第11話 殺と死
睡眠薬のおかげで4人は難なく眠ることができた。朝の7時になり、参加者全員が一斉に起きる。『018』号室での風景ももちろんそうであり、伊吹はすぐに洗面所へと向かった。賢人は目を擦りながら服を着替え始めた。2人は洗面所の扉を挟みながら会話をする。
「伊吹さん、今日はどう動くの」
「まずは食堂に行く。あそこは安全だ人もいるし」
「うん、そうだね」
「そして、世界と楽希を迎えに行く。昨日、貴一って奴が言ってたことが本当ならば、世界が最初に命を狙われるだろうから」
「でも、伊吹さんも油断しないでね。ただでさえ蒼葉さんと極悪な関係なんだし」
「そこは安心しろ。体術でアイツに負ける気はない」
「そこの点世界くんは心配だね。腕立て伏せ全然できてなかったし」
賢人は苦笑した。腕立て伏せに関しては賢人よりできていない。
「賢人も人のこと言えないだろ。とりあえず、1人にはなるな」
「分かってるよ。……伊吹さんはもう殺すの?」
「もちろん時を見計らってだがな」
「僕、殺すってなっても上手くサポートできないからね……!」
「昨日あんなにかっこよく決めてたのに早速これか」
伊吹は扉越しでも分かるようなため息をついた。賢人は昨日の銀河のような瞳は失っており、いつもの内気な賢人に戻っていた。
「まだ身支度できてないのか」
伊吹はなんの躊躇いもなく洗面所から出てきた。賢人は着替えている最中である。
「ちょ、ちょっと伊吹さん!?」
「そんなんで慌てんな!慌てる暇あるんなら、さっさと着替えろ!」
「は、はい……」
伊吹に罵られたこともあってか、賢人はすぐさま着替えた。その後すぐに『018号室』を出る。今日から新しいデスゲームが始まるとはいえ、何ら変わりのない風景だ。
「あ、賢人くんと伊吹ちゃんおはよう」
右の方を見ると、ちょうど世界と楽希が扉から出てくるところだった。世界はいつもと変わらないが、楽希は小刻みに震えていた。
「楽希くーん?」
世界は心配そうに楽希を見つめた。
「楽希も昨日はあんなにかっこよかったのにな」
「そうなんだよね〜。楽希もってことは賢人くんも?」
「ぼ、僕も緊張するよ……!楽希くんと同じくらいには」
賢人と楽希はある程度の常識や普遍的なものを持ち合わせているためか、わなわなと震えている。打って変わって伊吹と世界はそれらを持ち合わせていない。いつも通りしっかりと立ち構えていた。
「今日はできるだけ4人でいようよ。その方が賢人くんも楽希くんも安心すると思うし」
「そうだな。それに体力のない世界を1人にするのは心配だ」
「ちょっとどうゆうこと!?」
「そのままの意味だ」
世界は不服そうにしているが、笑っている。そんな世界を見て、楽希は胸を撫で下ろした。伊吹の情緒は常に安定していて、ただ勝利だけを求めて前に進んでいる。それに比べたら3人とも後ろめたさが残っているが、今は進むしかなかった。
食堂の雰囲気はいつもと違っていた。人はいるものの、誰1人椅子に座っていない。それどころか、食事を買う者もいなかった。
「いやあぁぁ!!!」
女性の甲高い声が小さな空間に響き渡る。4人ともそちらに視線をやると、人だかりができていた。大きな背中が邪魔をし、状況を読み取らせない。
「何この悲鳴……」
賢人は穏やかではいられないようで、顔をこわばらせる。楽希も同様にして後退りした。伊吹と世界はズカズカと前に進んでいく。それに2人は躊躇いながらもついていった。
人をかき分けて進んでいくが、なかなか現場にはたどり着かない。途中、嘔吐したり、倒れ込む人がいたため尋常ではないことが繰り広げられていることを悟る。
「人が多すぎてなんだこれ……」
「ホントに多すぎるね。ていうか、こんなに参加者いたんだ」
「世界はいつでも冷静だな。昨日、聞いてなかったのか?アイツら《貴一ら》は間違いなくお前のことを1番に狙ってくるぞ」
「冷静だなんて伊吹ちゃんに言われたくないよ。そういう騙しかもよ?伊吹ちゃんだって蒼葉くんとは全然良い関係じゃないじゃん」
2人は小さな言い争いを繰り広げながら、前に進んで行った。ようやく光が差し込み、人と人の隙間から現場を見ることができた。
そこには、胸を刺されて倒れている女性がいた。生々しい赤色が床に広がっていく。殺したであろう男性が手を震わせながら立ち伏せていた。そこには罪悪感が残るのみで、ただただ呆然としていた。
