものだとしても世界には大きな刺激となった。だが、残酷ではあるが、このゲームの最中は『生きたい』と思っても退場することは不可能だ。


「楽希くんごめん……そして」


世界は不敵な笑みを浮かべた。何かを察したようだった。


「お前は死ね!!お前のような人間がいる限り、僕は『生きたい』って思えないよ!!」


世界は自分の気持ちをわざと言葉にした。その理由の答えは扉を見ればすぐに分かった。


「世界、待たせたな」


楽希が姿を消してから、既に2時間が経過していた。

扉には楽希の姿があった。片手に水を持っていた。そして、もう片方の手にはナイフが握り締められている。殺気が溢れ出ているその瞳に映るのは貴一ただ1人だった。


「貴一、てめぇだけは許さない!」

「殺せるものなら、殺してみろ」

「望むところだ。世界のために、今までの自分の幸せ、全て売る気で行く!」


貴一の"世界を殺したい"という感情と楽希の"世界を守りたい"という感情がぶつかる。

どちらの意思が強く、どちらの意思が正義となるのだろうか。

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