第12話 生死の葛藤
賢人と伊吹は先に自室へと戻って行った。痛恨のミスで賢人が扉の鍵を閉め忘れていたようだった。
「おい、賢人」
「ちょっと、伊吹さん!?僕、絶対に閉めたよ!」
「じゃあ、なんで開いてるんだ。それに鍵を持ってたのはずっと賢人だろ」
「そうだけど……!でも、新ゲーム早々そんなことさすがにしないよ……!」
「はぁ、次からは絶対に気をつけろ」
「はい……」
賢人は渋々反省した。しかし、本当に賢人は閉め忘れした覚えがない。
「部屋は綺麗になってるけど、いつも通りだし問題……ないよね?」
「さぁな。とりあえず、この部屋にいるのも気味が悪い。世界たちに会いに行くぞ」
「そうだね!さすがにあっちは開けっ放しにしないでしょ」
次こそは鍵閉めをしたことを2人で確認し、『017』号室へと向かった。廊下に出ると、また悲鳴が聞こえた。奥の方で殺し合いが行われたのだろう。さすがにもうそんな光景は見たくないため、見ていないふりをする。
「ねぇ、伊吹さん。新ゲーム始まってから殺し増えてない?」
「当たり前だろ。今までと違って、殺さなければ自分が死んでしまうんだから。それにペア同士の場合は自室での行為が可能だが、ペア同士でないのなら、人目につくところで行為に及んでも仕方ないだろ」
「それもそっか。なんか、伊吹さんってすごいね」
「いや、これは誰もが知ってる事実だろ」
今までのシステム上、平和な道を選ぼうと思えば選べる節があった。しかし、今回はどちらかが死ぬまで終われない。これからは日常茶飯事でこのような生活が続くのだろう。現に2人はもう2回の殺害を見ている。
伊吹はその光景を無視して、『017』号室の扉をノックした。すぐさま世界が出迎えて、2人を部屋に入れる。楽希は中庭を見て黄昏ていた。
「楽希の調子は?」
「少しずつだけど、落ち着いてきたみたい」
「そうか。まだ対戦相手との接触は無いんだな」
「うん。そう言えば、食堂にもいなかったね」
「そうだな。人混みの多い時間帯ではあったし、敢えて避けていたんだろ」
伊吹はトーンを変えずに説明した。賢人はその意見に大きく頷き、伊吹のことを尊敬の眼差しで見つめた。
「今日は動かないつもりか?」
「うん、まぁね。まずは対戦相手の行動を見なくちゃ」
「そうだな。その海音と疾風って奴は知らないが、蒼葉と貴一はかなり怪しい。特に世界は警戒しろよ」
「言われなくても分かってるよ。それに僕さ、体力はなくても頭脳はちゃんとしてるから!」
世界は自分の頭を指してニカッと笑う。伊吹もその姿には苦笑するしかなかった。
結局、その日は何事もなかった。敢えて1つあげるとするならば、22時のメールだ。死亡者数が大幅に増加している。マンネリ化で、死亡者数が0.1部屋に留まっていたのに対して、その日は8部屋の死亡が確認された。言い換えれば、8スクワッドの勝敗がついている。
23時になり、4人とも睡眠につく。新ゲームが始まったとは思えない穏やかな1日だった。賢人も楽希も切り替えが早いようで、早々にメンタルを取り戻した。
これが嵐の前の静けさであることに気づかずに。
朝7時になると、賢人と伊吹は同時に起きた。しかし、謎の違和感に襲われる。知らない視線を感じるのだ。もちろん、後ろを振り返っても誰もいない。
「伊吹さん、何か感じるよね」
「あぁ。なんだこれ」
伊吹は辺り一面を見回したが、特に変わった様子はない。しかし、異様な雰囲気が漂っている。
ただ1つ怪しいとするのならば、クローゼット。そこだけは賢人と伊吹の視線からは見られない。
「クローゼット……か?」
「え、開けるの?」
「開けないと何も始まらないだろ」
「いや、でもさ、もし対戦相手だったら……」
「一応、ナイフ持っとけ」
伊吹は常備しているのか、太ももの方からナイフを取り出した。賢人もランプの横に置かれているナイフを手に取る。
「いくぞ」