世界はすぐさま口を抑えたが、多少慣れているようで楽希たちの方を振り返る。賢人と楽希はまだここにたどり着いていないようだった。しかし、どんどん現場に近づいてくる。前科のある伊吹と世界でさえ、簡単には飲み込めない状況。ましてや、賢人と楽希には尚更残酷に映るだろう。賢人には結の件があったからとはいえ、あれは穏やかな死である。どちらもが同意した上での死である。しかし、今回はどうであろうか。憎しみや哀愁で満ち溢れている。
そんな純粋な彼らにこの現場を見せることは耐え難い事実だ。何とかして、伊吹と世界は留めようと足を動かすが、もう遅かった。
「……なんだよこれ」
最初に口を開けたのは楽希だった。額から1粒の汗が滴る。色のない顔にこれでもかと赤い唇。そして、瞳の奥底にある人間性を失った目。楽希にはこの上なく残酷に映った。
「……」
賢人は楽希の裾を引っ張りながら、目を瞑った。しかし、もうその残酷な光景は焼き付けられているようで、頭を横に振っている。
サラサラと流れていく赤色と口から垂れ流れている唾液。数分前まで生きていたとは思えない。胸に刺されっぱなしのナイフは無惨に光っている。その持ち主はダラダラと汗をかいているが、もちろん反省などできない。それどころか、このゲームはそれこそが正義なのである。
「伊吹ちゃん、戻ろう」
「あぁ。とりあえず、楽希を頼んだ」
楽希は未だにその光景を眺めていた。初めての人の死。それが痛いほど打ち付けられる。鼓動とは比べ物にならない刺激に耐えられるはずもなかった。
「楽希くん、戻ろうよ」
「……俺たちも、こうやって死ぬのか」
「まだ分かんないよ」
楽希はその女性の状態と未来の自分を重ね合わせた。そして、隣にいる世界を見る。2人してこのように死んでしまうのかもしれない……大きな不安が楽希のことを蝕む。
「楽希くん、もう行こう」
「……」
「ねぇ、行くよ?」
既に賢人と伊吹は自室に戻っており、周りの野次馬もいつの間にか少なくなっていた。現場の光景はひらけており、無惨な光景が顕となっている。運営側からの処理が施されているとはいえ、血痕が残っており、何回もフラッシュバックさせる。
(死にたくない死にたくない死んでほしくない……)
楽希の頭は『死』という1文字でいっぱいになっていた。
「楽希くん?本当に大丈夫?」
「……っ世界」
「とりあえず、自室に戻ろうよ」
楽希には鮮明に世界の顔が映る。大切な人の顔だった。
(殺せない殺せない殺せない……)
次に楽希の全身を巡った言葉は『殺』だった。今は新しいデスゲーム中であるため、殺す相手は対戦相手である。しかし、本来はペアが敵なのだ。楽希が『生きたい人間』であるため、世界を殺すことはないのかもしれないが、いずれ自分自身が受け身の『殺』を受けることはある。
「もう無理矢理にでも自室まで行くからね」
世界は痺れを切らしたようで、楽希の腕を強く引っ張った。楽希はされるがままになっている。2人は勢いよく食堂を飛び出した。世界は息を切らしながら小走りしている。一刻も早くあの空間から解放されたかった。
「楽希くん、もう大丈夫だから。元気だして」
「世界……俺はまだ綺麗なのか」
「うん。何も見えないよ。すごく綺麗」
「……嘘だ。俺、今憎悪の気持ちでいっぱいなんだぞ」
「そうなの?……それでも綺麗だよ。楽希くんは本当に優しいんだね」
「それは良いことなのか」
「うん、絶対に良いことだと思う」
世界は後ろを見ながらそう答えた。世界にとって綺麗とは、霊が見えないということだ。言い換えれば、情に厚い人間と言う。そのような性格は表の世の中であれば、善であるに違いない。しかし、このようなデスゲームを前にして人に気配りしていれば、きっといつか壊れてしまう。そのようなことから、世界にはある葛藤があった。
(僕は楽希くんを前にして普通の人間でいられる。けれど、このままじゃきっと楽希くんが壊れてしまう。霊が見えるとか見えないとかじゃなくて、僕は楽希くんのことを大切に思わないといけないんじゃないの。僕は綺麗な楽希くんが好きなのかもしれないけれど、そんな楽希くんだからこそ壊れてしまう。僕はどっちなのだろう。楽希くんの背中が綺麗だから楽希くんが好きなのか。楽希くんに楽希くん自身の魅力があるから好きなのか。こんなにも愛することができるのか)
「でも、僕はどんな楽希くんでも好き」
嘘偽りである言葉であっても伝えたかった。世界自身がその葛藤に飲み込まれそうだったからだ。
楽希は無理に笑みを繕ったが、そんな言葉を受け入れるほどの度量を持ち合わせていなかった。
ゲームが開始されて、約9時間。そのゲームはあまりにも残酷であった。
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