伊吹はクローゼットに手をかける。さすがの伊吹も冷や汗をかいているようで息を飲む。その後ろで賢人はナイフを握りしめる。伊吹の方が緊張するに違いない状況で、賢人の方がダラダラと汗をかいている。
伊吹が意を決してクローゼットを開けようとした時だった。
ガタガタッ
「ぎゃあああ!!!」
クローゼットの中から盛大な物音がした。伊吹も肩を震わせたが、それはクローゼットの音よりも賢人の大きい叫び声に対してだ。
「お前の叫び声の方が怖いわ」
伊吹は呆れながら、クローゼットを開けた。
中を見ると、男と女が1人ずつ。伊吹にとって見覚えのない人物であった。
「お前ら誰だ」
2人ともナイフを手にしているような素振りもなく、むしろ怯えていた。まるで物を壊してお母さんに見つかってしまった時の子供みたいだ。
それでも伊吹は警戒心を緩ますことはなく、ナイフを握っている。
「い、伊吹さん。この子たち、僕の知り合い」
「は?」
「だから、食堂で会った子!疾風くんと海音さん」
「じゃあ、なんでいるんだよここに。……てか、対戦相手じゃねぇか」
伊吹は彼たちが『7』と書かれている名札をつけていることに気づく。
「でも、伊吹さん殺したらダメだよ」
「じゃあ、どうやって勝敗をつけるんだ」
「そんなの蒼葉くんとか貴一くんを殺せばいいんだよ」
賢人がそう言った瞬間、海音と疾風は2人して怯えた。どちらも顔を歪ませている。
「はぁ。そんなに怯えんな。私は2人を殺さない」
「だけど、貴一さんたちは殺すのよね?」
「あぁ。そうしないと、私たちが殺される」
「ごめんね。海音さんと疾風くん。その変わり、2人は死なないから。今回のゲームはペアしか共有の命持ってないし」
賢人は2人の手を握った。賢人にとって蒼葉と貴一ペアを殺すことが1番平和であると考えたからだ。しかし、海音と疾風は表情を曇らせた。その瞬間、伊吹の頬にナイフが掠った。血は出ていないものの、かすり傷ができている。
2人の方に目をやると、海音が勢いよく投げたようだった。海音は息を切らしている。
「危ねぇな。……殺すぞ」
伊吹は海音のことを見つめながら舌打ちをする。この状況に賢人も疾風も驚いているようだった。特に賢人は動揺しているようで、海音と伊吹を交互に見つめた。
「だって、そういうゲームでしょ?騙し合いも必要に決まってるじゃない」
「ちょっと、海音さん!あまり挑発しない方がいいですよ」
「疾風はいいわよね。気楽で」
「どういうことですか。俺も全然気楽じゃないですよ!」
「はあ?今、相手は貴一さんを狙ってるのよ?言いたいこと分かる!?」
「ちょっと、海音さん……」
海音はかなり荒ぶっているようで、それを疾風は宥めた。海音の瞳は潤み始め、今にも泣きそうになっていた。
「海音は貴一のことが好きなのか」
「……うるっさいわね」
海音はそっぽを向いた。伊吹もどうすれば良いのか分からなくなり、しどろもどろになる。
「で、話変えるぞ。お前らはなんでここにいんだよ」
「貴一さん達に見張れって言われたのよ」
「はぁ……じゃあ、なんで入れたんだ」
「客室掃除の人と入れ違いで入ったのよ」
海音は素直に話し始めた。伊吹のことを殺しかけたこともあり、説明することで罪悪感を揉み消している。
「じゃあ、貴一たちは……『017』号室か……!」
「世界くんを最初に狙うって言ってた!」
「アイツらを2人きりにするのは危なすぎる。行ってくるぞ」
「僕も……!」
「お前は、一応コイツらの見張りな。殺されそうになったら逃げろ」
「え、えぇ!?わ、分かった!」
賢人は海音と疾風の方を見て苦笑いした。『018』号室では、平和な時間が流れそうだ。それに比べて『017』号室きは不穏な空気しかない。
伊吹は意を決して、『017』号室へと向かった。遭遇しているか、戦っているか……ましてや、死んでいるか。色んな状況を把握した上で、伊吹は歩き始めた。
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